幽霊の未練
「私たちみたいなゴーストってー、ウィル・オー・ウィスプとは違うんですよー」
「違うって具体的には?」
「この世に対する未練って奴ですー。まぁ、それを憶えているかいないかの違いでしかないんですけどー」
この世に対する未練か。そう言えばガーゴイル戦での彼らは未練を正確に憶えていた。仲間の遺品を回収し、ガーゴイルを討伐すること。俺が彼らに代わって果たしたことだ。よく憶えている。
「私たちゴーストはどんな未練があってこの世に留まっているか忘れちゃってますからー、いつまで経っても成仏できないんですよねー」
「そうなのか……というか、それって冥教会って組織となにか関係があるのか?」
「大ありですー。いつまで経っても成仏できないから、ケルベロスにあの世に送って貰おうとしてるんですよー。食べられちゃうと強制的に冥界送りですからねー」
「なるほど……」
冥界の番犬とだけあって、ゴーストやアンデッドの天敵という訳か。
つまり俺もうっかり食われてしまうと、その場であの世に送られるわけか。もともと向かうはずだった場所へ、ケルベロスの口は続いているのか。
「でもー、それってズルだと思うんですよねー」
「ズルか」
「だって、なにかしらの未練があるからゴーストになったんですよー? 忘れちゃってますけどー。でも、それをなにもかも投げ捨てて冥界に行っちゃうなんてー、ありえなくないですかー?」
「まぁ、逃げてる感じがしてすっきりとはしないな」
死んだ後もこの世に魂を縛り付けるほどの未練。それを知ることもなく、ましてや解消することもなく、ケルベロスに食われて冥界に送られる。梨々花にしてみれば、それはズルで、ありえないこと。
「それに冥教会に属してない人たちもケルベロスに食わせようとしてくるんですよー。なにを信仰するかは人の勝手ですけど-、他人に押しつけないでほしいですよねー」
「……」
ゴーストになった経験がないから、ゴーストで居続けることに対する理解はない。
もしかしたら苦しいのかも知れないし、辛いのかも知れない。未練があるという事実からも逃げたくなってしまうのかも知れないだろう。でも、それをほかの誰かに押しつけるのは違うと、俺もそう思った。
「ふふーん。だから、ぶっ殺してやろうと思ったんですよねー。ケルベロス」
「そこは冥教会の連中じゃないんだな」
「だってゴーストはすでに死んでいるので殺せませんしー」
殺せたら殺すのか? と疑問に思ったが答えは聞かないことにする。
余計なことは知らないほうがいい。梨々花が俺に協力してくれる理由もはっきりしたし、このままの関係でいたほうが波風が立たないだろう。
「おい。おーい。いい加減、解放してくれねぇかなぁ」
梨々花と話し込んでいると、金縛りのせいで変なポーズのまま固まっている泥棒がそう懇願してきた。
「でも、解放するとまた盗まれ兼ねないしなぁ、ハープ」
「もう盗まねーよ。さっきので無理だって悟ったから」
「ふーむ……どうする?」
「まぁ、私はどっちでもいいですけどー」
なら、決まりだな。
「じゃあ、解放してやるか。三時間後くらいに」
「三時間!?」
「ふふー、それいいですねー。そうしましょー」
くすくす笑って、梨々花も同意してくれた。
「ちょっ、ちょっと待ってくれ! 三時間もこのままか? このポーズか?」
「泥棒を働いた罰だ。反省してろ」
「一時間後に家に宅配が来るんだって!」
「残念ー、再配達してもらってくださーい」
「配達業者の手間も考えろよ!」
なんてやりとりもありつつ、結局俺たちは彼を放置してその場を去った。
「ちっきしょー!」
後ろでそんな声が聞こえた気がした。
「たぶん、すぐに冥教会の人たちもしくじったって気づくはずなんですよー」
「そうなったら今度はそっちから妨害がくるかも知れないってことか」
「はいー」
ゴーストはすべて通り抜けてしまう。俺から攻撃しても当たらない。ただ自然現象の類いの影響は多少受けるということなので、突風でも吹かせれば吹き飛ばせるかも知れない。
あとは梨々花の金縛りが頼りか。
「早めに決着を付けたほうがいいな」
「そうですねー。じゃあ、案内してあげますよー。ケルベロスのねぐらまでー」
流石はケルベロスを殺そうとしていたとあって、居場所の見当が付いているみたいだ。
冥教会とかいうはた迷惑な組織に妨害されるまえに、早速向かうとしよう。