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ザヴィールウッドの魔女  作者: 三上湖乃
背負うべきもの

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79/90

花祭りの女王・5

パレードの一団が広場を出て繁華街の通りを行く。

両脇に高い建物が立ち並ぶにぎやかな通りだ。

路上からだけではなく、建物からもたくさんの人々がパレードを観覧している。


私は花の女王の玉座で息子を膝に乗せたまま、沿道からの歓呼に手を振って応えていた。

だが何か異変が起こっているような違和感がぬぐえない。



「母さま、ザジがいないんだよ」



セドリックが不安げに赤い瞳を向けて訴えてきた。



「花祭りの間はずっと僕のそばにいるって言ってたのに」



私は息子の不安が少しでも解消するようにと思って答えた。



「だって、ザジは猫だもの。

こんな大勢の人の前に姿をさらすのはイヤなんでしょう」


「でもザジは、人間に変身できる精霊猫でしょ。

ふつうの人がどんなに大勢いたって、その人たちには見えないよ。

僕は特別なんだ」



セドリックの返答に私は驚いた。



「セディ、あなた、自分が精霊の目(サードアイ)を持っていることを知っていたの?」


「サードアイ? 

精霊が見える目のこと? 

うん、知ってたよ。

つい最近だけど、黒の森の近くの村の子たちが教えてくれた。

精霊が見える人と見えない人がいるんだって。

僕みたいに見える人は、ノナ・ニムの祝福が強いんだってさ。

でもね、見えない人がふつうなんだ。

だから母さまに赤猫が見えないのはふつうなんだよ」


「セディ…」



王都を離れて黒の森の館で暮らし始めてから、セドリックが館の近辺の村の子どもたちと仲良くなっていたということはわかっていた。

そのこと自体を私はとても好ましいことだと受け止めていたけれど、そんな子ども同士のつきあいの中で、セドリックが私の知らない精霊の目(サードアイ)の情報まで得ていたとまでは思っていなかった。


そうした情報を耳にしても、この子が私にそれを伝えなかったということは、魔力を持たない母親に気をつかってくれていたからだろうか。

そう気づいて、私はひどく申し訳ない気持ちになった。

そんな私の心の内には気づいていないのであろう、セドリックは元の話題に戻った。



「母さま、僕はザジが見えるし、姿が見えない時でもザジの声は聞こえるんだ。

なのに今は、ザジに話しかけても何も返事が返ってこない。

なんか変な感じがする」



なんか変な感じ。


それは私の思っていることとぴったり一致した表現だった。

私は山車(だし)の一階部分へ目を落とした。四隅に配置された花乙女の4人は、周囲の群衆に向かって優雅なしぐさで手を振っている。

色とりどりのたくさんの花が、4人の少女たちと私たち母子のまわりを彩っている。

ふと、玉座の足元の花が揺れたのに気づいた。

風で自然に揺れたというのではなく、何か生命のあるものが揺らしたに違いない力強い動き。

何がと思う間もなく、私の足元に細い紐が伸びた。



「ああっ!」



思わず子どもを抱いて立ち上がると、細い緑色の紐は素早く私の足元から離れ、隣の子ども用玉座に這い上った。

セドリックが叫ぶ。



「蛇だ!」



紐のように見えた細い小さな蛇が、玉座の上で鎌首をもたげていた。


先ほどその蛇が這い出てきた足元の花を見ると、その陰にティムの白ねずみが血を流して横たわっている。

その時私は気づいた。あれほど大きかった沿道の大歓声がしんと静まり返っていることに。

人々は大きな口を開けてしきりに何か言っている様子だが、その声はここにはまったく聞こえない。

私の気づかぬうちに、いつのまにか何かの結界が張られていたようだ。


セドリックに用意された玉座の上で小さな蛇がとぐろをまき、まくたび次第にその身体は長く大きくなっていった。

やがて玉座におさまりきらないほどの太い大蛇に成長した蛇は、二股に裂けた赤い舌をチロチロと揺らしてみせ、甲高い耳ざわりな声で人間の言葉を発した。



「黒竜の子、高貴な竜王の末裔よ。

お前のいるべき場所へ帰っておいで」



蛇の言葉が終わるや否や、それまでの晴天がにわかにかき曇り、陽ざしが灰色の雲にさえぎられた。

そうしてその分厚い雲の一端が、私たち母子の頭上で突如として裂けた瞬間、



「ギャギャ、ギャギャ――ッ!」



首を絞められ殺された者の断末魔の叫びのような、心をえぐられる禍々しい鳴き声が響き渡った。


裂けた雲の向こうから、ぬっと突き出てきたのは、巨大な鳥のかぎ爪。

次に苔むした古木の幹のような鳥の足が現れ、黒に近いほど濃い灰色の羽毛に覆われた鳥の胴体、さらには胴と同じダークグレイにところどころ黄褐色の混じった両翼が見えて、最後に大きな鳥の頭部が出てきた。

