6 少年と少女
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入学式とその後のデモンストレーションが全部終わる頃には十三時過ぎになっていた。
これから昼食の時間を挟んで、学校やカリキュラムについてのガイダンスである。
「一緒に飯を食いに行こうぜ、ハチ」
ドームの客席で最後まで隣にいた辰が声をかけてくれる。ありがたいことだ。
「しかし入学前に怪我とは、不憫だな。実技の授業はどうするんだ?」
他の生徒の波に紛れながら通路を進んでいく。客席に空席があったこともあってか、通路や階段が過剰に混雑することはない。俺と辰は並んで歩いた。俺は自分が上背のある方だと思ったけれど、辰と並ぶとさほどでもないと思える。辰も長身なのだ。
「俺はなんて呼べばいい?」
こちらからそう話を向けると「俺の呼び方? 好きに呼んでいいよ」と辰はいかにも気兼ねない。
「あ、勝手にハチって呼んで不愉快だったか?」
「いいや、地元ではみんなそう呼んでいたよ。誰でも分かりやすいあだ名だよな」
「俺は名前が二音だからな、そのままの奴が多かった」
ドームの外に出ると食堂へ流れていく人並みが多いが、一部は保護者と合流し、その場で立ち話をしている。保護者はここで帰る予定のはずだ。俺がまったく自然に食堂へ向かうだろう流れに乗ったのに、辰も付いてくる。
「辰は保護者は来ていないのか?」
「遠いから面倒だとさ。そういうハチの親が来ていないらしいのはどういう理由?」
「似たようなものかな。うちはど田舎で日帰りはとても無理だし、ホテルを取るのも面倒だったらしい」
「この学校は変に山奥にあるからなぁ。それでも俺にとっては都会だが」
それから二人で出身地について話したが、新鮮味はあまりなかった。二人ともが似たような環境だったからだ。ただ辰より俺の方が田舎に住んでいるとわかった。俺の故郷にはハンバーガーショップもコーヒーショップもないし、買い物は大概、通販だった。電化製品も衣料品も食料品さえも、売っている店がそばにないから。
「それでどうやってハチは受験勉強したんだ?」
「通信講座」
ヒューっと茶化したのか、感心したのか、辰が口笛を吹いた。魔法技専の入学試験を突破するのに特化した予備校もあると聞いているから、俺はだいぶイレギュラーだろうという自覚があった。特別というか、異質だろうな、という意味で。
食堂が見えてきた、というか、俺にはどこが食堂かわかっていなかったけど、大勢が向かう先が自然と食堂だ。
入ってみるとだいぶ広く、数百人が入っても余裕がありそうだ。今もまだ空席が残っていた。
「じゃ、俺は席を取っておくから先に食事を持ってこいよ」
辰の好意に感謝して、俺は食券売り場に並んだ。まだ仕組みを把握していないが、人の流れからして食券を買うのが先だろう。券売機は十台近くあったが、それでも長い列ができた。
列が終わって自分の番になり、少し買うのに手間取った。病院で財布を返してもらえたが、券売機に現金を投入する場所がない。小さなパットのようなものがあり、それを見て携帯端末での決済専用だとやっとわかった。先に券を買った生徒の様子をよく見ておけばよかった。
携帯端末は中学生の時から使っている古いモデルだが、かろうじて対応できた。
食券を持って待っていると番号が呼ばれた。ミックスフライ定食のライス大盛り。お盆に乗った料理を片手で受け取り、辰の居場所を探すと手を振ってくれていた。
辰の方へ歩き出そうとした時、「あの」と横合いから声をかけられた。見ると、お盆を持った女子生徒が立っている。お盆の上にはカルボナーラスパゲティのようなものが盛られた皿が載っている。
じっと相手の女子生徒の顔を見る。
知らない顔だ。誰だろう?
まさか、俺の変な噂が本当に広まっているのだろうか?
「な、なんですか?」
こちらから恐る恐る確認すると女子生徒の方も負けず劣らず、どこかおずおずと答えた。
「肩、大丈夫ですか?」
「肩?」
肩というのは、ギプスで固定している肩のことだろう。でもなんで、この女子生徒は俺を心配しているんだ? どういう心境だろう。見ず知らずの相手の怪我を心配する心理がわからない。
「ちょっとした怪我で……」
わからないなりに答えになっていない答えをすると、そうですか、と女子生徒は何故か少しほっとした様子を見せた。わからない。何故だろう?
