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40 不足

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 魔力回路の構築と同時に魔法を使った授業も具体性を増してきた。

 それはつまり、実践から実戦を意識するようになった、ということだ。

 この授業でも行使者候補生、管理者候補生、探求者候補生が組になって実技を行うけれど、三人が揃わない場合でも不参加は許されない。

 授業の序盤で教官が言ったことが全てだろう。

「この授業では魔法の本来の性質を学ぶことが第一だ。行使者候補生は当然だが、管理者候補生や探求者候補生もこの場に立ち会うのは、自分が創造し、与えた魔法というものがどういうものか、実際に知るためだと考えなさい。魔法は人を救うだけではなく、傷つけるものだ。そして傷つける意思がなくとも、魔法が人を傷つけることはある。傷つくのは相手かもしれないし、自分かもしれない。よく考えて、この授業に臨むように」

 その教官の話の後、同じ授業を受けている一年生の数人が俺と満月の方をチラチラと見ていたのは勘違いではないだろう。

 俺たちが聞いた教官の言葉と同じことを、きっと一年生の頃の山崎先輩や幸坂先輩、加賀原先輩も聞いたんだろうか。

 聞いたことで三人が何かを背負ってしまったわけではない。それはわかっている。

 教官の言葉は、絶対に聞かなくてはいけないことだ。

 そして忘れてはいけない。

 三人が背負っているものは、三人が魔法に関わったその時から、約束されていたものかもしれなかった。事故とはいえ、同じことになる可能性は誰にでもある。

 俺は大丈夫、満月は大丈夫、とは思えなかった。

 授業が始まると、二組がペアになり、魔法を実際に使っての訓練が始まった。ペアは次々と変わっていくので、忙しい。

 管理者候補生や探求者候補生は離れた安全な場所にいるが、行使者候補生は実際の魔法に身を晒すことになるので安全装置を身につけていた。胸を守るような機械的な装置だけれど、有線でグローブとセットになっている。

 この安全装置は着用者に外部から過度な魔力波動が加えられると、着用者の魔力を強引に励起して防御膜を張るという。

 似たような装置は模擬戦で使われるスーツにも組み込まれていると授業で習った。

 かといって、安全装置があるから安心だ、とは思っていられない。相手の魔力波動が人を殺すほどの威力はないとしても、安全装置で何もかもが相殺されるわけではない。

 油断すればそれなりの怪我をするのは避けられない。

 俺はこの授業に当たって模擬魔法杖を二つ用意していた。一本ずつ、両手で握っているのである。

 これは満月が構想したことだけれど、俺が格闘技を使うことを念頭に置いている。

 魔力波動を扱うには魔法杖を媒介にするのが最も都合がいい。魔法杖には魔力波動を増幅する機能が組み込まれるし、制御力も向上する。

 その上で、使うのが剣技であれば刀剣を模した魔法杖を用意して斬撃などに魔力波動を乗せることになるが、これは直感的に魔力波動を扱うのに都合がいいから、という理由になる。

 それなりの使い手になれば魔法杖の形状どころか、魔法杖を実際に動かさずに魔力波動を操れるというが、初心者には難しい。

 というわけで、満月が考えたのは俺に両手に模擬魔法杖を握らせ、拳の周囲に魔力波動をまとわせる、という構想だった。

 俺にとってはありがたい発想だった。

 拳を握ることがそのまま模擬魔法杖を握ることになり、その感覚がそのまま両手に魔力波動を集中させる意識に繋がる。

 まだ応用は難しいが、至近距離の殴り合いならこれで十分だと思えた。

 ただ、ここに至って授業の中での俺と満月の出遅れが如実に露呈していた。

 すでに他のチームは試作魔法杖を試しつつあり、この授業は模擬戦のための試験となっている。

 行使者候補生の魔力回路にしても、一年生ながら凝ったものになりつつある。

 他のグループでは上級生の助言や指導を受けられるから、俺と満月が一歩も二歩も遅れるのは仕方がない。しかし探求者候補生がいればまた違っただろう。

 この授業ではほとんどが一年生でも、しかしそれは行使者候補生が一年生という意味しか持たない。

 どうやら一部の行使者候補生は本来は上級生とチームを組んでいて、この授業では仮のチームとして同じグループの管理者や探求者と一時的に組んでいるようだ。

 格闘技術、戦闘技術では遅れを取らないつもりでも、魔力回路の精度や機能が加味されてしまうと、戦いの技術など簡単に覆されてしまうし、そうなると技術だけでひっくり返すのは至難になる。

 はっきり言えば、俺は格闘家としては勝てても、行使者候補生としては対抗できない。

 例えば、剣を使う生徒とやり合えば、間合いを上手く取られてこちらの攻撃は届かない。相手は魔力波動の射程範囲を近距離から中距離で自在に切り替えらるのに対して、こちらは接近戦しか選べなかったりする。