私は思わずその怪鳥の姿を目にさせるまいと、セドリックの顔を自分の胸で抱え込んだ。


雲の中から現れた鳥の顔面には、羽根も生えておらずくちばしもなかった。

その忌まわしい鳥は、なんと人間の顔をしていたのだ。



人面鳥(ハーピー)…!」



私は思わずその名を口走って、それきり絶句した。



「ゲッゲッ、ゲギャッ」



人面鳥は血走った両目を完全な円形になるほど大きく見開き、尖った歯の生えた口元からだらだらとよだれを垂らしながら、きょろきょろとあたりを見回している。

両翼を広げれば私たちの乗っている山車(だし)の二階部分をすっぽり覆い隠してしまえそうな、おそろしく巨大な鳥だった。


周囲では沿道の群衆が怪鳥を見上げて恐怖の渦に巻き込まれ、我先に逃げ出そうとしている場面が展開されているのが、音声抜きで見えていた。

山車(だし)を引いていた4頭の馬は、馬具を外されて、一階にいた4人の少女たちがそれぞれ背に乗って手綱を取り、山車(だし)から離れた場所でこちらを見上げていた。


直前まで彼女たちのいた一階の部分に異常がなさそうなところを見ると、どうやらこの結界は私たち母子のいる山車(だし)の二階部分にのみ張られている、ごく小規模なものらしい。

だが狭い範囲の結界だとはいえ、音を遮断するだけでなく物理的な侵入も拒んでいる強力なもののようだ。

私たち母子だけが取り残されている山車(だし)の周囲では、護衛の騎士たちが集結してきて次々と二階部分へ上がろうとしているが、誰もがはじき返されているのが見えた。

騎士たちの後方にはパレードの先頭に立っていたはずのヨシュアが控えていたが、ティムの姿が見えない。


ティムの魔力で生まれた白ねずみには蛇にかまれた痕があり、セドリックの手の上で血にまみれてぐったりしている。

白ねずみの主であるティムも負傷しているのだろうか。

結界に閉ざされた山車(だし)の二階部分に近づくことができず、人間の騎士たちがみな手をこまねいているのを見て、私は大声で叫んだ。



「ザジ、助けて!」



けれどもザジは現れてくれなかった。


赤毛の護衛騎士は、私との精霊契約を解除していない。

だからこうして声に出して救いを求めれば、義父とルドガーの争いを仲裁してくれた時のように私のもとへ召喚されてくるはずなのに。

それができないということは、おそらくこの結界が私とザジとの交信をも阻んでいるのだろう。


だが、私がザジの名を口にするのを耳にして、玉座でとぐろを巻いていた緑色の大蛇は動揺を見せた。



「ザジだと? 黒の森の若長か。

あいつが関わってくるのは面倒だな」



そう言うと大蛇はシューシューと音を立てて縮みはじめ、あっという間に元の小さな蛇に戻った。

そして素早く玉座を下り、空を見上げて



「あとは任せたよ」



と言うと、手すりの向こうへ姿を消した。



「母さま…」


「セディ、あの鳥を見てはだめ。

ねずみさんをしっかり抱いて、目を閉じていらっしゃい」



強い口調で申し渡すと、セドリックは私の胸に抱きかかえられたまま、素直に言いつけに従ってくれた。

私は上空を見上げ、おぞましい人面をした怪鳥の姿をにらみつけた。

ティムを倒した大蛇があとを託していたことから推測すると、あの人面鳥は大蛇の仲間らしい。

ならば狙いは大蛇と同じく、セドリックを連れ去ることなのだろう。


そんなことをさせるものか。

だけどどうしたらいいのだろう? 

私にあの鳥を追い払うことができるのだろうか。


大蛇が去っても結界は解除されていないようで、周囲の音声は戻らず、ザジが来てくれる気配もない。

つまりどこからも助けは来ないと考えなければならない。



(いえ…そうじゃない)



私は思い直した。


助けは永遠に来ないわけじゃない。

この事態を知ったら、少なくとも兄のアルマンはすぐに駆けつけてくれる。

兄が来てくれさえしたら、青い小鳥の(とばり)を使って大蛇の結界を無効化してくれるだろう。

そうすれば護衛の騎士たちがすぐに私たちを救出してくれるはずだ。

兄はちょっと前まで、すぐ近くの広場で音楽会を催していたのだし、そう遠くにはいないだろう。

これほどの騒ぎならすぐ耳に入るだろうし、ここまで来てくれるのにそれほど時間はかからないに違いない。

それまでの間、私がセドリックを奪われずになんとか持ちこたえればいいだけだ。



(ノナ・ニム。それにお母さま。どうか私に力を与えてください)



私は祈り、そして誓った。

自分の命と引きかえにしても、腕の中の息子を守り通すと。








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