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第八話 心の中が晒されるバングルをはめられた

 七人は船に積んであったゴムボートを下ろし、


 風車が並ぶ、正体不明の浮島へ渡る。


 水輝が最初に足を乗せる。


 ゴン。


 靴底から鈍い衝撃が伝わる。


 見た目は太陽光発電パネルのようだが、踏むと微かに金属音がした。


 潮風には、海水の匂いに混じって、かすかに油のような匂いがある。


 ザバーン。


 波が浮体の側面を叩く。


 足元がわずかに震える。


 田川たちはすぐに周辺の確認を始めた。


 風車の基部。


 外周部。


 パネルの継ぎ目。


 しかし、建物らしきものも、入口らしきものも見当たらない。


「何もないな」


 田川が言う。


 吉田も渋い顔で周囲を見回す。


「島っちゅうから、もうちょい島らしいもん想像してたわ」


 陽子が大きくうなずく。


「私なんか、白いビーチがあると思ってた」


 肩から下げていた大きなバッグを床へ置く。


「水着、持ってきた意味ないじゃん」


 バッグから折り畳み式のビーチパラソルが飛び出している。


 水輝が呆れた顔をした。


「それ、本当に持ってきたの?」


「太平洋に浮かぶ南の島だよ? 普通、ビーチあると思うでしょ」


 陽子はしばらく不満そうに座り込んでいたが、数分後には開き直った。


「もういい。ここで楽しむ」


 パラソルを広げる。


 黒い人工島の中央に、場違いなビーチパラソルが立った。


 その下で陽子は携帯用ドリッパーを取り出し、氷を入れたボトルへコーヒーを落とし始めた。


 突然、雫が声を上げる。


「ここ……開きそう」


 水輝は駆け寄った。


 雫の隣に並び、屈み込む。


 歯抜けのように一箇所だけ黒いパネルが敷かれていない。


 一辺は、周囲のパネルと同じ大きさだ。一メートルほどだろう。


 水輝は、雫の言う通り、ハッチかもしれないと思った。


「田川さん!」


 田川たちが集まる。


 部下が工具を隙間へ差し込む。


 動かない。


 別の隊員が吸着工具を使う。


 それでもびくともしない。


「溶接されてるのか?」


「いや。継ぎ目はあります」


 吉田が屈み込む。


「ボタンも鍵穴もないで」


 雫がバッグから青いOpenカードを取り出す。


「これ……試してみます」


 雫がOpenカードをハッチへ翳す。


 シュン。


「うわっ」


 陽子が一歩下がった。


 青い光がハッチの四辺をなぞるように走る。


 次の瞬間。


 ゴン。


 足元の奥深くから、巨大な何かが動き始める音が響く。


 ゴゴゴゴゴ……。


 床が震える。


 正方形の床が数センチ持ち上がり、そのまま横へ滑っていった。


 海風とは違う、冷たい空気が下から吹き上がってくる。


 一同は言葉を失った。


 田川が穴をのぞき込む。


 下へ降りるための、垂直の梯子が伸びている。


 田川が二人の部下に視線を送る。


「先に降りろ」


 一人が梯子へ足をかけた。


 カン。


 一段。


 カン。


 二段。


 その瞬間だった。


 下方で金属音が響いた。


「何が起きた?」


 田川が叫ぶ。


 ライトを向ける。


「数メートル下で、梯子を塞ぐように隔壁が閉じました。これ以上、下れません」


 隊員が戻ってくる。


 雫がOpenカードを手渡す。


「これを使ってください」


 隊員が受け取り、再び下りる。


 隔壁へカードをかざす。


 何も起きない。


「ダメです」


 上から見ていた雫が言った。


「私にやらせてください」


 雫は隊員と入れ替わるように、梯子を降りる。


 一段。


 また一段。


 隔壁まで降り、青いカードを翳す。


 シュン。


 青い光。


 扉が左右へ開いた。


 田川が目を細める。


「扉の認証は、カードだけじゃないのか……」


 水輝は雫を見つめていた。


 同じカードを持った隊員では開かなかった。


