脱走するか…
ベットから出たツカサは朝ごはんを用意するためにキッチンへと向かった。リビングを通り、キッチンへとたどり着く。
キッチンはとてもシンプルな色合いで作られており、物も最小限にとどめていて清潔感があった。
そしてそこには異世界にはあるはずのない、冷蔵庫などの電化製品があった。
これは魔道士の勇者のサツキのスキル<創造魔法>によって作られたものであり、一回魔力を込めるだけで永遠に稼働する、地球人もびっくりの永久機関なのだ。
冷蔵庫を開けると肉や野菜が豊富に揃えられており、どれも新鮮である。これら全てはツカサ自身が採ってきたものであり、近くの街まで出て行くよりも楽だし、何よりお金がかからないのだ。
ツカサは顎に手をあて数秒考え、
「今日の朝食は…そうだな。ザポルと特製ウィンナー、目玉焼き、それとサラダだけでいいか。そんなに時間もないし。」
そう言いながらツカサは材料を冷蔵庫から出していく。
ザポルとはこの世界の主食であり、どんな場所ででも栽培できることからとても重宝されているのだ。日本でいうジャガイモに似ているが味は少し甘く、食感もねっとりではなくもちもちとしている。蒸して食べるのが一般的で、ツカサはこれが結構好きなのだ
またウィンナーにはボッコ豚という豚の肉が使われている。ボッコ豚は自分よりも相手が弱いか強いかを見分けるという能力を持っており、相手が確実に自分よりも弱ければ集団で襲い掛かり、強ければ物凄い速さで逃げていくというクソ豚なのである。
そのため初心者ばかりが犠牲にり、"初心者殺し(クソ豚)"と冒険者の間では言われているのだ。
しかし肉は絶品であり、一頭から少ししか取れない部位は相当な額で取引されるという。
ツカサは一人暮らしが慣れているのか、手早く料理を作り終える。
そして食べ終わると、新聞を読みながら一服する。
新聞はソルエイルで発行されているものであり、契約期間分のお金を払えば魔法で自動で送られてくるのだ。この世界ではテレビもない。何よりツカサのような辺鄙な場所に住んでいる人にとっては唯一の楽しみといっても過言ではないのだ。
「えっと、"魔物行進の兆候有り。冒険者は各々装備を整え、意気込んでいる様子。"魔物行進か。そういえば最近なかったよな。」
魔物行進とは字の通り、何万もの魔物が集団で襲いかかってくることだ。
魔物には強さに応じてランクがあり、一番上がSS級から下がF級となっている。A級を単独で討伐したとなれば相当な腕前であり、この世界に百人もいない。
最高ランクSS級は一体だけで国一つを容易く滅ぼすことができ、これまでの歴史上で未だ数体しか確認されていないのだ。
魔物行進ではDやE、高くてC級といった魔物のみが集まるため一体ずつは弱いのだが、数が何より多いので冒険者は休む暇もなく相手をしなくてはいけないのだ。しかも何故この現象が起こるのかが分からないため対策することもできない。
「確かここら辺の魔物ってオークとかゴブリンだったよな。ってことは結構面倒くさいな。」
ゴブリンやオークなどの人型の魔物にはほんの少しだけ知能が宿っており、また種類も多種多様であるため連携を取られてしまうとかなり厄介なのだ。
ツカサはそんなことを独りごちながら学校に行く準備に取り掛かった。香水やワックスなどの人工的なものの匂いは好きではないので付けない。身だしなみを整え、バックの中身をしっかりと確認し家を出た。
家を出ると目の前にはどこまでも続いていそうな原っぱが広がっているが、途中から鬱蒼と木が茂る、真っ暗な森となっている。
ツカサの家があるのは「災苦の森」という名前の森の安全地帯である。この安全地帯というのは高ランクの魔物が生息している場所にのみ存在するポイントで、魔物が一切入ってこないのだ。入るのも難しければ出るのも難しい、そんな場所に好き好んでいくバカは普通はいない。しかしいるのだここに、そのバカが。人目を避けるためだけに。
「学校開始まであと二時間。それだけあれば着くと思うけど。よし、久しぶりにあいつを呼ぶか。」
そう言うとツカサが手に嵌めている指輪が一瞬だけ光る。この指輪は少ない魔力で使い魔を召喚することが出来るものであり、これもアーティファクトなのだ。
空中から赤い光で描かれた魔法陣が浮かび上がってくる。そして徐々にその光を強め、目も開けられないほど光るとそれは一気に収束し、一つの形をとっていった。
そこに現れたのは黒色の馬。どっかの勇者が乗っていそうなペガサスなどとは違い、姿は普通の馬。だが普通とは違う点を挙げるとしたらその大きさ。身長が百七十近くあるツカサの約二倍以上の高さがあり、全身にはまるで鎧でも付けているかの様なゴツゴツとした筋肉。纏っている雰囲気は王者のそれである。
「久しぶりだなイナバ。それじゃあソルエイルまで頼むよ。」
そうツカサがイナバの顔を撫でながら言う。イナバはその言葉にピクリと反応すると、ツカサを乗せるためにしゃがみ込んだ。ツカサはその顔を再び撫でようとして顔を近づける。そしてイナバも嬉しそうにその顔を近づかせるとーー唾を吐いた。ツカサの顔に唾を吐いたのだ。ベチャという盛大な音を立てながらツカサの顔を汚すだけにとどまらず、服までもを汚した。
イナバは満足そうにヒヒーンと鳴くと、その自慢の筋肉を活かして森の中に走り去ってしまった。
ツカサは動かなかった、いや動けなかったのだ。今までどれだけ共に死闘を切り抜けて来たのか、あんなに愛情を注いだのに何故、そういえば魔王倒してから全然召喚してないじゃん、ていうか服どうしよう、そんなことを考えていた。そして結局口から出た言葉は、
「うぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
様々な感情が入り混じった悲鳴だった。
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ツカサが森の中を必死に歩き回りイナバを見つけたのは逃げてから二時間後だった。
幸いにもあの巨体であるために通った道にあった木は全て折れており、魔物の亡骸も転がっていた。それを辿っていくことで見つけることができ、イナバはストレスが発散できたのかグーグーといびきを立て寝ていた。
その姿に少しイラッとするも、ツカサは長いため息をつくとイナバを起こし、すでに確定している遅刻の言い訳をどうしようかと考えながらトボトボと歩き出した。