朝靄の幻覚
手の平の瞳が見開いて、石化能力が飛ぶ。視線の先にいたサラマンダーは一溜まりもなく石になる、はずだったが。燃え盛る鱗が石を融かし、石化能力が無効化されてしまう。
たとえ中位の魔物であっても、相性次第では能力を無効化できるらしい。
バジリスクと戦う際、サラマンダー・シェルなら石化能力に翻弄されずに済んだのかも知れない。
ただまぁ、無効化したところで所詮は中位の魔物なんだ。
「眠っててくれ」
サラマンダーが吐き出した火球を斬り裂いて正面から肉薄し、燃え盛る鱗ごと骨格を断ち切った。頭蓋を割られたサラマンダーはそのまま息絶える。朽ち果てるように消えてなくなった。
「まだ続くんだろ」
サラマンダーが終わったからと言って、そこでお終いにはならない。
俺の記憶から次の魔物が登場する。
空を舞い、羽根を散らし、甲高い声で鳴くヒポグリフ。それもまた嫌な記憶を呼び覚まされる相手だ。初めて人間と敵対したあとに戦った相手、あの時の気分は最悪だった。
それと同時にもう一体追加で姿を見せた。
額に紅い輝きを宿す宝石の獣、カーバンクル。とても面倒な相手だったのを覚えている。
一対一では話にならないと、ジャバウォックも数を増やしてきた。
「何体でも掛かってこい!」
上空から鉤爪を差し向けてくるヒポグリフを石化させ、落下してきたところを打ち砕く。同時にカーバンクルに向けても手の平の瞳を見開くが、これは透明の結晶壁に阻まれてしまう。
宝石の魔物とだけあって、石化にも強いらしい。
しようがないので地面を蹴って肉薄し、結晶壁を蹴り破る。至近距離にまで近づくと、カーバンクルは結晶の鎧を身に纏うが、薄墨刀は使わない。左手を握り締めて拳を造り、その胴体に一撃を見舞う。
バジリスクの硬い鱗に包まれた拳はたやすく結晶を打ち破って腹部を穿つ。内臓類に致命的なダメージを負ったカーバンクルはそのまま力なく地に伏した。
そして、その頃には追加の魔物が現れていた。
「サンダーバード」
紫電ほとばしる両翼を広げて稲光を纏うサンダーバード。その背後には幾つもの瞳を見開いたオチューがいる。空に稲妻が駆け、地上はオチューの分離個体で埋め尽くされる。
一つ一つ石化していたら切りがない。
俺は背中の翼で飛び上がり、両手をヒポグリフとサラマンダーのそれに切り替える。
炎と風、二つの属性を混ぜ合わせて解き放つのは広範囲に及ぶ灼熱の劫火。深紅の炎が分離個体のすべてを焼き尽くし、宙を舞うサンダーバードすらも呑み込んで焼却する。
かつてはとどめを刺し損ねたが、ここに機械はない。サンダーバードは電力供給も叶わずに掻き消えた。
「オチュー」
奴がまた分離個体を生み出さないうちに、両手を元に戻して手の平の瞳を見開いた。
数多の瞳と目が合い、そしてそのすべてが石になる。コアを探して飛び回ることもなく、あっさりと決着はついた。
「次はガーゴイルだろ」
予想は的中し、地面が一瞬にして砂漠と化す。飛んでいなければ蟻地獄のように引き摺り込まれていた。
目の前に飛翔する石の錫杖を持ったガーゴイル。その頭部の上には銀色の毛並みを靡かせたフェンリルの姿もあった。
「ウォオオオオオオオオオオオッ」
こちらが手の平の瞳を見開くとともに、フェンリルは駆け、ガーゴイルは砂漠の砂を舞い上げる。一瞬にして視界がゼロになり、石化能力も砂粒に吸い取られて機能しない。
そして砂を渡ったフェンリルが目にも止まらない速さで銀の一角を振るう。
「こいつらっ」
地味に連携して来やがって。
「けど」
以前のフェンリル戦では使うに使えなかったけれど、今回は遺骨を拾う必要もない。
俺は全身をオチュー・アイズに変換し、周囲に猛毒の瘴気を撒き散らした。触れれば草木も枯れ、肉が崩れる死の吐息。どれだけ高速で動いても、こちらに向かってくるのなら、この瘴気に触れざるを得ない。
そして足場の砂を蹴るたびに死に近づき、美しい毛並みも、屈強な肉も、頑丈な骨も、なにもかもがぐずぐずに崩れ、フェンリルは風を切って駆ける最中に命を落とす。
同様に、舞い上げられた砂から伝播した毒がガーゴイルにまで届く。強固な岩の肌でも体内を蝕む毒までは防げない。あっと言う間に内側を蹂躙され、ガーゴイルは岩の肌だけを残して墜落した。
「最後は」
大口を開けて呑み込まんとする噛み付きを回避して、その姿を目に映す。
随分と早い再会だ。バジリスクが長細い舌を伸ばして、こちらを睨み付けていた。複数の瞳で。互いに同じ能力を持つが故に、石化能力は互いに対して効果がない。
だから。
「大盤振る舞いだ」
三種の魔力を混ぜ合わせて放つ岩漿――溶岩龍。煮えたぎるマグマの如き龍がうねり、バジリスクの石化能力をはね除けながら牙を剥く。喉元に食らい付き、鱗を融かし、肉を焼いて骨を焦がし、瞬く間に絞め殺した。
最後の記憶、幻の魔物が倒れて掻き消える。その後に続く物はなく、また薄く広がる朝靄に包まれた。
「次こそはお前が相手をしてくれるんだろうな」
なにも見えない朝靄に言葉を投げる。
「■■■■■■■■■■!」
返ってきたのは笑い声だった。
まったく、むかつく奴だ。




