16 裏側
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私の言葉は、場を沈黙させる力を発揮した。
完全な静寂は、ラウンジ全体が静まり返ったようだった。
そんな事態を私は予想していなかった気もするし、どこかで予想していた気もする。
私はどういうわけか、今までは誰とも視線を合わそうとしていなかったのが、ぐるりとその場の全員を見回すことができた。
見回して、意味もなく手元に視線を落とした。自分の強気が少しずつどこかに消えていき、早くこの場から立ち去りたいを思った。お弁当はおおよそ食べ終わっているけど、まだ少しだけ残っていた。
「石森さんは何も知らないからね」
どこかおどけた、管理者候補生の三年生の男子の取り繕うような言葉に、すぐに続くものはいなかった。変な沈黙の後、そうそう、と女子の探求者候補生の三年生がやっと後に続いた。明らかに戸惑っていて、慌てていた。きっと今の場の空気のせいだ。
「酷い事故だったらしいけど、さすがに新入生が知っているわけもないですよ。入学したばかりですしね」
知っています、と言いそうになった。つい最近、記録映像を見たのだ。映像の内容ははっきりと覚えている。
最後の勇気を振り絞り、俯かせていた私が顔を上げた瞬間だった。
「酷い事故、か」
そう言ったのは四年生の行使者候補生だ。
その声は低く、陰気に沈んでいて。
私が反射的に見た男子生徒の顔にある感情は、何だろう。
怒りと、嫌悪?
「あれが事故なら、大抵のことは事故になるな」
軽蔑そのものの口調に、場の空気がぐっと暗くなり、何かがチリチリと肌を刺す。天井では控えめに明かりがついているし、建物の外からは十分な光が差し込んでいるはずのに、私たちのテーブルの周りだけ光量が下がっているように錯覚された。
「あんなのが事故なもんか。あれは故意にやったんだ」
「やめておけ、黒木」
鋭い声で行使者候補生を止めようとしたのは山口さんだった、しかし、黒木という名前の行使者候補生は構わずに言葉を続けた。
「あれは、一ノ瀬先輩を殺そうとしたんだ。殺意があった。そうでしょ?」
「黒木」
「山口先輩だって実際に見ていたはずだ。あの時、山崎は一ノ瀬先輩に必要以上の攻撃を繰り出した。試作魔法杖を破壊して、しかもスーツの機能を突破する魔力波動なんて、殺す以外の意図で使いますか?」
「それまでにしておけ、黒木」
山口さんの声に込められた力は、それでも何かスイッチが入った様子の黒木さんには気付かれなかったようだ。
「山崎のことを、俺は絶対に許しません。あの模擬戦で一ノ瀬先輩は全て失ったんですから」
「黒木!」
テーブルを打つ激しい音とともに、声をあげて山口さんが椅子を蹴倒して立ち上がった。あまりの大音声とテーブツがたてた音、椅子が跳ね飛ばされて倒れる音で、私たちだけではなく、本当にラウンジ中が静まり返った。
その静寂の中で、ゆっくりと山口さんが息を吐いた。重く、絞り出すような息だった。
ゆっくりと自分の椅子を元に戻し、席に着いた。ラウンジは再びざわめきを取り戻していたが、私と第二グループの面々は押し黙ったまま、視線も交わさず、口を閉ざしていた。
「すまん、大声を出して」
力のこもらない掠れた声で発せられた打ちひしがれた口調の山口さんの言葉に、すみません、と黒木さんが低い声で謝罪した。謝罪はしても黒木さんが自分の言っていることは間違っていないと考えていることが見え隠れしたけれど、その謝罪の言葉で山口さんは話を終わらせると決めたようだった。
私のほうを見て、笑みを浮かべる。それが強張ったものになってしまうのは、理解できる。
「石森さんも、申し訳ない。変な内輪揉めを見せたみたいで」
「……いいえ、すみません。私の方こそ、勝手なことを……」
それだけ言って、もう私には何を続けていいか、想像もつかなかった。
私の不用意な言葉がこの結果を生んでいる。
私こそ、謝らなくてはいけないのではないか。
謝れば楽になれる。
でも謝れば、私は山崎先輩を、否定することになる。
何も知らない私が、何も知らない山崎先輩のことを。
まとわりつくように重苦しい空気を、パンと強く手を打って五年生の探求者候補生が変えようとした。
「さ、早く食べないとお昼休みも終わっちゃうよ。一年生はすぐに授業でしょ?」
この場には私の他に一年生は一人しかいなかった。探求者候補生の、芹沢という女子生徒だ。芹沢さんが「そうなんですぅ」と少し舌ったらずに答えたが、発音が怪しいのは先ほどまでの先輩たちの様子を目の当たりにして動揺していたからだろう。
私もまだどこか困惑していたと言える。
山崎先輩がここまで怒りや恨みを向けられているとは、思ってもいなかった。しかも、同種の感情は幸坂先輩にも向けられている。
二人のことはよく知らないけれど、ここまで嫌悪されているとは、二人の様子からは想像もつかなかった。
模擬戦の中での事故は、決して軽く扱われることではない。
探求者候補生が設計し、管理者候補生が構築した技術で、行使者候補生は実際の体で模擬戦を戦うわけだけど、模擬戦と言いながら実戦とどれほど差があるだろう。
事故が起これば、怪我を負い、場合によっては……。
でも、山崎先輩が望んで事故を起こした、とは私にはとても思えなかった。そんな生徒は、この学校にはいないはずだ。
もし山崎先輩による故意の事故だったという事実があれば、確実に山崎先輩はこの学校にはいない。
きっと事故の後には学校側による綿密な調査と確認があったはずで、それでも山崎先輩は罪を問われなかったはずだから、事故は本当に事故なのだ。
罪を問われなかったから、山崎先輩はここにいるとして。
じゃあ、山崎先輩がここ数年の間、ずっと模擬戦を棄権している理由は?
