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風邪薬を作ってみよう

「ねぇレン、起きて……」


 覚醒し始めた僕の瞼の裏に、眩しい太陽の光を感じる。

 それはこの異世界で迎えるいつも通りの朝だった。

 まだ眠気が強く、全然起きたいと思わない。


 だけど誰かが優しく僕の肩を揺さぶり、覚醒を促してくる。


「まぁ~た机に突っ伏して寝てる。寝るならベッドで寝ればいいのに」


「うーん……」


「ま、それはいいわ。それよりレンはそろそろ起きて」


「……あれ、フローラ……?」


「おはよう、レン」


 目覚めた僕の目の前にいるのは、この工房の家主であるフローラだ。


 ──何だかすごく長い間、彼女と出会った頃の夢を見ていた気がした。


 寝起きの僕の頭の中で、その夢がまだリフレインしている。

 おかげで僕は、この世界へ来たばかりの自分を思い出していた。

 と言っても、まだあれからそんなに経ってやしないけど……。


「勉強もいいけど、寝るときはちゃんとお布団に入る事。顔に本の痕がついてるわよ」

「うん……へくしっ!」


「あっ、ほら鼻水。もしかしたら風邪ひいたんじゃない?」


「だ、大丈夫だよ。生きてれば鼻水くらい出る……」


 机の上のランプは、いつの間にか芯が燃え尽きてしまっていた。

 どうやら僕は昨日の夜、初級錬金術の本を読みながら眠ってしまったらしい。


 変な姿勢で寝たものだから腰や背中や首が痛かった。


「シチューは全部食べてくれたみたいね。お鍋がカラ」


「美味しくて全部食べちゃった。後で持っていくつもりだったんだけど……もしかして取りに来てくれた?」


「うぅん、それはついで。今はレンにお客さんが来たから起こしに来たの」


「僕にお客さん? こんな朝から?」


「そう。お客さんって言っても、ドリスだけど」


「ドリスさんが……一体どうして?」


「それは彼女に聞くといいんじゃない?」


「えっ」


「おはようございます、レン」


「うわっ!?」


「勝手に入らせてもらいました。ギルドへ行く前で、時間がないものですから」


「お、おはようございます……」


 工房の中にはフローラだけじゃなく、いつの間にかドリスさんもいた。

 彼女は僕の唯一の教師であり、生産者ギルドの受付兼任の錬金術師。


 ドリスさんがここを訪れるのは、よく考えたら初めてな気がした。


「レン、なかなか感心ですよ。私に言われなくとも、キチンと勉強を重ねているようですね」


「えぇ、まぁ一応……それで、何か用事ですか?」


「感心ついでに、いきなりですが今日はレンに説教をしなくてはなりません」


「えぇっ!?」


 全然ついでにする事じゃない気がする。

 起きたばかりで説教なんて、今日という日の先行きが思いやられた。


「説教って……レンったら、何か悪い事でもしたの?」


「僕は全然身に覚えがないけど……」


「理由は、精製水の納品です。昨日のうちに品質に関してギルドに苦情が来ました」


「えっ!」


「いつもより不純物が混じっていて、アイテム作成に使いにくいと言われたのです」


「それは……ごめんなさい……」


「器具を見せてもらいましたが、ろ過機の洗浄が足りていないようですね。次からは気をつけなさい」


 いくら水を蒸留しても、ろ過する器具が汚れていたら純水にならないのは当然だ。

 自分ではしっかりやっていたつもりだったけど、慣れ切った作業でどこかに油断が生まれていたのかもしれない。


「基本をおろそかにしてはいけませんよ、レン。いつもと同じ事を、いつも通りに行う。それは簡単なように思えて、ともすれば忘れがちな心得です」


「……はい。すみませんでした」


「ドリス、もういいじゃない。レンも反省してるみたいだし」


「仕事の話ですから、少し念入りに。今後同じような事が繰り返されては困ります」


「きっと大丈夫よ、ね?」


「うん……。今日から心を入れ替えます」


「今日からという事は、やはり昨日までは何か思うところがあったのですか?」


「いや、そういう訳じゃなく……ごめんなさい」


 正直なところ、確かに昨日まではお金も大して稼げず、同じアイテムしか作れず、クラスメートには貶され、少し腐っていたところがあった。


 でも僕は今朝、この世界に来たばかりの頃を夢に見た。

 おかげであの頃の初心を思い出す事ができた。


 いちいちそんな話をするのも何だかなぁと思うので、とりあえず今は平謝りだ。


「でも、私レンの気持ちが少し分かるわ。いつ工房に来ても毎日毎日、い~っつも水ばっかり作らされてるし、お金もあんまり稼げないみたいだし」


