15 雑談
◆
私はその日、昼休みにラウンジで十人ほどの生徒とテーブルを囲んでいた。
ラウンジは食堂と同じ建物にあって、二つ上の階が全てそれに当てられている。壁はガラス張りで見晴らしが良く、天井が高いので日差しでかなり明るい。もちろん空調も絶妙で快適だった。
ラウンジでは軽食と飲み物しか提供されないが、食べ物は持ち込めることになっているという。私も少しずつルールが飲み込めてきて、食堂は食事の場で、ラウンジは授業がない時間帯に自習したり、知り合いと話したりするのに使われる、というように住み分けられているようだとわかった。
もっとも、昼食どきはそんな住み分けはなくなってしまうようだ。今、私と一緒にいる第二グループの面々は敷地内の店舗で購入したお弁当を食べていた。そのお店は和食を提供しているらしい。
お弁当はコンビニや良くあるお弁当屋さんのそれとは末で違う。幕の内弁当ではあるけれど、仕切りで器が細かく十ほどに仕切られ、少しずつ様々なおかずが並んでいる。それでいて焼き鮭は大きいし、ご飯は炊き込みごはんである。炊き込み御飯は選べたようで、幾つかの種類が見て取れる。
「しかし、石森さんがうちに興味を持ってくれて助かったよ」
上級生の男子が嬉しそうに言う。名前はまだ覚えられていなかったけれど、管理者候補生だと聞いている。学年は五年生だ。
「新入生を勧誘するのは意外に難しいからねぇ」
そう答えたのはやはり五年生の女子生徒で、こちらも管理者候補生だ。
「もしかしてグッさん、石森さんに自分の研究を引き継がせるつもりですか?」
そうからかうように声にしたのは四年生の管理者候補生の男子だ。グッさんと呼ばれたのが先に発言した五年生男子の管理者候補生のことで、それを聞いて山口という名前だったかなとやっと思い出せた私だった。
山口さんが苦笑いして応じる。
「おいおい、引き継がせるも何も、俺は魔法技専を卒業しても研究職に就くつもりだよ。俺の研究は俺のものだよ」
「えー、先輩、就職先が見つからないって春休み前にぼやいていたじゃないですかぁ」
そういうのは女子の三年生の行使者候補生だ。ふふん、とちょっと演技っぽい声を山口さんが返し、やはり演技過剰な様子で声をひそめた。
「ちょっと声をかけてもらってね、このまま行けば、うまくいく、ってことだな」
おめでとうございます、という声が行き交う中で、私はどういう態度をとればいいか、わからなかった。一応、ちょっと笑みを作って、手をあわせるようなそぶりをしてみた。共感というか、すごい、という意思表明だったけれど、浮いていただろうか。
「それでも、石森さんはグッさんが教えるんですよね? 結局は公認の後継者ってことでしょ。羨ましいな」
四年生の管理者候補生の言葉に、場の視線が一時的にこちらに向くけれど、そこに責めるような色はない。みんな、柔らかくて、やっぱり歓迎するような色の視線だった。
今度は本当に声を小さくいて、三年生の行使者候補生女子が言う。
「石森さん、グッさんの試作魔法杖はヤバいんだよ。なんせ、自衛隊が目をつけていてね」
やめろやめろ、と山口さんが笑いながら止めるが、山口さん自身も嬉しそうだし、この場の全員が今の話を誇りに思っているのは伝わってきた。
山口さんが冗談の口調で応じる。
「目をつけているって、まるで俺の魔法杖が悪いみたいじゃないか。単に都合が良さそうなだけだろ」
「それでも基礎データを自衛隊がコピーしていったのは事実でしょう。もしかしたら先輩の試作魔法杖が正式に採用されたりして。あ、もしそんなことがあるなら、先輩は自衛隊に就職するのかな」
「本当にそんなことがあれば、ラッキーなんだけどなぁ。残念ながら、自衛隊から声がかかることがないどころか、魔法杖についてもあの後、何の話もないよ。結構、いい線行っている性能だと思うんだけど、さすがに自衛隊が求めるものじゃなかったのかもな」
そんなことを上級生同士で話しているのを私が黙って聞いていると、一人、四年生の行使者候補生の男子が私が話についていけていないのに気づいたようだ、話を向けてくれる。
「知らないかもしれないけど、グッさんの試作魔法杖を使った行使者候補生が去年のランキング一位だよ。まぁ、五年生だったからこの前、卒業しちゃったんだけどね」
へぇ、としか言えない私に、他の人たちは楽しそうに「さては信じてないなぁ?」とか「凄いことなんだぜ」とか、そんな言葉を飛ばしてくる。私はなんとなく、流れに乗って笑って見せるしかない。
去年のランキングトップということは、最優秀チームということだろう。
そこに私が参加して、しかも最優秀チームの管理者候補生の研究を私が引き継ぐ? そんなこと、できるとは思えないし、きっとこの場の冗談だろう。普通に考えれば、ありえないことだ。
だけど、まさかありえるのだろうか。私がこの場にいるのは、そういうことなのか。
本当に?
