複製の魔物
ライトの明かりで暗闇を払いながら、別働隊は破棄されたと思しき製造所の通路を進む。
端末の画面に映し出されたレーダー画面を頼りに、リーゼが行き先を案内してくれるから、道に迷うこともなく足を進められている。
現状、敵の気配は認められない。
どこまでも先の見えない闇で満たされていて、そこから敵影が浮かぶこともない。
拍子抜けするほど滞りなく、俺たちはサンダーバードに近づけていた。
「ん」
ライトの明かりで照らし出される飽きるほどシンプルな通路に終わりがみえた。
それは扉という形で現れ、故障したエレベーターのように半開きだった。
電力――というのが正しい表現かはさておき、電力供給を断たれたのがちょうど扉が閉まる直前だったのだろう。
「誰か、手を貸してくれ」
半開きの隙間に手を差し込むと、向かい側に一人のドワーフが立つ。
二人で同時に扉を引いて開き、その先へと足を踏み入れる。
「なんだ? ここ」
図書館の本棚のように、この空間は幾つにも仕切られていた。
その仕切りの一つに近づいてみると、それが水槽であることがわかる。
蜂の巣状に積み上げられた、水槽の壁だ。
「アクアリウム……って訳じゃなさそうだ」
水生生物の飼育装置ではないだろう。
この水槽の水質は緑色に濁っているし、その中に浮かんでいるのはとても水生生物とは思えない。大別して犬、猫、猿、鳥、蛇、蜥蜴、などなど。およそ、水中では生息できない身体の構造をした生物――魔物ばかりだ。
それも種類ごとに数え切れないほどある。
「サンダーバードが狩ってきた獲物を保存している……ようには見えないわよねぇ」
「だな。この魔物たちには外傷がないし、欠損もない。なによりここは破棄されて久しい場所だ」
水槽はどれもこれも硝子が曇っている。
そこら中に埃が積もってもいるし、長い間使われていないことは明白だ。
それにサンダーバードがここの存在を知っていたら、狩りを行うまえにまずこれらの魔物たちを胃袋に入れていたことだろう。
すくなくとも五十年くらいはずっと、水槽の中で浮かんでいたことになる。
そう考えると――
「……他人事には思えないな」
五十年もの間、冷凍睡眠装置の中で眠っていた俺には、どこか身近に感じざるを得なかった。
「いったい、なんの目的でこんなものを造ったんだろうな。まさか観賞用ってことはないだろうし」
この水槽部屋を横断しつつ、リーゼにそう問いかけてみる。
けれど、返事がない。
振り返ってみるとリーゼは考え込んだ様子で足を止めていた。
「ねぇ、トオルくん」
リーゼが顔を上げる。
「これ、もしかしたら凄い技術かも」
「凄い? って、この水槽が?」
「水槽もそうだけど。もっと凄いのはその中身」
「中身……」
そう言われて、もう一度水槽の中を覗いてみる。
緑色の液体の中に浮かぶ、四足獣の魔物。
別段、変わったところは見受けられず、その隣の水槽へと目を移す。
隣の水槽にも、同じ四足獣の魔物が浮かんでいる。
「――ん?」
それは説明のできない違和感だった。
まだなにをどうと言語化することはできない。
けれど、たしかに妙だと思った。
だから、交互にそれらを見比べてみる。
そうして、気がついた。
「まったく、同じ?」
それぞれの水槽に浮かぶ、二体の四足獣の魔物。
その姿――毛並み、模様、身長、爪の長さ、細部にいたるまでまったく同じだった。
「そう。まだ全部確かめた訳じゃないけれど、恐らくここにある水槽の中身はすべて――」
頭の中に、答えが浮かぶ。
「複製された魔物たちよ」
クローン。
古代文明は生物の複製すら可能にしていた?
「どうして……そんなものが製造所に?」
ここは遺物の製造所だったはず。
なのに、どうしてクローン施設が併設されているんだ?
「さぁ、それはわからないけれど……元々、色んなものを大量生産するところだった、ってことじゃないかしら。遺物の製造がメインなんじゃなくて、飽くまで目的の一部だった。そんな多目的施設だったとしたら、ここにこれがある理由になるでしょ?」
「……なるほど」
元々は多種多様なものを一括で大量生産する施設だった。
サンダーバードが遺物の製造だけを利用していたから、そう見えていただけ。
憶測にすぎないけれど、そう考えると納得もいく。
俺たちが知らないだけで、ほかにも色々と施設があるのかも知れないな。
「まぁ、それでも機能が停止していたら意味もないな」
積み上げられた水槽の数は数え切れないほど多い。
これらのクローンたちが一斉に目覚めでもしたら、対応するのに骨が折れそうだ。
まぁ、五十年もの間、放置されていたんだ。
今、なにかの拍子に復旧したとして、クローンたちが正常に目覚めるとも限らない。
というか、クローンたちは眠っているのか? それともすでに死んでいるのか?
