光鎖の捕縛
空中にて対峙したサンダーバードとスケルトン。
種族としてはあまりにも不釣り合いな並びでも、こちらは逃げも隠れもしない。
背から生えた骨の翼を広げ、魔力の羽毛が風を掴む。加速をつけ、先手を打つのはこちら。一息に距離をつめ、紅蓮に染まる刀身をサンダーバードに叩き込んだ。
しかし――
「なっ」
振り抜いた一刀にまるで感触がない。
紅蓮刀は虚空を斬り裂いて陽炎を揺らすばかり。
その軌道上にサンダーバードは存在しない。
いったいどこへ? 思考が答えを導き出すまえに、下方から声が響く。
「後ろよ!」
リーゼの言葉を理解するとともに振り向き様、水平に剣閃を薙ぐ。
鋒が軌道を描いた先で、目にするのは紫電を纏う鋭利な鉤爪だった。
紅蓮の剣閃は、紫電の爪とぶつかり合い、火花を散らして拮抗する。
「いったい、どうやって――」
まったくと言っていいほど目で追えなかった。
いつの間に背後までの移動を完了していた?
以前にも、こんなことがあった気がする。
あれはそう――はじめてコボルトと戦った時だ。
「アアァァァァアァアアアアァアアアッァァアアアアッ」
拮抗の最中、サンダーバードはもう片方の鉤爪を差し向ける。
片方だけでも拮抗しているのに、両脚ともなれば競り負ける。
戦場が不慣れな空中である以上、単純な力押しでは敵わない。
「くそっ」
両翼で羽ばたくと同時に鉤爪を弾いて退避し、距離を取る。
鉤爪に引き裂かれる未来を回避し、されど思考はサンダーバードの次なる一手に埋め尽くされる。
なにを仕掛けてくるのか。
予想を立てる暇もなく、その一手はくる。
「アアァァァァァァアアアアァアァアァアアアアアッ!」
酷く奇怪な声でサンダーバードが鳴く。瞬間、やはりその姿が掻き消えた。
紫色の羽根だけを残し、視界からいなくなる。だが、今度は辛うじて見えていた。
紫電の残光が視野外へと抜けていくのを。
「そこかっ!」
残光から次の攻撃を推測し、一手先んじて紅蓮刀を薙ぐ。
その一振りは今まさに鉤爪を繰り出そうとするサンダーバードを襲う。
紅蓮が馳せて紫色を裂く。焼いて、焦がして、焼却する。即座に立ち込める、焦げ付いた匂い。
だが、傷自体は無も等しいほどの軽傷だった。
「掠っただけかっ」
タイミングは完璧だったはず。にも関わらず、寸前のところで回避された。
鋒が掠めただけで表面の羽毛を焼いたに過ぎない。
サンダーバードはそれほどまでに速く、飛行技術は俺よりはるかに格上だった。
「それで、また背後か」
紅蓮刀から逃れたサンダーバードは、またしても俺の背後に現れる。
ただし、先の二回ほど近くではない。互いに攻撃に対してなんらかの対処ができる程度の距離をあけていた。
サンダーバードは二度も攻撃をしのいだ俺を見据えて滞空している。
まぁ、過去に二度も仕留め損なったスケルトンなんて存在しないだろうしな。
サンダーバードが警戒して攻撃の手を休めるのも無理はない。この個体は特に頭がよさそうなことだしな。
「どうにかして、あの速さに対抗しないと」
コボルトと戦ったあの時より、はるかに強くなっているはずなんだけれど。
上には上がいるということだ。まだまだ速い魔物はいくらでもいる。
「アァァァアァアアアアァァアアァアアアアアッ」
また奇怪な声が響いて、サンダーバードは攻撃に転じようと紫翼を羽ばたいた。
また視界から離脱し、背後に回るのだろう。そう予測していたのだが――
「アァアァァッ!?」
がくんと、逆方向へと引っ張られるようにサンダーバードの飛行が止まる。
「寂しいじゃない、蚊帳の外なんて」
見ればサンダーバードの足首に、紫色の光で構築された鎖が巻き付いていた。
「私のことを忘れないでくれるかしら?」
発生源は言うまでもなくリーゼだった。
地面に描かれた魔法陣めいた術式から、何本もの光鎖が生えている。それらは次々にサンダーバードを縛り上げ、身動きを封じていく。
「私たちはこの時を、何十年も待っていたんだから!」
ドワーフの積年の思いが、サンダーバードを絡め取った。
「トオルくん!」
「あぁ!」
光鎖に縛られたサンダーバードは身動きが取れない。
仕留めるには絶好の機会だ。この機を逃さず、ヒポグリフの両翼は羽ばたいた。
急加速による速攻。障害物のない一直線を描いて、サンダーバードへ肉薄する。
けれど、どうしたことか。たしかに捉えていたはずのサンダーバードが見えなくなる。
一瞬の時を費やして理解した。
俺とサンダーバードの間に射し込まれたのだ。
とても分厚く重い金属製の内壁が。
