1話 異世界の花嫁なんて聞いてない!
初挑戦( ˊ̱˂˃ˋ̱ )
「終わったぁ……」
私はロッカーに額を押しつけた。
長い夜勤がようやく終わった。
時計は午前九時過ぎ。
急変対応、ナースコール、入院対応。
仮眠なんてほとんど取れなかった。
もう限界だ。
家に帰って、カップ麺食べて、ベッドに倒れ込みたい。シャワー浴びたいけど気力と体力がない…
もう何も考えたくない…
「お先に失礼します」
先輩たちに挨拶をして病院を出る。
春の日差しがまぶしかった。
眠気でぼんやりしながら駐車場へ向かう。
その時だった。
足元が光った。
「……え?」
アスファルトに淡い光が広がる。
複雑な模様。
円を描く文字列。
漫画やゲームで見たことがある。
魔法陣だ。
いや、そんなわけない。
疲れて幻覚でも見えているのだろう。
そう思った瞬間。
光が一気に強くなった。
「ちょっ——!」
視界が真っ白に染まる。
身体が浮く感覚。
耳鳴り。
そして。
ドサッ。
私は固い床に投げ出された。
「痛った……」
顔を上げた瞬間、言葉を失う。
そこは病院の前でも駐車場でもなかった。
高い天井。
巨大な柱。
豪華なシャンデリア。
まるで映画で見る王宮のような大広間。
そして。
私を取り囲む大勢の人々。
「成功だ!」
歓声が上がる。
「異界の花嫁様の召喚に成功したぞ!」
異界の花嫁?
召喚?
何を言っているのだろう。
頭が全く追いつかない。
「ようこそお越しくださいました」
豪華な服を着た初老の男性が進み出る。
どう見ても偉い人だ。
「我がアルヴェリア王国は、あなたを歓迎いたします」
歓迎されても。
私はただの看護師だ。
「帰りたいんですけど」
気づけば口から本音が出ていた。
しんと静まり返る大広間。
やってしまった。
社会人として終わった。
異世界でも空気を読めなかった。
すると。
「当然でしょう」
低い声が響いた。
私は反射的に振り返る。
そこには一人の騎士が立っていた。
黒髪。
切れ長の瞳。
整いすぎている顔立ち。
長身。
無表情。
周囲の騎士たちとは何かが違った。
静かなのに目を引く。
そんな存在感。
「突然見知らぬ場所へ連れてこられたのです」
騎士は淡々と言う。
「混乱していて当たり前です」
責める様子はない。
ただ事実を述べているだけ。
それなのに少しだけ安心した。
初老の男性が頷く。
「そうだな。まず説明をするべきだった」
騎士は黙って一歩下がる。
それ以上は何も言わない。
「紹介しよう」
男性が言った。
「彼はリヒト。王子直属の護衛騎士だ」
リヒト。
その名を呼ばれた騎士は軽く一礼した。
「……よろしくお願いします」
短い。
びっくりするほど短い。
愛想もない。
笑顔もない。
でも。
この場にいる誰よりもまともに見えた。
「あなたが私の花婿ということ、、?」
思わず尋ねる。
リヒトは数秒沈黙した。
そして。
「護衛です」
それだけ言った。
護衛。
この人の嫁になるために呼ばれたわけではないらしい。
「では今後は私があなたをお守りします」
「え?」
「危険がありますので」
「危険?」
「異界の花嫁を快く思わない者もいます」
さらっと怖いことを言われた。
私の顔が引きつる。
すると。
ほんの一瞬だけ。
本当にほんの少しだけ。
リヒトの表情が緩んだ気がした。
「安心してください」
低い声が耳に届く。
「あなたには指一本触れさせません」
その言葉に。
なぜか少しだけ胸が高鳴った。
初対面なのに。
無愛想なのに。
優しいわけでもないのに。
不思議な人だ。
この時の私はまだ知らない。
この無口な騎士が。
数か月後には私を誰よりも甘やかし。
誰よりも独占したがる男になることを。
そして——。
帰りたいと願っていたはずの私が、その願いを揺らがせるほど彼を好きになることを。
お豆腐ふにゃふにゃメンタルなのであたたかい目で見守っていただけると( ˊ̱˂˃ˋ̱ )