それじゃあ、と女子生徒があっさりと離れていこうとするので、慌てて引き止めていた。と言っても声を向けるだけだ。手は塞がっている。
「ちょ、ちょっと、あんた、どうして俺の肩のことを?」
女子生徒は足を止めた。その段になって相手がだいぶ小柄だと気付いた。行使者候補生ではないだろう。管理者候補生か、探求者候補生だろうか。
俺の言葉に彼女はちょっと眉をひそめるような顔になった。にげだし違っているような気配があるが、それよりも俺が何を言っているのかわからない、という雰囲気だ。俺も言葉が足りなかったか。
「どうして俺の心配をしたのかな、と思って。初対面だよな?」
ここでやっと、女子生徒が腑に落ちたという顔になった。
「私、あなたが事故にあった現場に出くわしたんです。あなたが気を失っていたことをすっかり忘れていました。だから、私はあなたを知っていても、あなたは私を知りませんよね……」
驚きなんてものじゃない。見知らぬ人物が、あなたの本当の親は私です、と言い出したようなものだ。
「じ、じゃあ、助けてくれたのはあんたか? 事故った俺を?」
また女子生徒の表情に困惑がよぎった。今度は何か、後ろめたいような雰囲気が発散された。
「その、私はほとんど何もしなくて、手伝っただけです」
手伝ったというのは、事故の相手が何かするのを手伝った、という意味だろうか。いや、それはいいか。
「そうなのか。ありがとう、助かったよ。どうも記憶が曖昧でね」
いいえ、と女子生徒はちょっと儚げな笑みを見せて首を振ると、今度こそ離れようとした。
その足が止まったのは、女子生徒のすぐ後ろに別の女子生徒が立ってたからだ。俺に声をかけてきた方の女子が驚いた声をあげ、お盆を落としそうになった。それを背後から支えた女子が俺の方を胡乱げに見る。かなり強気な眼差しだ。
「こいつ、満月ちゃんの知り合い?」
俺をこいつ呼ばわりした女子に「ちょっと、小田垣さん」と、慌てたように満月という名前らしい女子が声を上げる。しかし小田垣なる女子は全く態度を改めない。
「ずっとこんなところで話してないで、席に着いたら? それとも席がないの?」
「あるよ。あそこだ」
俺は辰がいる方を見た。辰は何が起こっているかわからないようで、目を丸くしてこちらを見ている。それもそうだろう、いきなり女子二人に俺が絡まれ始めたら、驚くのが当然だ。
俺の視線の先を確認したのか、小田垣が頷いて「ご一緒していい?」と言い出した。
「ご一緒も何も、まだお互いに名前も名乗っていないが?」
指摘してやると、小田垣が片方の眉だけを上げる器用な表情を作った。
「先に名乗れば?」
こいつ……。
「俺は八角八一郎。あんたは?」
「小田垣美緒。こっちは石森満月。よろしく、八角くん」
控えめすぎる石森満月という女子生徒は頭を下げたが、小田垣美緒は堂々と胸を張って俺を睥睨する姿勢だった。それが不意に柔らかくなり、「満月はハチと席に行っていて。私は料理を持ってくるから」と満月に声をかけ、券売機の列の方へ行ってしまった。
やれやれ、いったい、どうなっているんだ?
