演奏の停止
幽霊兵士たちを平らげたケルベロスは、また食べ足りないのか次に標的をこちらへと向ける。先ほど喰い損ねた俺か、幽霊の梨々花か。どちらにせよ剥き出しの牙がこちらに向けられた。
「梨々花」
「わかってまーす」
梨々花は俺から離れて宙に浮き、ハープを構えて弦を弾く。連なる音色は音楽となって奏でられ、心地よい旋律がダンジョンの通路に響き渡る。その演奏は素晴らしく、気を抜くとこちらまで聞き入ってしまいそうだった。
それほどの演奏を聞いて、ケルベロスの三つ首のうち、一頭の瞼が重くなる。
この調子なら、行けるか。
「そのまま続けてくれ」
「ふふー、任せてくださいー」
龍翼を羽ばたいてその場から飛び出し、虹霓刀を構えてケルベロスに迫る。
肉薄する頃には一頭目は完全に睡魔に負けており、二頭目もうつらうつらとしている状態だった。それでも残りの一頭はぴんぴんしているようで、振るった虹色の一閃に噛み付かれてしまう。
初戦に起こったことが再現される。俺は虹霓刀の刀身に魔力を流し、あらゆる属性を口内に炸裂させようとする。
以前はここで能力を封じ込められた。でも、今回のケルベロスは半分寝ている状態だ。封じ込める力も十全には働かないはず。
その読みはあたり、今度こそ虹霓刀から各属性の魔力が炸裂する。
「オォオオォォォオオオォオオオオッ!?」
焼け、凍り、裂け、詰まり、痺れる。あらゆる傷を口内に負ったケルベロスは、悲鳴を上げて大きく怯む。とりあえず、攻撃は成功した。ただやはり封じる力は健在であり、思ったほど威力は出なかった。
負わせた負傷も深手には至らないだろう。
「厳しいな」
威力を削がれた状態で、それを上回る火力を出すしかない。
魔力が持つかわからないが、なんでも試してみるべきか。
「ガフッ……ガフッ……」
起き続けている頭が咳き込んで、血混じりのツバを吐く。
そのあと恨めしそうにこちらを睨み付け、体勢を低くして警戒態勢を取る。
今の今まで死者に傷を負わされたことなどないのだろう。初めて自身を脅かしかねない存在を目の前にし、ケルベロスは地響きのように低くうねる。
ただそうしたところで演奏の音色は掻き消せない。傷を負って怯んでも、痛みが駆け巡っても、一頭は眠ったままだし、もう一頭は半覚醒状態を維持している。
以前に梨々花が言っていたように、ハープの演奏ですべて眠らせられる訳ではないのだろう。見た限りでいえばおよそ半分くらいは眠らせられているかな。
それはとてもありがたいことだった。
「ワォォォオオオォォォオオオオオッ!」
雄叫びを一つ上げて、ケルベロスの吐息に暗い靄が混じる。
警戒して注しすると、それは黒い色の炎であることに気がつく。
「不味い、かも」
ジャバウォックが放った蒼い炎は、一瞬で森を焦土にした。
なら黒い炎なら、いったいどうなる。
答えも導き出せないまま、ケルベロスがゆらりと揺れる。
瞬間、黒い残光を引いて牙が迫る。それに対して俺は警戒しつつも、虹霓刀の斬撃で受けに掛かる。
「ダメっ!」
梨々花の焦った声が響き、次の瞬間、黒い炎が虹色の刀身を侵食する。
まるで塗り潰されるかのように、灰になって消えていく。
「――」
脳裏に死の一文字が過ぎる。
直感で理解した。今まで混淆してきた魔物たちの本能が告げている。
これに触れたら死ぬ。
即座に爪先で弧を描き、ケルベロスの顎を蹴り上げる。開いていた大口を強制的に閉じ、牙と黒い炎を口内に閉じ込める。同時に龍翼で空を掻いてその場から緊急退避し、十分な距離を取る。
手元をみると未だに虹霓刀が黒い炎に焼かれ続けている。じわじわと灰になり、この手に届こうとしていた。直ぐさまそれを捨てて虹霓刀を新調する。
あのまま攻撃を止めなかったら、間違いなく死んでいた。
「相性が悪すぎるな……」
蹴りの衝撃を拭うように頭を振るったケルベロスが、再度こちらを捕捉する。
その口元からは勿論、まだ黒い炎が漏れ出している。
「頼むぞ、梨々花。演奏が止まったらマジでヤバい」
そう俺が言うと。
「あー、すみませんー」
そんな謝罪の言葉が返ってくる。
急いで振り返ると梨々花の更に向こう側から、少数だが追加の幽霊兵士が迫っているのが見えた。
「こっちはこっちでなんとかするんでー。でも、演奏止まっちゃうかも知れませんー」
「あぁ、もう。ままならないな」
だが、こればかりはしようがない。
これ以上ないほど悪い状況だが、嘆いてもしようがない。
なんとかするしかないか。
「わかった。兵士をどうにかするまで演奏は止めていい」
「いいんですかー? 今でも結構、ギリギリっぽいですけどー」
「なんとかするさ。その変わり、できるだけはやく再開してくれ」
「ふふー、了解ですー」
そして、ぴたりと演奏が止んだ。
眠っていた頭も、半覚醒状態の頭も、それを気に目を覚ました。
「ここからが本番だな」
梨々花の演奏が再開するまでの間、なにがなんでも攻撃を凌がなくては。
「ワォォォオオォォォオオオオオオオッ!」
三重の咆哮が轟いて、こちらへと迫る。
こちらも龍翼を羽ばたいて立ち向かい、虹霓刀を振るった。
固有魔法が【性能向上】だった少年、自分のステータスをアップグレードして最強になる。
も読んでいただけると幸いです。
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