 ついでに運動能力にさえ歴然と差が生じる事態もある。

 魔力回路によって身体機能、運動能力を底上げしているわけだが、魔力回路の性能によってその能力拡張のレベルは雲泥の差になってしまう。

 俺の体に刻まれている魔力回路はこの時点で、やっと右腕の肘までと、両足の足首周りだけだった。

「あまりやりすぎると、探求者候補生が見つかった時、自由に魔力回路をデザインできないから、何もできないのよ」

 そんなことを悔しげに満月が言っていた。

 その満月が俺の左腕に手をつけない理由も、魔力回路にあるらしい。

 俺の左腕には、入学直前の事故後の処置として幸坂先輩が刻んだ魔力回路がある。その魔力回路をおかしくしないために、俺の左腕には満月は新しい魔力回路を刻んでいなかった。

 満月も俺の左腕の魔力回路を分析し、なんとかうまく生かそうとは考えているようだ。しかし答えは見いだせていない。満月が管理者候補生であり、探求者候補生ではないことがこんなところにも表れていた。

 幸坂先輩に聞けばいいとも俺は思ったが、教えてはもらえないようだ。

 ただ、幸坂先輩が何も知らない、何も名案がない、ということではないと俺は思っている。

 幸坂先輩は入学から間もない頃、俺の腕を何回か見ているし、実験的なものとも教えてくれていた。

 それを考慮すると、俺の左腕の魔力回路はまだ幸坂先輩の手を離れてはいないと言える。実験とはいえ、幸坂先輩の予定通りの結果が出た実験で、幸坂先輩はこれから先に何か思うところがある気がする。

 想像が先走りすぎているだろうか。俺はそうは思っていない。

 幸坂先輩は管理者候補生だけれど、知識は豊富だった。他の生徒と比べることはできていないけれど、きっと一線級の管理者候補生のはずで、魔力回路に関する造詣も深い。

 きっと幸坂先輩の知識と技術で、俺の左腕はまた変わってくると思うのだが、幸坂先輩が満月に任せたとするなら、俺も満月に任せるしかない。

 幸坂先輩が満月に任せるなら、満月が自分の代わりに俺の左腕を活かせると考えた、とするべきだ。

 頼りになる先輩が欲しいと思ってもよさそうだけど、俺はそう思ったことがないままここまで来た。満月がどう思っているかは知らないが、彼女もはっきりと口にはしていない。

 授業の中で徐々に周りに圧倒されるようになっても、俺は他人のせいにしたくなかった。

 満月はどうだろうと思って授業の合間に様子を伺うが、彼女はいつも真剣だった。何かを投げ出す気配はない。

 俺と話し合うときも自分を責めるようなことを言うことはあっても、他人に責任を押し付けるようなことは決して言わない。

 安心していい。そのはずだ。

 そういえば、辰や美緒がどうしているかといえば、二人はどういうわけか、同じ第三グループに所属し、しかも同じチームになっていた。

 今も同じ教室にいるけれど二人はことあるごとに口論をしていて、二人と同じチームのおとなしそうな外見の一年生男子の探求者候補生が割って入っている光景が見られた。その様子はある種の風物詩になりつつある。

 俺が他の生徒に上手くやられているうちに、授業は進んでしまう。

 焦らないわけがないが、俺にできることは模擬魔法杖の扱いに習熟することと、魔力波動について理解を深めることだ。

 力不足は俺の至らなさでもあるけれど、満月や、今はいないが探求者候補生に頼ることでなんとかなると信じるようになった。

 他力本願だが、行使者候補生は一人きりでは何もできないともわかった。

 実戦形式の授業の最後には、チームでの検討会の時間がある。毎回、授業の終了後にレポートを作って提出することが課せられているので、俺と満月は顔を突き合わせて、ああでもないこうでもないと話し合う。

 ただ、答えが出ないことが多かった。

 二人の知識や知見が足りなすぎる。俺の格闘技のロジックを満月は理解できないし、俺は満月が司る魔力回路に関する知識が弱すぎた。

 結局、最後まで残ってレポートを作ってもはっきりとした結論は出ないので、放課後に二人でさらに話し合うことが自然になった。

 二人で会う場所は魔法技専の敷地内にある、無数の喫茶店やイートインのある洋菓子屋や和菓子屋の店舗が多い。

 あまり他の生徒の目があるところは落ち着かないし、その点は授業の後の検討の時間もそうなのだ。

 とにかく、俺と満月は周りから奇異な目で見られていた。それは日を追うごとに深刻になっている。

 俺と満月の間でそのことは話題にならない。

 話題にしなくても、二人ともが内心では考えるところがあったはずだ。少なくとも俺は考えた。

 第十六グループは、特殊すぎる。

 第十六グループにいる限り、少なくとも生徒たちは俺や満月を正当に評価しないだろう。

 それを強引にひっくり返すには、手段はひとつしかない。

 模擬戦で勝つことだ。

 しかし授業でもうまくいかず、探求者候補生を欠いている現状では、不足しかなかった。

 月が改まり、すでに六月になっている。

 模擬戦の第一期まで、残り三週間だ。




(続く)

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