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ザヴィールウッドの魔女  作者: 三上湖乃
背負うべきもの

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Child・6

「何が望みだ」



胡乱(うろん)な目つきで私にそう問いかける夫に向かって、私は自分でも信じられないほど大胆な提案をした。



「旦那さま、あなたは昼間、私におっしゃいましたね。

本当に息子を守るつもりでいるのなら、息子だけでなく自分も守る方法を探れと。

ご自身のお言葉には責任をお持ちですわね?」


「当然だ」


「それならお願いいたします。

旦那さま、どうかセドリックを守ってくださいませ。

私では、自分を犠牲にしてしか、あの子を守ることができないのです」


「…!?」



ルドガーは赤い両眼を大きく見開いて私を見下ろした。

鋼鉄のごとき王国騎士団長の、こんな惑乱した表情を初めて見る。

私はもう一度繰り返した。



「私は、あなたがあの子を庇護してくださるよう、要請いたします。

それが、あの子を守るためのいちばん確かな方法だと思いますの。

あなたがあの子を守ってくださるのなら、私も安心できます」



私は何を言っているのだろう。

ふと我に返って自分に問いかける。

前世で私を殺した男に、セドリックを守るよう懇願するだなんて、正気なの?



(だけど、私にはそれを要求する正当な理由がある。それに言質は取ってあるのだもの)



ざわつく心を落ち着かせようと胸に手を当て、私は深く息を吐いた。



「あなたのお言葉に従って、自分と息子を守る方法を探った結果、この結論にたどり着きました。

ですから、私の要請を受け入れてくださいますわね、旦那さま?」



夫は答えず、無言のままだ。私はたたみかけた。



「力もないのにでしゃばるなと、あの時あなたがおっしゃったことは正しいと思いますわ。

私の力は弱すぎて、あの子を守るどころか自分の身を守ることもおぼつかないのです。

でも、フィンバースの黒竜と呼ばれる英雄のあなたなら、あの子を守ることができるはず。

大精霊黒馬(グレート・ブラック)アトラスを従えることができるほどの優れた騎士なのですもの」



熱を込めて訴える私から、夫は急に一歩引いて下を向き、両手で頭を抱えた。



「…俺は…」



夫の様子を不審に思って、うつむいている顔の表情をうかがうと、赤い両眼が大きく見開かれているのがわかった。



「旦那さま?」



心配になって声をかけた私に、夫は視線だけを向けて険のある声を出した。



「俺はお前に近づくつもりはない。

うまいこと両親を丸め込んで、フレイザー公爵家に入り込んでいるようだが、だからといって俺まで自分の思い通りにできるとは思うなよ。

俺はお前の顔など見たくもない。

竜の鎖はつながれたのだ。

真実の愛で結ばれた俺の妻は、生涯ネリーだけだ」



竜の鎖、とは何のことかわからなかったが、夫の言いたいことは伝わった。

警戒心をあらわにして牽制してくる夫を見て、私は全身の毛を逆立てた猫を連想した。

私に対する激しい罵倒に恐怖を感じるというより、子どもの癇癪のようだと思ったのだ。

今までとは違い自分の心に余裕があることを自覚して、私は軽く息をつき、少しの間を置いて夫に向かい合った。



「あなたを私の思い通りにしようなどとは思っておりません。

私はただ、息子を守りたいだけです。

そして、それは旦那さまとも共通の目的なのではありませんか? 

あなたは今夜ここへ、セドリックを守るためにおいでになったのでしょう?」



ルドガーは虚を突かれたようだった。

私はそんな夫に静かに語りかけた。



「旦那さま、私はずっと、あなたがセドリックを育てる責任を放棄されているものと思っておりました。

ですが、今日あなたはセドリックを魔物の手から守り、あの子の命を救ってくださいましたね。

それで私も、少し考えが変わりましたの。

セドリックの母はこの私で、真実の愛のお相手であるネルラさまではありませんけれど、旦那さまには父親としてあの子を庇護してやってほしいのです」


「父親と、して……」



夫が小さくつぶやくのが聞こえたが、私はそのまま言葉を継ぐ。



「あなたの愛を求めはしません。

それはネルラさまのものだと最初から承知の上で、私はあなたと結婚したのですから。

子どもを産む道具として扱われることも、ある程度は覚悟しておりました。

ですからセドリックを産んだことに、私は一片の後悔もありません。

あの子は私の宝物、私の命です。

あなたはどうなのですか、旦那さま。

あなたはセドリックのことを、どう思っていらっしゃるのですか?」



ルドガーは私の問いには答えようとせず沈黙している。

私は重ねて聞いた。



「旦那さま、私は今日、あなたにそれをお聞きしたくて、夜会を抜け出して一人でここへ来たのです。

あなたはセドリックが生まれて以来、私たち母子とまったく関わってこられなかった。

あの子の成長を報告する手紙をお送りしても、お返事を下さったことは一度もありませんでしょう。

ですから私はあの子を、今まで一人で育ててまいりましたわ。

父親の不在を補うために、お義父さまやお義母さまにも助けていただきながら、これからもそうしていくつもりでした。

でもあなたは今日、身を挺してあの子を助けてくださいました。

それは、旦那さま、あなたがセドリックをご自分の息子として愛してくださっているからなのですか?」



それは私にしてみれば悲痛な問いかけだった。

前世の夫は、私たち母子を無視し続けていた。

そのくせ自分の理想通りに成長しなかった息子セドリックを、罵倒したあげく自分の手で殺そうとし、子どもをかばった私を無情にもその剣で斬り殺したのだ。

夫に殺されるという非業の死を遂げた私の魂には、二度目の人生でも癒えない大きな傷が残っている。

私は今でも、あの時の夫への恐怖心が拭えないのだ。

けれど今日、私たちを魔鳥の手から救ってくれたルドガーは、前世のあの冷酷な夫とは違っているのだろうか?



(よく()て、よく()き、深く()る。そして人生をやり直したいと思う者に手を差しのべる)



ノナ・ニムの言葉が頭の中によみがえる。

前世の夫と今の夫はずいぶん違っているように見える。

だが本当にそうなのだろうか? 

セドリックのためにも、あの子の父であるルドガーの真実の姿を、今世の私はしっかりと見きわめなければならない。

私はまっすぐに夫に視線を向け、口を開いた。



「旦那さま。

私が眠っていた間に、あなたが寝室においでになってセドリックとお会いになったとお義母さまから聞きました。

あの子の無作法を注意して、年齢に応じた振る舞いを求められたそうですね。

旦那さまからご指導を受けて、セドリックは私を母上と呼ぶようになりました。

私が注意してもなかなか治らなかった人を指さす癖も、あれ以来なくなったのです。

あなたの言葉ひとつで、あの子は驚くほど成長したのですわ」



こちらに向いたルドガーのいぶかしげな視線を受けて、私は軽く息をつき、それでも先を続けた。



「そんなあの子を見て、私も考えさせられました。

あなたの言葉には、人を動かす大きな力があるのですね。

私はあなたの言葉にいつも傷つけられておびえていました。

でも一方で、あなたの言葉はあの子を成長させる糧にもなった。

旦那さま、あなたの言葉が持つ大きな力は、刃にも翼にもなるのです」



私を見ている赤い両眼が大きく見開かれた。



「あらためておたずねします。

旦那さま、あなたはセドリックにどう関わっていくおつもりですか? 

あの子の父親として、あの子を守り、導き、愛してくださいますか?」



私の質問が耳に入らないかのように、青白い月光にさらされたルドガーは沈黙して立ち尽くしていた。








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