冥府の教会
「ハープを狙ってくださいー。楽器は透けたり消えたりしませんからねー」
「なるほど」
泥棒を捕まえるのではなく、楽器を取り返すことに重点をおいたほうがいいか。
最悪、泥棒のほうを取り逃してもハープが手元に残れば、とりあえずはそれでいい。
そうと決まれば話は早い。
「捕まえてやる」
自身の右腕をカーバンクルのそれに変換、宝石の魔力で泥棒の目の前に結晶壁を迫り上げる。
「いっ!?」
立ち止まって引き返そうとする泥棒だったが、囲い込むようにして結晶壁を展開し、逃げ場を塞ぐ。楽器を握っている以上、結晶壁は透過できない。となれば、泥棒が執る手段は一つ。塞がれていない上へと逃げること。
だが、泥棒はそうはしなかった。
「くそっ、こうなったらッ」
泥棒は拳を振り上げる。どうやらハープを破壊するつもりみたいだ。
「させるかッ!」
拳が振り下ろされる前に、背中から生えた龍頭を地上へと伸ばす。勢いよく直進した龍頭は泥棒の体をすり抜けてハープを掠め取った。
「あっ!?」
戻って来た龍頭の口からハープを受け取り、頭を撫でてやる。
ハープには浅い傷がいくつか入っていた。たぶん、逃走の際にこれで窓を割ったのだろう。しかし、朽ち果てた窓硝子だったことが幸いしてか、それ以上の損傷は見受けられない。
弦は切れていないし、形に歪みもない。これなら楽器として十分に機能するはずだ。
「しかし、どうしてまたハープを」
盗んでまで手に入れたかった楽器を、土壇場でどうして壊そうとした?
「梨々花。あの幽霊とは……」
「いいえー、見たこともないですねー」
なぞが深まる。どうしてこんなことを。
それを知るには本人に聞くしかないか。
「よう」
地面に降り、泥棒の前に立つ。
「どうしてこれを盗んだんだ?」
「そいつを渡せッ!」
「おっと」
懲りずに奪おうとしてくるので咄嗟に躱す。
「なんで壊そうとしたんだ?」
「うるせぇ!」
またしても執拗に手を伸ばしてくるので、ハープを上空へと放り投げる。
「あ?」
そして、龍頭の一体に命じて丸呑みにさせた。
「あ……」
これでもう彼には手が出せない。
「いい加減、話したらどうだ?」
「はっ。なにか勘違いしてないか? ハープを盗めないなら、逃げるだけだ!」
そう言って彼は結晶壁に向かってダッシュする。
邪魔になるハープがない以上、そのまますり抜けられてしまう。
不味いな、と思っていると。
「えいー」
背中に貼り付いた梨々花が、泥棒の背中を指差した。
「んがっ!?」
すると、金縛りにでもあったかのように、彼の動きがぴたりと止まる。
まるで録画が一時停止したみたいだ。
「そんなことができたのか?」
「ふっふー。こう見えてゴースト歴は長いのでー、金縛りくらいは出来ちゃうんですよー。まぁ、流石にケルベロスに効果はなかったんですけどー」
梨々花は可笑しそうに、くすくすと笑う。
まぁ、なにはともあれ、これで事情が聞けるかな。
「それで? どうしてこんなことをしたんだ?」
「んがっ! んがががっ!」
どうやら大きな開いた口が閉じられないようで、舌も動かせないようだった。
金縛りってそんなに動けなくなるのか。
「どうにかならないのか?」
「やってみますけどー、金縛りって調整が難しいんですよねー」
「んががっ!? んがっ!」
梨々花がかるく指先を振るうたび、金縛りの強度が変わるのか、泥棒がぐねぐねと動き出す。顔面が歪んだり、足が結ばれたり、腕が曲がってはいけないほうに行ってしまったり。生身の人間なら全身を複雑骨折しているような惨状を目にし、それからしばらくしてようやく首から上の金縛りが解除される。
「こ、殺されるかと思った……」
でしょうね。
「じゃあ、もう一回聞くけど、どうしてハープを盗んだんだ?」
「はっ、答える義理はないね」
「梨々花」
「よろこんでー」
まだ梨々花の金縛り地獄が始まる。
「んげぇえぇええッ!? わ、わかった! 話すから止めてくれ!」
ようやく観念したようで、ようやく話が聞けそうだった。
「頼まれたんだよ。そのハープを盗んでこい、無理そうなら壊せってな」
「誰がそんなことを」
「さぁな、とにかく怪しい連中だったのは覚えてるけどな。あと前金がたんまり」
地獄の沙汰も金次第と言うけど、それも間違いではないのかも知れないな。
「んー」
泥棒の話を聞いて、梨々花が唇に人差し指を当てる。
なにやら考えごとをしているようで、すこしして。
「たぶんですけどー」
と、梨々花の推測を述べた。
「冥教会の仕業かも知れませんー」
「冥教会?」
「ただのカルト教会ですよー。でも、あの人たちなら納得ですー。ケルベロスを討伐してほしくないでしょうしねー」
盗み、金ときて、今度はカルトか。
案外、生きていても死んでいても、そんなに変わらないのかも知れないな。
まぁ、かといってこの髑髏姿のままでいいかと言われれば、それは否であるのだけれど。
なんだかな。なんだかな、だ。




