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教会の司教


「こっちですよー」


 死者の国を出た俺は梨々花の気怠げな案内でケルベロスのねぐらを目指していた。

 龍翼は使わずに徒歩でこっそりと向かっている。冥教会に気取られないようにするためだ。まぁ、今更かも知れないが自身の現在地を知らせながら移動するより遥かにマシだろう。


「あー」


 不意に先導していた梨々花が止まり、妙な声を出す。


「あー?」

「すみませんー。歩いて行こうって言ったのは私でしたけどー。逆効果だったみたいですー」


 そう言った瞬間、地中から幽霊の兵士が湧いて出てくる。

 儀式的な装飾が施された槍を構え、実用的ではない礼装を身に纏い、その顔は黒子のように布で覆い隠されていた。そんな彼らに囲まれていると、まるで今からなんらかの儀式でも行うかのようで、おどろおどろしく見えた。


「やっぱり街中だと目立っちゃうんですねー、そのかっこー」

「まぁ、だろうな」


 行き交う人がみんなこちらを見ていたし、冥教会に話が伝わるのも時間の問題だった。

 ただ想定以上に冥教会の動きが迅速だっただけのこと。やっかいなものだ。


「生きながらに死せし者よ」


 槍の穂先を向ける兵士が道を譲り、ほかとは一線を画す煌びやかな礼装を身に纏う人物が現れる。やけに回りくどい言い回しをする人物だった。


「誰だ? あれ」

「司教ですよー。たしか一番偉い人ですー」


 あの人が。


「骨の方。なにゆえ我らが救世主に剣を向けるのか」

「救世主?」

「ケルベロスのことですよー」


 あぁ、そう呼んでいるのか。


「ただ殺さなきゃいけない理由があるからだよ。色々と」


 個人的な理由と、梨々花の事情。

 今のところはこの二つだ。それだけあれば十分すぎる。


「おぉ、なんと愚かな。救いを理解できぬとは」


 そう呟いて司教が片手の肘から先を持ち上げる。すると、向けられた槍の穂先が俺たちに近づいた。


「救いを受け入れよ。さすれば苦なき世界へ飛び立てよう」

「脅迫まがいのご高説をどうも。悪いけど、あんたらの宗教に付き合っている暇はないんでね」


 龍翼を大きく広げ、ヒポグリフの翼へと変換。勢いよく虚空を掻いて、突風を巻き起こした。幽霊にこちらの物理的な攻撃は通用しない。でも、自然現象の類いであれば、幽霊と言えども多少の影響を受ける。

 実際、突風に煽られた兵士たちは次々と吹き飛ばされている。


「な、なんとっ!?」


 最後に司教も飛んでいった。


「ふふー、楽しそうですねー」

「暢気してる場合か。行くぞ」


 兵士たちを蹴散らし、自らが巻き起こした突風に乗って飛翔する。

 包囲からの脱出には成功したものの、吹き飛ばしただけだ。浮けもして抜けもする幽霊が相手では時間稼ぎにしかならない。追いつかれるまえにケルベロスのもとへと急がないと。

 あるいは時期を見て仕切り直す手もあるが、今後恐らく冥教会の連中はケルベロスに貼り付き続けるはず。どの道、冥教会の介入が避けられないなら、このまま戦いを仕掛けたほうがいい。


「追え! 追うのじゃ!」


 案の定、すぐに追っ手がかかる。

 槍を携えた兵士に追われ、逃げ込むようにダンジョンの通路へと入る。


「梨々花、金縛りでどうにかできないのか?」

「出来ないことはないですけどー、二人三人くらいですよー?」

「焼け石に水か」


 どう見たってそれより兵士の数が多い。

 振り切るしかなさそうだが、冥教会の連中は俺と違って道なりに曲がる必要がない。障害物があってもすり抜けられるため、どこまでも一直線に追い掛けてくる。コーナーで差を付けられすぎて、どれだけ速く飛行しても振り切れない。


「そこ、右ですからねー」

「暢気だなぁ」

「ふふー、出来ることありませんからー」


 それだけ信用してくれているってことかな。そう思うことにしよう。

 なんてことを考えつつ進んでいると、通路の奥の闇に鈍く輝くなにかを見る。それは瞳だったのか、牙だったのか。ともかくそれは這い上がるように近づいて大口を開けた。


「――ッ」


 一瞬の判断が生死を分ける。俺は咄嗟に翼で虚空を掻き、風を地面に叩き付けて浮かび上がる。瞬間、濡れた牙が真下を通り過ぎ――そして背後の幽霊兵士に噛み付いた。

 すり抜けられるはずの霊体を、牙が掴んで離さない。

 三つの口がそれぞれ兵士を咥え、食い千切った。


「ケルベロスッ!」


 反転してケルベロスを改めて視界に納める。

 そうしてなによりも目を引いたのは、食い千切られた兵士の上半身だった。

 霧のように、霞のように、塵に成って消えていく。冥界に送られていく。彼ら三人はようやく本当の死を迎えたんだ。いまここで。


「信奉するケルベロスに食べられて本望でしょうねー。私はまっぴら御免ですけどー」

「……まったくだ」


 ほかの兵士達もその歯牙に掛け、ケルベロスは食い散らかしている。

 その様子を見ながら俺はそっと臨戦態勢を取った。

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