第1話 憧れの救命救急士
救急車のサイレンが近付いてくる。
観月亮太はストレッチャーの準備をしながら、搬送口へ視線を向けた。
セントラル病院救急外来。
今日も忙しい。
朝から救急車は途切れず、ようやく一息つけると思った矢先だった。
自動ドアが開く。
救急隊員たちが患者を搬送してくる。
「患者男性、六十五歳。自宅で胸痛を訴え救急要請」
聞き慣れた声だった。
観月は思わず顔を上げる。
中央消防署。
救命救急士。
竜崎大輝。
患者の状態を確認しながら、淀みなく情報を伝えていく。
「到着時は胸部圧迫感を訴えていました。意識清明。血圧は──」
必要な情報だけを。
聞き取りやすく。
簡潔に。
無駄なく。
観月は電子カルテを操作しながら耳を傾ける。
分かりやすい。
本当に。
救急外来では毎日のように搬送が来る。
当然、引き継ぎも人によって差がある。
慌てる人。
情報が飛ぶ人。
説明が長い人。
色々だ。
その中で竜崎の引き継ぎは群を抜いていた。
「ありがとうございました。こちらで引き継ぎます」
「お願いします」
竜崎が軽く頭を下げる。
患者に向ける視線も柔らかい。
「検査すぐ始まりますからね。大丈夫ですよ」
患者が少し安心したように頷いた。
その様子を見てから、竜崎はようやく一歩下がる。
こういうところだ。
観月が竜崎をすごいと思うのは。
仕事ができるだけじゃない。
患者にも。
家族にも。
病院スタッフにも。
自然に気を配れる。
だから信頼される。
「観月さん」
「はい」
医師に呼ばれ、観月は処置へ向かった。
忙しい。
考えている暇なんてない。
だが。
ふと視界の端に竜崎が映る。
隊員と何か話しながら笑っていた。
爽やかだ。
いや。
なんでそんなことを考えているんだ。
観月は小さく首を振る。
仕事中だ。
集中しろ。
それから数時間後。
別の搬送。
また中央消防署だった。
「お疲れさまです」
「お疲れさまです」
挨拶を交わす。
それだけ。
それだけなのに。
「観月さん、今日忙しそうですね」
「そちらもでしょう」
「まあ、そうですね」
竜崎が笑う。
その笑顔が妙に自然で。
観月は少しだけ目を逸らした。
なんだろう。
この人は。
話しやすい。
距離感が上手い。
嫌味がない。
だからきっと。
病院でも消防署でも好かれているのだろう。
「じゃあ失礼します」
「ありがとうございました」
竜崎たちは次の現場へ向かう。
忙しなく去っていく背中を見送る。
救急車のドアが閉まる。
エンジン音。
そして出動。
観月はしばらくその方向を見ていた。
「観月」
「はい?」
後ろから声を掛けられる。
振り返ると高橋がいた。
同期の救急看護師。
仕事の愚痴も。
休みの日の話も。
何でも話せる相手だ。
「どうした?」
「何がですか」
「いや」
高橋が搬送口の方を見る。
「ずっと見てたから」
観月は一瞬黙った。
「何をですか」
「中央消防署」
高橋が即答する。
「違います」
「早いな」
「違います」
「へえ」
全く信じていない顔だった。
観月は小さくため息を吐く。
高橋は少し笑った。
「竜崎さんだろ」
「違います」
「仕事できるもんな」
「それはそうです」
観月は即答した。
高橋が吹き出す。
「そこは認めるんだ」
「事実なので」
「まあな」
高橋も頷く。
セントラル病院の救急外来では有名だった。
中央消防署の竜崎大輝。
引き継ぎは正確。
判断も早い。
患者への対応も丁寧。
病院スタッフからの評判も良い。
「でも」
高橋が言う。
「観月がそんな素直に褒めるの珍しいな」
「別に」
「ふーん」
絶対面白がっている。
観月は再びため息を吐いた。
「仕事戻ります」
「はいはい」
高橋が笑う。
「竜崎さん来たら呼んでやるよ」
「呼ばなくていいです」
「そうか?」
「そうです」
高橋は声を上げて笑った。
観月はそのまま処置室へ向かう。
忙しい。
考える暇なんてない。
それなのに。
ふと頭に浮かぶのは。
患者へ向ける穏やかな声。
分かりやすい引き継ぎ。
自然な笑顔。
中央消防署の救命救急士。
竜崎大輝。
正直。
少しだけ。
――格好いいと思っていた。
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