私はただ笑うまま、その後も話を聞いていた。
内心では、自分の幸運を信じられなかったけど、この場にいるのは現実で、そのズレに不可解なものを感じながら。
「本当は有望な行使者候補生が欲しいんだよなぁ」
山口さんがぼやくように口にする。それですよねぇ、と管理者候補生の男子が応じる。
「先輩が卒業しちゃって、まぁ、一年生にその穴を埋められるわけもないですけど、三年後、四年後のためには最初から鍛えたいですもんね」
「俺もお前もその頃にはここにはいないけどな」
山口さんの冗談にささやかな笑いが起こる。
それから話題は、誰が山口さんと組むのか、という方向へ移動していった。魔法技専の決まりで、グループを超えての生徒の移動は許されない。と言っても、グループを移籍することはできるから、正確に表現するなら籍を変えずに助っ人に入れない、といったところか。
今、この場にはいないメンバーを含めても、第二グループでは行使者候補生が不足しているらしい。話を聞いているうちに余っているのは探求者候補生だと私にもわかってきた。
グループ内において管理者候補生と探求者候補生は融通できるが、行使者候補生は一つのチームの行使者候補生としてしか模擬戦にエントリーできない。行使者候補生の不足は、管理者候補生や探求者候補生には大きな問題になる。
「ま、石森ちゃんのためにみんなで行使者候補生を探してやろうよ。みんなで鍛えれば、悪くない結果にもなるだろうしね」
山口さんの言葉に、同意する声が上がる。
「石森さんも、山崎先輩みたいな人に引っかからなくて良かったね」
そう言ったのは管理者候補生の四年生の女子だった。
え、と声が漏れてしまった。小さな声だったから、周りには聞こえなかっただろう。
私は咄嗟には何を言われたのか、わからなかったのだ。
ここに山崎という人はいないはずで、そういう話の流れでもない。
私が知っている山崎先輩は、一人しかない。
山崎潤、しかいないのである。
彼女に引っかからなくて良かった、とはどういう意味だろう。
私が何も言えずにいるうちに、そうそう、とか、まったく、とか、同意の声が上がっている。
「あの凶状持ちのグループじゃ、どんなに有望でもたちまち枯れちゃうだろ。卒業できないんじゃないか?」
「人の数も多くないし、もう二年も模擬戦に出ていないんじゃ、技術自体も発展していないんじゃないかな。もしかして三年前の技術を未だに使っているとか?」
「数が多くないどころか、山崎先輩ともう一人の二人しかいない、って噂だよ」
「それはただの噂。だってそれじゃあ、チームを組めないじゃない。探求者がいるはずだけど」
「誰か、その探求者の名前を知っているか? 俺は知らないけど」
「それくらい無名なんじゃないですか? 何年生かも知らないけど、グループが解散したらどうするんでしょうね。山崎先輩も、管理者候補生の人も五年生じゃなかったですか? なら、同じ五年生かもしれませんよ。そうなると、来年は第十六グループは消滅ってこと? そんなことあるんですか?」
「まぁ、欠番のグループもあるけど、独立する奴もいるし。しかし、第十六グループを引き継ぐのは、名前だけ引き継ぐにしても縁起が悪すぎるだろ」
場に失笑が流れる。
私は、笑えなかった。ずっと何も言えなかったし、うまくまわりにいる人たちを見ることもできなかった。
場の空気が、私には居心地の悪いものに不意に変わっていた。周りが楽しそうなのに反比例するように、私の中の落ち着かない感覚が増していく。
ここにいる人たちは気づかないのだろうか。私が何を感じているのか、気付かないのか。
それとも気づいていて、意識してこんな空気を作っているのか。
山崎先輩を貶して、それで私がどうなると思っているのだろう。
石森さんはラッキーだよ、と誰かが言った。
別の誰かは、あの魔女に引っ張られたら終わりだよ、と言った。
私は何か、周りの音が何も聞こえなくなったような気がした。
その静寂の中で、思わず声を発していた。
山崎先輩が何をしたんですか?
(続く)




