楽器の泥棒
「それで演奏すれば眠らせられるのか? ケルベロスを」
それが出来るならかなり有利に立ち回れる。
相手が眠っているならどうとでも攻撃できてしまう。
「いえ、完全には無理ですけどー、動きを鈍らせることはできますねー」
「なるほど……」
流石に世の中うまくはいかないか。でも、鈍らせられるだけでも十分な効果だ。
あるとないとでは雲泥の差、是非とも演奏の力を借りたいものだけれど。
「そうなると……守りながらになるな」
「そうですねー。ほったらかしにされてしまうと、私が食べられちゃいますしー」
ハープの音色や旋律で睡魔に襲われるなら、当然ケルベロスは梨々花を排除しようと動くはず。音色を聞かせなくてはならない以上、砂や魔氷、魔法などで四方を囲んでガードすることも出来ない。
どこかに隠れていてもらおうにも、音色を追われると簡単に見つかってしまう。
そうなればもう戦いの最中に梨々花とハープを守りつつということになる。
「難しいとは思うけど、移動しながら弾けたりとか?」
「多少であれば問題ないですけどー、そんなに速くは出来ませんねー。演奏の精度が落ちてしまうと音色が死んじゃうのでー」
「そうだよな……」
演奏の質が落ちてケルベロスに対する効果がなくなってしまっては意味がない。
出来るのか? 彼女を守りながら戦うなんて。これまで誰かと共闘したことはあったが、守りながら戦ったことはない。俺の行動一つで梨々花を危険な目に遭わせてしまう。
もし食われでもしたら、冥界に送られたら、そう考えるとないはずの心臓がバクバクと脈打つかのような感覚がしてしまう。
「でも、そんなに気を遣わなくても大丈夫ですー。私も棒立ちで食べられるほど素直じゃないんでー」
「大丈夫か?」
「ふふー、死人を気遣うんですかー?」
「こうして話せるんだから心配もするさ」
「難儀な人ですねー」
くすくすと梨々花は笑う。
ハープの音色がなければ苦戦は必至、ケルベロス攻略には梨々花が必須。
なら俺が絶対に守り通さないと。
「わかった。それで行こう」
とにかく、ケルベロスの注意をこちらに引き付けよう。
十分の一程度にまで威力を封じられても苛烈に仕掛ければ、ケルベロスとて対応に追われるはず。梨々花のことなんて狙う暇がないほどに激しい死闘を演じよう。
「そうと決まれば善は急げですねー」
そう言ってベッドから立ち上がる。それに合わせて俺も椅子から立ち上がった。
互いの視線は部屋に置かれたハープへと向かう。窓辺から差し込む夜光石の光を受けて仄かに輝く美しい楽器。だが、それに手を掛けるものがいた。
「あ、やべっ」
その半透明な何者かはハープを掴み取ると、そのまま朽ち果てた窓硝子をぶち破って逃走する。
「……一応、聞くけど」
「はいー」
「知り合いか?」
「残念ながらー」
「泥棒かよッ!」
すぐに玄関口を目指して駆ける。
死人、ゴーストになってまで人の物を盗むのか。盗んだところで何になるというのか。
いや、梨々花を見るに生前の人格がそのまま反映されているようだし、個人によっては窃盗を行うゴーストもいるか。
ただ欲しいから奪うような単純な理由か、なにか思惑があるのか。どちらにせよ、まったくもって迷惑な幽霊だ。
そう悪態をつきつつ、玄関から飛び出て天に舞う。
上空から見下ろした城下町に目を懲らし、泥棒の居場所を探る。行き交う人々は半透明で見えづらく、見つけ出すのは不可能に思えた。
けれど、不意に目に入る光によって泥棒の居場所を突き止められた。ハープから反射した輝きが居場所を知らせてくれている。
泥棒はハープを持っているからか、建物を透過して移動が出来ないらしい。律儀にも路地を縫うように移動している。地面にでも潜られたらかなり厄介だったが、あの様子なら捕まえられるはず。
「ほら、あそこですよー」
不意に耳元で声がする。
「梨々花、いつの間に」
「私の得意技ですからー、背後に立つの」
是非、止めてほしい特技だった。
幽霊が言うと洒落にならない。
「逃げちゃいますよー」
そう言いつつ、梨々花は後ろから俺に手を回す。
ケルベロスから逃げていた時のように、連れて行けと言っているみたいだった。
まぁ、ハープの所有者は梨々花なので、当然と言えば当然だ。
「しっかり掴まってろ」
龍翼で勢いよく羽ばたいて、泥棒のもとに急降下する。
さて、相手は幽霊だけれど、どうやって捕まえたものか。




