三度の決戦
ユウリとユリアの二人に別れを告げ、湖の中心からそっと顔を覗かせる。
頭部をオチュー・アイズに変更し、周囲の様子を窺った。
どうやら街の女達の姿はないみたいだ。もし見られていたら、カモフラージュに魚の一匹でも捕まえて食べる素振りを見せようかとも思っていたけれど、その必要もなさそうだ。
見つからないうちに両翼を羽ばたいて水面から脱し、空を舞う。
湖は瞬く間に小さくなり、身体から水気が失せる。
「精霊。フェンリルの居場所を教えてくれ」
二度ともフェンリルから仕掛けられた。
だから、次はこちらから仕掛けてやろう。
今更、街の人間にフェンリルの居場所を聞くのも無理だし、精霊に問うのも致し方なしだ。
「――南西の方角に住処があります」
「南西か。じゃあ、こっちだな」
南西に向けて舵を切り、フェンリルの住処を目指す。
飛行の際は地上を注意深く警戒し、街の女たちに気をつけた。下手に気づかれて投擲されては堪らない。彼女たちには悪いが、もう二度と会いたくはないものだ。
そうして飛行することしばらく、幸いにも女たちに会うことはなく――
「あれか」
フェンリルの住処を発見した。
両翼を大きく羽ばたいて勢いを殺し、上空にて滞空する。
見下ろした住処は、一つの洞窟。その周辺には餌食になった魔物のものであろう骨の残骸が散らばっていた。食い散らかされていた。
探せば新鮮な遺骨もあるだろうが、それを探そうという気にはなれない。あの中に楽園や街の住人のものがないことを祈る。
「……降りるか」
上空から見渡した限り、フェンリルの姿は見えない。
巣穴にいるか、もしくは出かけているか。どちらにせよ、上空にいてもしようがない。
全身をオチュー・アイズに変換し、ゆっくりと巣穴のまえに降り立った。
「さて、中にいるかな」
巣穴は仄暗くて奥が見えない。中にフェンリルがいるかどうか、目視ではわからない。
だから、右腕をサラマンダー・シェルに変換。手の平に魔力を込め、火炎の息吹を巣穴に向けて放出した。骨を灰にし、岩をも溶かす紅蓮の炎。それが巣穴のすべてを満たし、覆われていた闇を払う。
中にフェンリルがいるなら、これで炙り出せるはず。
果たして、その目論見は成功した。
「ウォオオオオオオオオオオオオオッ」
紅蓮の炎を斬り裂いて、銀影が巣穴から跳び出してくる。
俺の頭上を飛びこえて、華麗に着地を決めたのは、紛れもないフェンリルだった。
その姿はすでに銀の魔力を纏い、大角を額に形勢している。
「さぁ、三度目の正直だ」
両腕と両足、両翼をサンダーバード・ウィングに変換。バチバチと紫電を迸らせ、胴と頭に配列された数多の瞳でフェンリルを睨み付ける。
フェンリルに追いつけるのはサンダーバードの能力だけ。そして、フェンリルの動きを見きれるのはオチューの能力だけ。だから、この二つの形態を同時に駆使するほかにない。
能力を半々で使う関係で、形態を揃えた状態よりも精度は落ちるだろうが、しようがない。
いま出来る最善を尽くして、フェンリルに挑む。
どうにか出来るさ。精霊がそう言っていたんだから。
「グルルルルルルルルルルル」
巣穴を攻撃されたことに腹を立てているのか、フェンリルは低く唸っている。
家を焼かれたら誰だって怒るか。
「ウォオオオオオオオオオオッ」
その怒りを雄叫びに乗せて、フェンリルは地面を蹴った。
それに合わせてこちらもオチューの能力を発動する。瞬間、すべてのものがスローに映る。見開かれる瞳孔、靡く毛並み、剥き出される牙、後方へと飛び散る砂。
時間にして秒にも満たない間に、俺はいくつもの動作を目撃した。
二度、三度、地面を蹴り、ついにフェンリルの大角がこの身に迫る。
だが、こちらもそれを黙って見ていた訳じゃない。
「――」
魔力を流した四肢が放つ紫電が激しさを増し、フェンリルの動きに対応しようと駆動する。
能力を獲得した自分でさえ、サンダーバード・ウィングを制御することは速すぎて難しい。だが、このスローの世界でなら、多少は制御がしやすいものだ。
右手に握った紫紺刀が稲妻のように閃いて、突き出された大角と打ち合う。
凄まじい衝撃と、耳を覆いたくなるような音を伴い、両者の攻撃が拮抗する。
「今度は――完璧に受けきった」
更に魔力を注ぎ、紫紺刀を振り抜く。
分が悪いとみたフェンリルは、対抗しようとはせずに跳びのいた。
「なんとか、戦えそうだ」
フェンリルが攻撃を繰り出す度に、こちらは負傷してきた。
けれど、今回は違う。攻撃を受け止め、傷を負わなかった。
これは勝機だ。勝ち目はある。
紫紺刀を構え直し、警戒した様子のフェンリルを見据える。
たしかな確信を抱きつつ。