「ご迷惑なら、別の場所で……」
満月が提案してきたが、俺は首を振って「一緒でいいよ」と言っていた。それにも満月は困惑したようだけど俺としてもずっと立っているわけにはいかない。辰の方へ歩き出すと満月は無言でついてきた。
席に戻ると、辰が入れ替わりに席を立って行った。無言で俺の肩を叩いて行ったが、どういう意味だろう。満月は俺の向かいの席についている。
黙っているのはそれはそれで不自然だろうと、俺は自分の事故について聞いてみた。
「たまたま目撃しただけで、ほとんどの人は見てなかったと思います」
それが満月の返答だった。
「でも無視しなかったのは、偉いんじゃないか?」
答えながら、それは警察か救急隊員が言うことで、事故を起こした当人が言うべきではない気もした。満月はちょっとだけ口元に笑みを浮かべながら、別の話題を口にした。
「八角さんは、行使者候補生ですよね?」
「この図体で行使者候補生じゃなかったら、宝の持ち腐れだよ。だけど、肩はあと一週間は戻らないだろうと病院では言われた。どうしたらいいのかな、とちょっと途方に暮れているよ」
困りますね、と満月は本気で同情するような声音で言った。
気になっていることを聞かないでいたのを思い出した。
「左腕に魔力回路のようなものがあるんだけど、あれも満月がやったのか? 医者ではないようだけど」
え、と彼女の動きが止まった。そのまま返事がない。彼女は完全に固まってしまった。俺が首を傾げて返事を待つと、十秒近いブランクの後に気を取り直した美月が返事をした。
「あれはたまたま助けてくれた人がやったことです」
「そうなんだ」しかし一般人が魔力回路に精通していると思えない。「その人って、この学校の生徒かな」
それが、と少し言い淀んでから、満月が答えた。
「名前は聞いています。幸坂葉太さんという人です」
「幸坂先輩か。会えるかな」
また満月は何かを考えるようなそぶりをしたが、今度は短い時間のことだ。彼女は俺を見ると、ちょっと上目遣いで探るように言った。
「もし会えたら、八角さんのことをお伝えしておきます」
「あ、それなら」
俺は携帯端末を取り出した。
「会ったら直接、お礼を言いたいから俺の連絡先を教えておくよ。ほら」
携帯端末をかざしてみせると、満月はちょっと躊躇したようだが、自分の端末を取り出した。二人の間で連絡先が交換されるのは一瞬のことだ。
満月が何か言おうとした時、彼女の上に影が差した。俺は視線を上げ、満月は顔を上げた。
「何か二人で仲良くなっているようだけど、私が割って入ると迷惑かしら」
そこにいるのは美緒だった。彼女は満月の隣の席に腰を下ろし、自分の携帯端末を取り出す。「私もいいかしらね、連絡先の交換。あ、ハチはどうでもいいけど、満月ちゃんのは是非、知りたい」
わかったよ、と言いながら女子二人で携帯端末をかざし合っている。そのついでのように美緒が俺の方に端末を向けたので、俺は苦笑しながら自分の端末をかざした。
「え? なになに?」
やっと戻ってきた辰が俺の隣の席に座りながら声を発するが、もう美緒は端末をしまおうとしている。満月はおどおどとその様子を見て、辰と見比べている。辰は料理の乗ったお盆を脇にどけて、自分の携帯端末をと取り出して振っている。
「俺の連絡先、教えるよ。え? もしかして俺だけ仲間はずれ?」
俺が端末をかざすと、満月も端末をかざした。そして仕方ないという感じで美緒もしまいかけた端末を取り出して、かざした。
こうして俺たち四人はお互いの連絡先を交換し、そのまま食事をした。主に美緒と辰が話していたが、時々、本気で美緒が苛立ちを滲ませるので、俺と満月が美緒を宥めることになった。だいぶ気性が荒い娘なのだ。
「ど田舎の子猿が魔法を学ぶとは、世も末だわね」
「田舎の子猿ってなんだよ! じゃあ、お前は都会の、その……、なんだ……」
「そういう乏しい語彙で突っかかってこないでよ」
終始、こんな感じだった。満月はたまに笑みも見せるが、不安が隠せないようだった。まさか、二人が取っ組み合いを始めるのを心配しているわけでもないだろうが、満月は常にどことなく気の弱そうな様子をしている。
そういう性格、ということかもしれないが、もっと押しが強くてもいいんじゃないか。いや、勝手な人間評をするほど、俺も立派ではないか。
食事が楽しいものになり、おおよそ時間になるというところで四人組のままガイダンス会場へ向かったのは理由らしい理由もなく、自然な流れだった。ガイダンスは最初、全新入生対象に行われ、その後に各専攻へ分かれる予定だった。
食堂を出て通りを歩く間も、辰と美緒は話し続けている。二人は意外に気が合うようだ。俺は満月と並んでいたが、二人の間にこれといって会話はなかった。
居心地が悪いわけでもないし、別にいいか、と思っている俺だった。
満月はどう思っているかは、想像もつかなかった。
横顔から感情を読み取るのは、まだ無理だった。
(続く)