「それが今のレンの仕事なのですから、仕方がないでしょう」


「私なら嫌になっちゃうなぁ。仕事ってどんどん新しい事を覚えて、やりがいを知っていくものでしょ? だけどレンにはそれが全然ないじゃない」


「確かにその通りかもしれませんが……フローラは何が言いたいのですか?」


「ドリスや他の錬金術師がちゃんと教えてくれたら、レンはもっと色んなアイテムの依頼を受ける事ができるんじゃないかって事。それはまだダメなの?」


「ダメではないのですが、今の忙しい現状ではなかなか講習を行う事も……」


「それじゃあ錬金術師になりたい人がいないのも当り前よ。ちゃんと教えてもらえないなら、誰もやろうと思わないんじゃない?」


「私や他の錬金術師の都合で、レンに十分な教育が行えてないのは事実です。しかし……」


「ドリス、レンは怒られても言い訳しなかったわ。何とかしてあげようよ」


 何だかフローラが一生懸命僕のフォローしてくれている。

 この一か月ほどの僕を見て、彼女も思うところがあったようだ。


「……確かにそれは私たち先輩錬金術師が何とかしなくてはならない事ですね。フローラの言う通り怠慢でした」


「いえ、いいんです。僕、自分でも勉強してるし……」


「レンが孤独に勉強を重ねている事も分かりました。色々なアイテムを作ろうとして、夜な夜な試行錯誤している事も」


「どうして分かるの?」


「それはゴミ箱の中にあるアイテムの残骸を見れば分かります」


「あ……ホントだ。何か炭みたいなものがある」


 ゴミ箱の中には昨日の夜の失敗作が放り投げられていた。

 本の通りに作ってもうまくいくとは限らず、ちょっとした時間や材料の配分ミスで望んでいたものとは程遠いものになってしまう。


 ちなみに炭になってしまったのは居眠りをしたせいであり、失敗したら必ずしも炭になる訳じゃなく、僕が極端に不器用な訳でもない……と思いたい。


「その努力を認め、レンにひとつ課題を与えましょう。その課題を達成する事ができた際、あなたに新たなアイテム作成の依頼を受ける事を認めます」


「本当ですか?」


「やったわね、レン! やっぱり何でも言ってみるものよ」


「う、うん。フローラのおかげだよ」


「二人とも静かに。レン、初級錬金術書はどこまで読みましたか?」


「えーっと、だいたい半分くらいです」


「最初から飛ばさずに?」


「はい、一ページも飛ばしてません」


「なら作り方はすでに読んでいるはず。あなたにはこれからある薬品を作ってもらいます」


「薬品ですか?」


「実はギルドの錬金術師は、毎年この時期大忙しなのです。その薬の依頼がひっきりなしで、レンにも作れるようになってもらうと非常に助かります」


「それは今の僕でも作れる薬なんでしょうか?」


「素材は全てギルドで用意しますし、あとはレン次第ですよ」


「気になるなぁ。それは一体何の薬なの?」


「とてもありふれた薬ですよ。これからレンには、『総合感冒薬』を作ってもらいます」


「感冒……つまり風邪薬ですか?」


「なるほどね! 確かに今の時期になると必ず流行るもんね」


 異世界でも寒い時期には風邪が流行るようだ。

 僕も昨日は毛布も掛けずに寝てしまったから気をつけなくちゃいけない。

 それにしても風邪薬とは、何というか確かにありふれている。


 異世界感はゼロでも需要はありそうだし、作れるようになれば僕の暮らしぶりも多少は上向くかもしれない。そしたら工房の家賃をフローラに(ちなみに、払えと言われた事は一度もない)払えるようになるかもしれない。


 いや、そうならなくちゃいけない。


「どうですかレン。やってみませんか?」


「まだ作った事はないけど……作り方は読んだ気がします。多分、大丈夫です」


「宜しい。では完成したら教えてください。審査します」


「分かりました」


「それではまた。のちほどギルドへ来てくださいね」


 色々とあったが、話はまとまった。

 フローラの交渉のおかげで僕はようやく次のステップに進めそうだ。


「風邪のお薬かぁ。よく効く薬が開発できたら、ドリスにびっくりしてもらえるかもね」


「それは僕よりずっと賢い人の仕事だよ。僕はただ初級錬金術書のレシピ通りに作るだけだから」


「それでも充分よ。きっと風邪ひきさんに喜んでもらえるわ」


「そうだね。頑張ってみるよ」


 その日からさっそく、僕は風邪薬の作成に取り掛かった。


 初級錬金術の本に書いてある通りに作ればいいと思ったし、その自信もあった。

 しかしそう簡単に物事が進まないのが異世界が異世界たるゆえんでもあると、この時の僕はまだ知らなかった。 



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