「ぐっ――」
不意に鉄塊をぶつけられ、意識が揺さぶられる。錐揉み状に吹き飛んだ身体を、それでもなんとか立て直して空中に踏み止まる。鈍い痛みが生じる頭蓋を振るい、遠退きかけた意識を呼び戻す
「なんなんだ、いったいっ」
悪態をつきながら、改めてサンダーバードを見据える。
「なっ――」
紫電を放つサンダーバードの周囲には、いくつもの機械や瓦礫――鉄塊が浮かんでいた。
「こいつ、磁力までっ」
磁力によって浮かび上がる幾つもの鉄塊が、礫となって投げ付けられる。
あれだけの量を一度に食らえば身が持たない。急いで回避行動を取り、空間の内側をなぞるように飛行する。
鉄塊の礫は、そんな俺を追尾するように執拗に追い立てる。躱した数だけ内壁に鉄塊が打ち込まれ、その破壊によってまた新たな礫が生成される。時を追うごとに、その数はより多くなっていく。
「逃げてばかりじゃダメか」
いまは標的が俺だからいい。
サンダーバードの狙いがリーゼに移るまえに仕掛けないと。
「ええい、このままっ」
内壁を蹴ってサンダーバードへと大幅に進路を変更する。
当然、そちらに舵を切れば鉄塊の礫が真正面から放たれ続けることになる。
けれど、そこはヒポグリフ・フェザーの性能を信じよう。
感覚に身を委ね、魂に刻まれた野生の記憶を呼び覚ます。感覚が尖り、風と一体になる。
次の瞬間――俺の目にはすべてが止まって見えていた。
「これならっ」
放たれる鉄塊の礫を軽々と避けて突き進む。
それがどれだけ大きくても、どれだけ小さくても、見えているのなら躱すことができる。無数に及ぶ回避行動と軌道修正の末、鉄塊の弾幕をすべて見切り、この身はついにサンダーバードにいたる。
携えた紅蓮刀が燃え盛り、火炎の一刀は紅蓮の剣閃を描いて過ぎる。
今度こそ、手応えはあった。羽毛を、皮を、肉を、骨を、臓物を、確実に焼き切った。
刀身を介して伝わる感触は確実なもの。サンダーバードはその身体を二つに分かたれた。
「よしっ」
勝利を確信し、感情が声となる。
「――アァアァァアアアァアアァァァアアアアアアッ」
しかし、その喜びを掻き消すように奇怪な声が轟く。
それは決して断末魔の叫びなどではない。
確固たる殺意と怒りがこもった咆哮だった。
「うそ――だろ」
サンダーバードの肉体が紫色の雷光を放ち、紫電の塊と化す。紫電は焼き切られた半身を繋ぎ合わせ、自身を縛り上げていた光鎖からも脱出し、雷の速さで空間を乱反射する。
まるでカーバンクルの閃光のごとく跳ね、そして一所に留まった。
紫電は形をなし、サンダーバードを再構築する。
「そんなのありかよ……」
その姿はまったくの無傷だった。
「アァアァアアァアァアアアアァアァアアアアアッ」
肉体的なダメージを無効化する雷化。
火傷のあとすら消えてなくなり、焼き切ったという事実すら改竄されて無くなった。
これでは幾ら斬っても、どう攻撃をしても、一瞬のうちに治ってしまう。
俺はサンダーバードをどう倒せばいい。
「トオルくん!」
リーゼの声で我に返り、身に迫っていた鉄塊にようやく気がつく。
だが、対処に移るのが一手遅かった。
鉄塊は見事に直撃し、瞬間、別方向からも鉄塊をぶつけられる。二方向から挟まれ、行動を封じられる。その隙をついて大小様々な鉄塊の数々が次々に互いを繋ぎ合わせていく。
組み上げられていくのは鉄塊の檻。その中心に囚われ、指先一つ動かせなくなるほど圧迫される。ヒポグリフ・フェザーが悲鳴を上げ、紅蓮刀が何度も折れる。骨は軋み、頭蓋骨が砕けそうになる。
「あぁ、くそっ」
このままでは本当に圧死しかねない。
「なめ……るな……よっ。鳥野郎がっ!」
全身をサラマンダー・シェルに変換。
同時に炎の魔力を駆け巡らせ、赤熱の甲殻を発火させる。
俺自身も死ぬほど苦しめられた、サラマンダー自慢の紅蓮の焔。
それは自然界の炎とはまったく異質な火力となって、この身に触れるすべてを焼き尽くした。どろどろに融けて溶岩のように滴り落ち、急速に冷えて固形と化す。
焔翼を広げ、溶鉄の雨に打たれながら、鉄塊の檻から脱出を果たした。
「はぁ……はぁ……くそっ」
かなりの魔力を消費させられた。
まさかあの致命傷から一瞬で復活するなんて誰が考えられただろうか。
いったいどうやればサンダーバードを死に追い詰められる?
試行錯誤に割く魔力は十分か? 足りなかったそのときは――いや、それでもやるんだ。意地でも奴を討伐する算段をつけてやる。こんなところで諦めるわけにも、死ぬわけにもいかない。
俺は生きて、人間に戻るんだ。