罪を問われなかったとしても、山崎先輩が罪の意識を持たないわけではない。
棄権し続けることが山崎先輩の罪の意識の現れで、自らへの罰ということなのではないか。
山崎先輩が学校を出て行かない理由はなんだろう、と私は考えていた。
これだけ陰で黒い感情を向けられていることを、山崎先輩が知らない、気付かないとは思えない。
私の胸の中にわだかまる疑問は、山崎先輩に直接に問いかけたかった。
「ま、山崎さんももう模擬戦に出ないだろうし、いないも同然だよ」
そう五年生の探求者候補生の女子が言うと、場の空気が少しだけ緩んだ。これでもうこの話は終わりだよ、という合意が形成されたようでもあった。
それはそれで、私には不快に感じられた。不快感がどこかくるのか、それは私が潔癖症だからか、それとも山崎先輩のこと、幸坂先輩のことを変に評価しているからか、判断がつきかねた。
第二グループの生徒たちが口々に言う。
「うちが最下位のチームを気にするのも、何か違いますしね」
「そうそう。今年もランキングでトップを取るつもりで行きましょうよ。去年のランキングを見れば対抗馬はわかりきっているし、その連中は反則や犯罪行為に走らないだろうし、安全かな」
「犯罪行為なんて、そんなことしたら退学とか、場合によっては永久追放ですよ。もっとも、うちが本気でやればフェアには勝てないからそんな行為に走るかもしれないですけどね」
「それじゃ困るんだよ。何があってもフェアじゃなきゃ」
私には少し嫌に感じられる笑いが広がっていく。でも彼らには悪意はないようだ。
悪意の有無は、関係ないのかもしれない。
小さな電子音でチャイムが流れてきた。午後の授業の開始十分前のチャイムだ。
「あ、時間だよ。ほら、一年生は行った、行った。他の人も授業に遅れたら第二グループの恥さらしだよ」
五年生の探求者候補生の言葉に、はぁい、と芹沢さんが立ち上がった。私もお弁当のおかずを素早く食べて、彼女に続いた。芹沢さんは一階へ降りる階段のところで待っていて、二人でラウンジに残る第二グループの方へ頭を下げて階段を降りた。
階段を下りる時、芹沢さんと二人きりになった。
「石森さん」
ここまで黙っていた芹沢さんに声をかけられて、私は彼女の方を見た。彼女は私に視線を向けることなく、前を見たまま階段を降りていく。
「何? 芹沢さん」
「第二グループなら、きっと成功できるよ」
成功、という表現に私は返答に困った。
芹沢さんがランキングで上位に立つことを成功だと見ているのはわからなくはない。
でもついさっき、山口さんが言ったことを、芹沢さんは忘れているのだろうか。
山口さんは自分の卒業後について、少し悲観的な言葉を口にしていた。それは裏を返せば、魔法技専のランキングが全てを、例えばその候補生の将来や未来を決めるわけじゃないということだ。
では何が将来を決めるのだろう。
私には答えはわからなかった。成功したいと思っても、何が成功かは、わからないのだ。
わからないことは、不自然だろうか。芹沢さんのように道筋を定めて、そこに力を注ぐのが正しいのだろうか。
私にはわからないことばかりだった。
芹沢さんはどこか軽い足取りで階段を降りていく。
それについていく形で進みながら、私の中では疑問が少しずつ膨らんでいた。
何が正しいのだろう。
間違ってしまった人を打ち据える誰かは、無条件に正しいのだろうか。
階段は終わり、そのまま表へ出た。
春の日差しの中を、少し涼しい風が吹いている。その風は私の背筋を寒くさせるような気がした。
(続く)