硝子越しには判別がつかなかった。
「サンダーバードを討伐したら、ここも詳しく調べないと」
「そうだな。ここがうまく復旧できれば、食糧問題は解決できるだろうし」
サンダーバードが操る遺物たちの狩りによって、この大規模空間に存在する魔物がかなり減少している。
家畜にも被害が出ていて、食料難が目と鼻の先にあるような状況だった。
しかし、このクローン施設を使うことが出来れば食糧問題は解決したも同然。
魔物が自然と数を増やすのを待つことなく、安定して食糧を調達することが叶う。
あくまで復旧した施設をドワーフが扱えるなら、の話だけれど。
「まぁ、肝心のサンダーバードを倒さないことには、皮算用も良いところだけれどね」
「まったくだ。先に進もう」
明るい未来を想像しながら、仄暗い空間を横断する。
そうして水槽の隙間をすり抜けるようにして、しばらく進んだあとのこと。
この空間の半ばほどまでにまで足を進めた時、進行方向先から酷く鈍い音が木霊した。
それは、なにかが壊れるような音だった。
「な――」
身構える暇もなく、音を鳴らした原因が顔を覗かせる。
それは四つの車輪で駆動する、一つ目レンズの遺物。
一つ目はその瞳で俺たちを映す。
「くそっ」
すぐに飛翔して一つ目との距離を埋め、透明刀の一太刀で両断する。
あまりにも簡単に、なんの抵抗もなく、壊れた。
それはこの遺物に戦闘能力がないということで、この個体の目的は恐らく巡回だった。
先日の一件で改造機械鳥の存在がサンダーバードに露見している。
そのことで警戒し、普段は気にもしない破棄区域にまで巡回を送っていたとしたら。
俺たちの存在がサンダーバードに気取られたかも知れない。
「トオルくん!」
想像した最悪の未来は紫電という形で現れる。
打ち壊された扉の向こうに続く、黒で満たされた通路。
その最奥から闇を引き裂くように紫色の閃光が迸る。
次第に激しさを増すそれは雷撃の波となってこちらへと押し寄せた。
「みんな! 抗雷術式!」
聞き慣れない単語が聞こえ、直後に背後から抱き締められる。
同時に、リーゼの手元でなにかが操作され――瞬間、半円上の障壁が展開された。
「――」
この障壁の詳細を尋ねる暇もなく、雷撃の波は俺たちを直撃した。
雷鳴とともに波に呑まれ、視界のすべてが紫色に染まる。
けれど、それが過ぎ去るのは一瞬のこと。
視界は紫以外の色を取り戻し、雷鳴は遠退いていく。
結果として雷撃が障壁を貫通することはなかった。
俺たち全員が一つの負傷もなく、この一撃を防ぎきっていた。
「よかったぁー。実戦で使うのは初めてだったけど、うまくいったわね」
背中からリーゼが離れ、ほっと息を吐く。
これもリーゼが考案した、サンダーバードへの対策の一つ。
まさかあの雷撃の波を完全に防いでみせるとは。
いったいどの程度まで、サンダーバードの攻撃を防げるのだろうか。
あとで聞いておこう。
「流石は私って感じよね。でも、今ので私たちの存在を知られてしまったわ」
「今ので仕留めたって勘違いしてくれればいいが。まぁ、確認を寄越すよな、普通は」
すぐに遺物が俺たちの死を確認しにくる。
当然、ここには死体などない。
死は偽装できない。
「となると、ここからはこそこそじゃなくて大胆に、まさに電撃的に、サンダーバードを攻めないとってことよね。みんな!」
リーゼはドワーフたちに向き直る。
「ここからはガンガン突き進むわよ! 覚悟はいい!?」
その答えは雄々しい雄叫びによって返される。
各々が得物を高々と掲げ、周囲に憚ることなく気合いを入れる。
隠密行動はここでお終い、ここからはドワーフの真骨頂、正面突破だ。
「行きましょう、トオルくん」
「あぁ、最短ルートでサンダーバードのところまで」
別働隊の全員と顔を見合わせ、俺たちはこのクローン施設を後にする。
その直前――やはりそれは音という形で、俺たちに凶兆を知らせることとなる。
それは硝子に深い亀裂が走る音。
闇から音が出でたと思えば、次の瞬間にはすべての闇が払われる。
「明かりがっ!?」
「まさか、さっきのでっ!」
クローン施設が復旧した。
サンダーバードの雷撃によって再起動した。
「ガガガ――ララ――ァァア――ギギ――」
人の声と思しき、要領得ないノイズ混じりのアナウンスが鳴り響く。
水槽の表面に走った亀裂から緑色の液体が吹き出し、浮かんでいたクローンたちが目を覚ます。
動き出し、水狩りを閉じ込めている水槽を突き破り、彼らは地上に舞い降りる。
クローン施設は瞬く間に夥しい量のクローン体に埋め尽くされた。
「――走れ!」
大量のクローンを前に、出来ることはそれくらいだった。
光で満たされた通路へ一斉に駆け込み、その果てを目指して駆け抜ける。
長き眠りから覚めたクローンたちは、さぞかし腹を空かせていることだろう。目の前で自分たちから逃げていく得物を追いかけない道理はない。
スタンピード。
鋼鉄に囲まれた穴蔵の中で、作為的に複製されたクローンたちが暴れ出す。スケルトンも、ドワーフも、サンダーバードでさえ予期せぬ事態が巻き起こる。
状況は混迷を極め、この先がどうなるかなど、誰にもわからなくなってしまっていた。




