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錬金術師には階級がある

「……はい、結構です。あなたの精製水はなかなか良くできていますよ」


「お疲れさまでした……」


 五時間も経つと、とっぷりと日が暮れていた。

 良くできていると褒められても、基本的にはどれくらい水が溜まったかなぁと見るだけだったのでそんなに嬉しくない。


「これをもちまして、レンは精製水作成の依頼を受ける事ができます。さっそくやってみますか?」


「ぜひお願いしますっ」


「ではレンの名で依頼を募集しておきます。きっとすぐに来ると思いますので、今のうちに作り置きしておいた方が良いでしょう」


「はい、そうします」


 アイテムの作りがいとか知の探究とか、今の僕には望むべくもない。

 ろ過機は工房に置いてあった気がするし、一日も早くお金を稼げるようにした方が良い。


「それと、フローラが迎えに来てますよ。レンの講習が終わるのを待っててくれたようです」


「え……」


「あそこです。あなたの帰りが遅いから、心配して様子を見に来たのでしょうね」


 見ると、受付から少し離れたソファーでフローラが居眠りをしていた。

 まさか講習に半日も費やすとは思わなかったのだろう(それは僕もだが)。

 嬉しさと申し訳なさ半々の僕は、こっくりこっくり船をこいでいるフローラに声を掛けた。


「フローラ、起きて……」


「……ん、レン。終わったの?」


「待たせちゃったみたいでごめん。講習は終わったよ」


「お疲れ様。ずいぶん時間がかかるものなのね」


「うん……ありがとう。わざわざ迎えに来てくれて」


「お買い物のついでだったから平気。それに、後輩ができて張り切ってるドリスにビシバシしごかれてるんじゃないか心配だったしね」


「フローラ、人聞きの悪い事を言うのは止してください。私はちゃんと優しく有意義な指導をしましたよ」


「そうなの? レン」


「う、うん。ドリスさんの言う通り」


 今回は作成するアイテムが簡単すぎて、指導らしい指導もなかった気がする。

 あえて言うなら、小部屋に缶詰めにされて日が暮れるまで勉強を強要されたことくらいか。


「それじゃ、帰りましょうよ。レンもお腹空いたでしょ?」


「僕、また今日もご飯をごちそうになっていいのかな……」


「私は別に構わないわよ。ってゆーか、いい加減そろそろ開き直ったら?」


「レンは慎み深い性格をしていますからね。無理ない事です」


「そのうち仕事で報酬を貰えると思うから、その時に何かの形で返させてもらうよ」


「はいはい、期待しないで待っとくわ。せっかくだからドリスも一緒に食べない?」


「残念ですが、家に戻ってから自分の仕事があるんです。ですから、それはまたの機会の楽しみとしておきましょう」


「そっか。ドリスは錬金術師としての仕事もあるもんね……大変よね」


「もう慣れました。それにこれからはレンもいてくれます」


「が、頑張りますっ」


 話から察するに、錬金術の仕事が豊富なのは本当のようだ。

 しかし、ギルドの受付をしてそれが終わったら錬金術師としての仕事というのは大変だ。

 過度の仕事は負担になるだろうし、僕も早く役に立てるようになりたいと思う。


「それじゃ、今度こそ帰りましょ」


「うん。それじゃあドリスさん、また今度……」


「待ってください。今のうちにレンに許可証を渡しておきます」


「許可証?」


「この生産者ギルドにおける許可証です。これを持っている事で正式なギルドの登録者とみなされ、仕事を請け負う事ができるのです」


 ドリスさんはそう言って、僕にカードのようなものを渡した。

 細かな説明を受けなくても、とても大切なものである事はすぐに分かった。

 そこには僕の名前と職業、そしていくつかナゾの番号が書かれてある。


「ドリスさん、この番号は……」


「レンの番号は128。現在このギルドに登録されているすべての錬金術師の数と言い換えても良いでしょう」


「128……思ってたより多いですね」


「そう思いますか?」


「違うんですか?」


「人口比を考えれば、決して多い数字とは言えません。それに、実際に活動している人はその半数にも満たないのです」


「この街の人口と比べたら、二千人に一ってとこよね。お父さんもよく、少なくて大変だって言ってた」


 二千のうちの一。

 百分率で言うと0.05%で、そう考えると少ない。