 雫なら開いた。


 彼女の何かが認証している。


 顔。


 声。


 網膜。


 あるいは――。


 水輝の視線が、雫の胸元で揺れるネックレスに止まった。




     *




 結局、雫を先頭に梯子を降りる。


 後ろに水輝が続く。


 田川の部下二名。


 田川。


 陽子。


 最後に吉田。


 カン。


 カン。


 カン。


 足音だけが筒状の空間へ反響する。


 上を見ると、四角く切り取られた青空が少しずつ小さくなっていった。


 十メートルほど降りたところで、雫の足が床へ着いた。


「着きました」


 水輝も続いて降りる。


 そこは円筒形の小さな部屋だった。


 雫が床に足をつけた瞬間、天井の白い照明が点灯する。


 壁も床も天井も、アルミのような銀色の金属で覆われている。


 継ぎ目がほとんどない。


 湿気もない。


 海の真下にあるとは思えないほど乾燥している。


 まるで、洞窟のように静かだった。


 波の音が聞こえない。


 船のエンジン音もない。


 自分たちの呼吸だけが耳に残る。


「なんか……気持ち悪いぐらい静か」


 陽子が小声で言った。


 正面には、エレベーターらしき二枚扉がある。


 だが、呼び出しボタンも、階数表示もない。


 水輝が雫からネックレスとOpenカードを借りた。


「僕が試してみる」


 扉へカードを翳す。


 何も起きない。


 水輝は眉をひそめた。


 ネックレスは関係ないのか。


 カードを雫へ返す。


 雫が同じようにかざした。


 青い光が走る。


 音もなく扉が左右へ開いた。


 エレベーターの内部には、ボタンが一つもない。


 陽子が嫌そうな顔をした。


「乗ったら勝手に行くってこと?」


「たぶんな」


「行き先を選べないエレベーターなんて、人生で一番乗りたくないタイプなんだけど」


 吉田が笑う。


「ほな、ここに残るか?」


「一人は嫌」


 七人は慎重に乗り込んだ。


 最後の一人が入る。


 シュッ。


 扉が閉じる。


 七人は緊張で無言になる。


 シューっという音と共に、エレベーターが動き始める。


 低い駆動音だけが響く。


 身体にわずかな浮遊感がある。


 高速で下降しているせいか、耳の奥にわずかな圧迫感があった。


 壁面に数字が浮かび上がる。


 -10m


 -20m


 -50m


 数字は止まらない。




 -80m


 -100m


 水輝は無意識に唾を飲み込んだ。


 もし、扉が開いた瞬間に、海水が入ってきたら。


 考えないようにしているのに、周囲にある膨大な海水を意識してしまう。



 -150m




 -200m



「まだ下がるの?」


 陽子の声から、さっきまでの軽さが消えていた。


「この周辺は、海底まで六千メートルぐらいあるからな」


田川がぽつりと言う。


 表示を見上げる。


「なんか、怖い」


 誰も答えない。


 -240m


 -333m


 そして、


 身体にかかっていた感覚が消えた。


 数字が止まる。


 陽子が、ぼそっと呟く。


「東京タワーとほぼ同じじゃん……。マジで深すぎる」


 低い駆動音が止まる。


 だが、正面の扉は開かない。


 雫がOpenカードをかざす。


「扉は開かない……」


 何も起きないと思った瞬間、左右の壁が隠し扉のように開き、棚が現れた。


 棚には、サイズ違いの金属製バングルがずらりと並んでいる。


 小さなモニターが付いた、ウェアラブルガジェットのような形だ。


 同時に、天井のスピーカーから合成音声によるアナウンスが流れた。


「バングルを手首に装着してください」


 一同が顔を見合わせる。


「何これ、外せなくなったりしないよね」


 陽子が不安そうに言う。


 田川が先頭を切ってバングルを一つ手に取った。


「ここまで来たんだ。やるしかない」


 七人はそれぞれ、恐る恐る手首にはめた。


 カチッ。


 バングルが自動的に固定される。


