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「ほら、あの女、まだあそこにいるわよ」


ジャスミンさんに連れられ、公園に戻るとさっきのベンチに伊崎さんは座っていた。


何か考え事をしているのか俯いている。




「さぁ……その大鎌を女の首に掛けなさい」


そう言って私の背中を押すジャスミンさん。




伊崎さんの目の前で足を止め、ゴクリと息を呑む。




(伊崎さんさえいなくなれば……)


大鎌を両手で持ち上げ、構える。


私の背丈よりも大きな鎌なのに、まったく重さを感じないのは今の私のこの体が


“本物”ではない事を物語っていた。




(私が伊崎さんの魂を狩れば……)




「鎌を振り上げて……」


ジャスミンさんが耳元に囁く。


私はその言葉に従い、大鎌を振り上げた。




彼女の魂をこの大鎌で狩りさえすれば、私は元の体に戻る事が出来る。


しかし、なかなか振り下ろす事が出来ない。




「何をもたもたしているのっ?」


少しイラついたようにジャスミンさんが言う。




「アンタ、あの男の事が好きなんでしょっ? この女に取られてもいいのっ?」




「そ、それは……」


(嫌だけど……)




「アンタがその鎌を振り下ろせば、彼を取られる事もないのよっ?


 彼ももうこの女に迫られる事はないのっ。彼はアンタのものになるのよっ?」




「……っ」


そして私は……




私はゆっくりと鎌を下ろした――。




「……アンタ、バカ?」


呆れたようなジャスミンさんの声。




私は出来なかった。


伊崎さんを殺せなかったのだ。




「ごめんなさい……やっぱり、私……出来ませんっ」


(無理……誰かを殺して、自分の命を守るだなんて……)




「そう……それじゃあ、やっぱりアンタの魂を狩るしかないわね?」


大鎌をジャスミンさんに返すと、彼はとても冷酷そうな目で言った。




「まったく……うまく行けば上層部うえに気付かれずに済んだのに……」


ジャスミンさんは冷ややかに呟きながら大鎌を振り上げた。




「……っ」


私はぎゅっと強く両目を瞑った。




首筋を何かが通った気がして、“狩られたんだ”と直感する。


でも、痛みも何も感じなかった。




(あぁ……これで本当に死んじゃったんだ……)




もう……




新堂君に会えないんだ――。






     ◆  ◆  ◆






「あーぁ……彼、可哀想に」


ジャスミンさんの声が聞こえ、ぼんやりしていた周りの景色が段々ハッキリしてきた。




いや……




そうじゃない。




また、あの空間に連れて来られたのだ。


ジャスミンさんと初めて会った真っ暗闇の空間に。


ハッキリ見え始めたのは、私の足元に映し出されている新堂君の姿だった。




「新堂君……っ」




彼は、あの公園のベンチの前、小さな黒い仔猫の亡骸を抱いて泣いていた。


さっきまで私の魂が宿っていた仔猫だ。




“ピーチ……ピーチ……”




彼の口元の動きをみると、そう叫びながら涙を流していた。


そして、もう一つ、ジャスミンさんは私の“本物”の体が横たわっている病室の様子を映し出した。




「あ……」


顔には白い布が掛けられていた。


それが何を意味しているかは説明されなくてもわかった。




お父さん、お母さん、寧々が泣いていた。




「アンタがあの女を殺せなかった所為でいろんな人が悲しむ事になったわねぇ?」




「……」




「今さら、泣いても遅いのよ」


ジャスミンさんに言われ、私は自分が泣いているような気がした。


でも、本当に泣いているのかどうかわからない。


魂だけになってしまったから。


涙を流しているかどうかさえ感じられなくなってしまったのだ――。




「それじゃ、そろそろ行きましょうか」




「……どこへ、ですか?」




「もちろん、“あの世”に決まってるでしょ?」




(あの世……)




しかし……




「さぁ、行くわよ」


そう言って、ジャスミンさんが両手を広げた時――、




「待て!」


どこからかとても低い声が聞こえた。




声の主は暗闇の中からスッと姿を現した。




「っ!?」


それと同時に声にならない声を上げ、禍々しい光を佩びた球に包まれるジャスミンさん。




「ジャ、ジャスミンさんっ!?」


光の球に包まれた途端、ジャスミンさんはぐったりした。


その手からは大鎌もなくなっている。




「心配するな。強制送還と連行する間だけの事だ」


艶やかな低音ボイス。


淡々とした口調のその人は腰よりも長いストレートの黒髪でジャスミンさんと同じ様に


漆黒のローブを纏っていた。


ただ一つ違う事と言えば、とてもキレイなシルバーの指輪をしている事。




「強制送還と連行って……どういう事ですか?」




「ジャスミンは死神界の掟を破った」




「掟……?」




「そうだ」




「……あなたは、一体……?」




「私は死神界を管理している組織の一員だ」




(じゃあ……ジャスミンさんが言ってた“上層部うえ”っていうところの人?)

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