 実際に活動してるのがその半分以下ならさらに少なく感じる。


「そういう訳ですから、くれぐれも私たちはレンを歓迎させてもらいますよ」


「街の住人として私もね。頑張って、レン」


「とは言っても焦る必要はありません。レンはできる事から徐々にこなしてください」


「分かりました。それと、もう一つのこの数字は……」


「それはあなたの錬金術師としての階級です」


「階級……僕は、三十三番目って事ですね」


「その通りです。今のレンは三十三階級。言うまでもないですが、一番下の階級になります」


「かなり細かく分かれているのよねぇ。錬金術師って」


「五とか十とかならまだ分かるけど……三十三ってすごいなぁ」


 僕の知っている社会常識と比べると──例えば、社長、副社長、部長、副部長、課長、係長、平社員だと七階級──比べるのが適切かどうかも謎だが、すごく細かい。


「階級によって、受けられる仕事の質や報酬も違ってきます。今はその程度にとらえておいてください

「……ちなみに、フローラのお父さんはどのくらいだったのかな」


「んーっと、確か八階級だったと思うわ」


「へぇ……じゃあ、やっぱりすごく上の方だったんだ」


「マグヌスさんはそうでしたね。平均して、一つ階級をあげるのに年単位の時間がかかります」


「という事は、一番上の階級になるには三十年以上かかる計算になるんですか……」


「上を目指すのは良い事ですが、最高位へ昇りつめられるのはほんの一握りの選ばれた存在です。少なくとも、このマールバニアにはいません」


 つまり三十年以上錬金術師を続けても、なれない人がほぼ全員。

 今の僕が気にする必要はないけど、何だか気の遠くなるような話だ。

 それでもフローラのお父さんはひと桁まで行ったというし、僕もできる限り頑張ってみたい。


「階級を気にしすぎる必要はありませんが、例えば王族からの依頼はほとんど上位の錬金術師が独占しています。高額な報酬を求めるのなら階級を上げるのが一番ですね」


「ふふ、レンもそうなったらお金持ちになれちゃうかな?」


「お金持ちかぁ……なれたらいいけど、どうだろう」


「お金も大事ですが、それだけではきっと錬金術師を続ける事はできませんよ。少なくとも私の経験上、高額な報酬もその努力の割には合いません」


「でも、ドリスは続けているじゃない」


「それは自分の歩む道の先に、何か偉大な発見があると信じているからですよ」


「偉大な発見……かぁ」


 講習の時に色々と話をした時にも思ったけど、ドリスさんは研究者としての気質が強いようだ。

 彼女はきっと、お金を稼ぐためだけに錬金術師をしている訳じゃない。


「すごいわよね、ドリスって。何だか素敵」


「うん、すごくカッコいいと思う」


「もう……二人とも、何を言ってるんですか」


 そんな僕らの羨望の眼差しに気付き、少しだけドリスは顔を赤らめた。

 笑いたいのを我慢するように頬をひくつかせているので、多分嬉しいんだと思う。


「あなたも他人ごとではないのですよ。その才を持ち、ここを訪れたレンに祝福がある事を祈っています」


「はいっ」


「さ、今日はフローラと共にお帰りなさい。いずれまた」


「はい……あ、ところで次の講習っていつですか?」


「次は、開催できるとしたら一か月後です」


「えっ」


「その『えっ』は何ですか?」


「いや、結構間があるなぁと思って」


「申し訳ありませんが、ギルドの都合です。指導できる錬金術師も少ないですし、私もこのところ何かと忙しいものですから」


「レンみたいにお金も家もなくふらっと来る人の面倒も見なくちゃいけないもんね」


「それは本当にすみません……」


「レンの事はその間、フローラに任せます。錬金術師としての道を外れないよう、よろしく頼みましたよ」


「うん、分かったわ」


「ちなみに、講習を受けないと精製水以外のアイテム作成依頼は……」


「基本的には受けられません」


「えぇっ!?」


「研鑽を重ねてください。私が納得できるアイテムを独力で作れるようになっていたら、その時は特別に認可します」


「了解です……」


 僕が作れるのは、残念ながらしばらく水だけのようだ。

 早く一人前になりたいと思っているのに、どうにもこうにももどかしい現実だった。


        

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