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「ありがとうございました」
ふかふかの暖かいベッドの中にいる感覚の中で新堂君の声が聞こえた気がして目が覚めた。
「お大事にー」
これは知らない人の声。
クンクン……
(消毒の臭い……病院?)
自分は今、どこにいるんだろうか?
顔を上げようとして体中に激しい痛みが走った。
「ニャッ!?(痛っ!?)」
「お、目が覚めたみたいだな」
「ミャウ?(あれ、新堂君?)」
新堂君が私をタオルに包んで両腕で優しく抱えてくれていた。
「学校から帰ってきたら、いきなりおまえが血だらけで家の前にぶっ倒れてたから
びっくりしたぞー? 近所の野良に苛められちゃったのか?」
(……そうだ、私……あの野良ちゃん達に囲まれていっぱい引っ掻かれたり、
噛みつかれたりして怪我をして夢中で逃げて、でもおなかが空き過ぎてて
意識が朦朧としていって……そっか……それで私、新堂君のお家の前で倒れてたんだ)
「でも、深い傷はないからすぐに治るって獣医さんも言ってたからちょっと安心した」
そう言った新堂君はまだ制服を着たままだった。
「ミュウー……(新堂君……)」
学校から帰ってすぐに私を病院まで連れて来てくれたんだ。
「ごめんな。俺があの時、おまえを置いていかなかったら、こんな怪我しなくて済んだのにな」
新堂君は後悔した様に私の頭を撫でた。
「ミャウー(新堂君の所為じゃないよ)」
「でも、今日からは苛められないように俺が守ってやるから」
「ニャフッ?(えっ?)」
(そ、それってー……と言う事はー……私……私、もしかして……)
「家に帰ったら一緒にご飯食べような? おなかすいてるだろ?」
(新堂君のペットになったって事ーーーーっ?)
「今日はもう遅いけど、明日おまえに似合う首輪をちゃんと買って来てやるからな」
新堂君はそう言うと私の喉元を人差し指で軽く撫でてにっこり笑った。
◆ ◆ ◆
――翌日。
「ただいまー」
夕方六時過ぎ、新堂君が学校から帰って来た。
「ニャ~ン♪(おかえり~♪)」
「チビ助、いい子にしてたか?」
「ミャー(うん)」
「そうか、よしよし。じゃあ、ご褒美あげなくちゃな」
新堂君はそう言うとカバンの中をゴソゴソと探り、小さな袋を出した。
「約束通り、おまえの首輪を買って来たんだ。気に入るといいけどなー?」
そう言って新堂君がカバンから出したペットショップの袋から出てきた物は可愛いピンク色の首輪だった。
真ん丸いゴールドのバックルに同じゴールドのハートのチャームが付いている。
「ニャオッ♪(わぁっ♪)」
「着けてやるから引っ掻いたりしないでじっとしてろよー?」
「ニャン(うん)」
(てか、新堂君まだ私が引っ掻くと思ってるんだ?)
猫になったと言っても私は爪なんて立てる事しないのに。
「よーし、これでどうだ?」
新堂君は首輪を付けた私を抱き上げ、そしてニカッと笑った。
「うん、可愛い」
「ニャハァ~ン(ありがとー、新堂君)」
「あはは、気に入ったみたいだな、チビ助」
「ニャウニャウ(もちろん)」
「あー、でも……」
「フニ?(うん?)」
「女の子に“チビ助”はなー……よしっ、名前を付けよう!」
新堂君はそう言うと私を目の前にストンと下ろし、
「う~ん……そうだなぁー……」
私の顔をまじまじと見つめながら腕組みをして少し考えた後、
「“ピーチ”にしよう!」と言った。
(“ピーチ”?)
「首輪もちょうどピンクだし、決めた!」
(首輪の色からとったの?)
「ピーチ」
「ニャーン(はーい)」
「お、返事した。てか、おまえ人間の言葉がわかってて相槌するみたいに
鳴く時があるよなー」
(だって、わかってるもん)
そうだよ……わかってるんだよ。
けど……そんな風に見つめ返しても彼は“私”だと気付かない――。
◆ ◆ ◆
「ピーチ」
翌朝、新堂君の声で目が覚めた。
「学校、行って来るから。ちゃんと良い子にしてろよ?」
「ミャウー(うん)」
優しく頭を撫でてくれる新堂君。
それがとっても気持ち良くて思わず私は甘えた声になった。
「帰って来たらまた一緒にご飯食べような?」
新堂君はそう言うと私に手を振って部屋を出た。
窓際に行って彼の後ろ姿を見送っていると私の視線に気付いたのか
振り返って小さく笑った後にまた手を振ってくれた。
(……幸せ♪)
別にもう人間に戻れなくてもいい。
私の体に戻るより、このまま仔猫でいた方が新堂君の傍に居られる。
ずっと近くにいられるもん――。