 全員の装着が終わった瞬間、


 正面の扉がゆっくりと左右へ開き始めた。


 細い隙間から青白い光が差し込む。


 そのとき、


「痛っ」


 陽子が手首を押さえた。


 他の者の手首にも、一瞬、針で刺されたような小さな痛みが走る。


 だが、次の瞬間。


 扉の向こうに現れた景色が、痛みのことなど完全に忘れさせた。


 七人は動けなかった。


 目の前に広がっていたのは、狭い海底基地でも、地下工場でもない。


 見たこともないような未来的な空間だった。


 海上から見えていた八十八メートルの浮島など、


 ほんの蓋にすぎなかった。


 二十メートルはある高い天井。


 青白い照明。


 何層にも連なる通路。


 透明な管の中を流れる海水。


 上空には、白いミストを噴き出すドローンと、その霧へレーザー光を照射するドローンが飛び交っていた。


 光は霧の中で像を結び、次々と立体映像を作り出していく。


 建物。


 道路。


 木々。


 水面。


 現実と見分けがつかないほど精巧な映像だった。


 その一角に、突然、港が現れた。


 岸壁。


 誘導灯。


 吉田が声を上げる。


「これじゃ!」


 全員が振り向く。


「わしが見た港、そのまんまじゃ!」


 水輝も息をのんだ。


 昨夜、水平線の向こうに浮かんでいた港。


 間違いない。


 あれはやはり、島ではなかった。


 謎が一つ解けた。


 だが、新しい疑問が浮かぶ。


『なぜ、N-88はあの港を俺たちに見せたのか』


 雫が先頭に立ち、エレベーターの外へ踏み出す。


 靴音が巨大な空間へ吸い込まれていく。


 そのときだった。


 水輝は、雫の手首から淡い光が伸びていることに気づいた。


 文字が空中に浮かんでいる。


 ピンク色の文字。


「お父さん、私、やっと来られたよ」


 と表示されている。


水輝が、雫の腕を指して声をかける


「……雫!」


 雫が自分の腕に視線を落とす。


 自分の手首から投影されている文字に気づく。


「え……?」


 雫の顔から血の気が引く。


 陽子の腕からは、オレンジ色の文字が浮かんでいた。


「やべー。超かっこいい。でも、ちょっとお腹減ったな。今晩はガッツリ食べたいけど、最近、お腹にお肉が少し付いてきちゃったんだよなあ」


 陽子が固まる。


「ちょ、ちょっと待って」


 吉田には赤い文字。


「こりゃすごい。金になりそうなモノが必ずどこかにあるはずじゃ」


「おい!」


 吉田が慌てて文字を手で隠そうとする。


 田川が周囲を見回し、声を上げた。


「なんだ、これは……」


 頭の中に浮かんだ言葉が、そのまま外へ晒されている。


 水輝は、自分の手首にはめられたバングルを見つめた。


 さっき感じた、針を刺されたような痛み。


 それを思い出した瞬間、一つの技術が頭に浮かんだ。


「もしかして……血管内BCIかもしれない」


「何、それ?」


 「頭蓋骨を開けることなく、カテーテルを使って脳の血管内に電極を留置し、神経信号を読み取る技術があるんだ。


 ステントと電極を組み合わせた「Stentrode」と呼ばれる技術だよ。


 もし、このバングルがその技術を使ったものだとしたら――。


 先ほどの痛みは、腕の血管から極小の電極を送り込んだときのものだったのかもしれない。


 脳の近くで神経信号を拾い、AIが意味を推定して自然言語へ変換する。


 そう考えれば、目の前で起きている現象にも、少なくとも理屈はつく」


「え!、私の脳の血管の中に、電極入れられたの、マジで気持ち悪い」


陽子がむしゃぶるいをする。


 水輝は、空中に浮かぶ七人の言葉を見回した。


 だが――。


 一番重要なことが分からない。


『なぜ、この施設は俺たちの心の中を晒す必要があるのだろうか』


水輝は自分の手首から投影されている青い文字を見つめながら、自問自答した。

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