Ⅰ17.捻くれ少女はため息をつく。
学園の授業が終わり、教室に残っている私。
そう言えばどこに向かえば良いのかしら…と考えている所で、廊下からは甲高い声が響いてくる。
鞄を持って廊下をちらっと覗いてみれば、そこにいたのは…
「よう、ティーア」
「……レオンハルトさん…!?」
なんでこう!!皆して私の所に来るのかしら!?…どう考えても目立つでしょ!私平民なのよ!?そして、レオンハルトさんは貴族!公爵!公爵子息!!そんな平然として教室にまで入ってこないで!前の椅子に座っていらっしゃる先生も、何事だ!?!?と目を見開いてるじゃない!
「…ぷっ……」
「ちょ、なんで笑うんですか!」
失礼な公爵子息様!お義姉様の言葉を鮮明に思い出してしまった私は頬が紅くなっていることを自覚してしまう。
セラフィーナさんは違うって言ってたけれど!あれでもお義姉様は色欲なのよ!?色欲を象徴してたんだから!…色欲の意味は分からないけど…、でも!お兄様は恋のことかなって言ってたもの!
…まあ、私自身は恋なんてした記憶はないのだけれど。
「悪い、ただ…リスクの言った通りだなって思って…」
こっちを見下ろしてくるレオンハルトさん。
それを見上げる私だったが、心無しかクリストファーお兄様の面影を感じてしまう。…この年の当時、私達の背丈の差が同じくらいだったからかしら。それか、表情が似ているから?…どちらにせよ、そう思ったらこの紅みもその所為かと思えるし、ちょっと落ち着ける。
これでもセラフィーナさんと同じくらいクリストファーお兄様のことが大好きだったもの。もちろん、マリアージュお義姉様のこともスーもリーくんも好きだし、メラナイトやガイスト、それに……
「……ティーア?」
「へ?!…あ、いえ……」
……うーちゃんの気持ちが分かった気がする。
やっぱり、寂しいね。皆と会えないって。…今まで頑張ってるつもりだったけれど、ふとした時に、思い出してしまうから。
これからまた王城に行くわけだけれど、…やっぱり行きたくないな。
どう足掻いても思い出してしまうでしょうから。
「…それより、行きましょう」
私は目の雫を手で拭い、そのままレオンハルトさんを通り過ぎて廊下に出る。
廊下にはレオンハルトさんの所為か人が集まっていたが、…私は気にせず何処かに向かおうとした。でも、
「はぁ、…待て、そんな顔じゃ…!」
レオンハルトさんにそう言われてしまい、足を止める。けれど、これ以上知らない人に変な印象は植え付けたくない。
そのまま心の中で謝りつつ、無視をして昇降口へと向かった。
昇降口には、セラフィーナさんとキャンディさんが待ってくれていた。
この兄妹め…!と度付きたくなるものの、その気持ちをぐっと抑えて…、……彼女の後ろから歩いてくるリスクを見つけ、更に進む足が止まってしまう。
後ろからはザワザワ音が大きくなってる、つまり絶対レオンハルトさんがこちらに来ている。
でも前にはセラフィーナさんとリスク、そして…
「ティーア!」「ティーアちゃん!!!」
どこからとも無く現れる精霊達。
精霊王と四大精霊、君達ちょっとは躊躇おうとしてくれて良いのよ?周り皆こんがらがってるわ。
…声に気がついたセラフィーナさんはこっちに向かって手を降っているし、後ろからはレオンハルトさんの声も聞こえてくる。
目の前には精霊2人が堂々と浮いているし、リスクは苦笑いだったが、彼の鞄からはアボイドちゃんが飛び出てくるし…。とか思っていると、昇降口の向こう側…セラフィーナさん達の更に向こう側からは、モーセさんやネフェルさん、あろうことかミリアムさんまで苦来るし、何故かエレミヤさんも一緒だった。
どうなってるの…と膝から崩れ落ちれば、皆が一斉にこちらを凝視してくる。深呼吸をして立ち上がれば、皆が見るからにホッと息をついた。
……影響力、怖っ………
理由が分からないからこそ、これからもっと気をつけねばならない。はぁ、と一息ついて、後ろから追ってきたレオンハルトさんと共に昇降口まで向かった。
それから、レオンハルトさんから「…悪かったな」と呟かれる。
「今度からは、来る時はちゃんと言ってくださいね」
「…行っても良いのか?」
別に来ちゃダメとは言ってないし、…ただ目立つのを避けたいってだけだから。
…そんなことを思いながら皆の所まで足を運ぶ。
レオンハルトさんの表情は見えなかったけれど、少なくとも嫌なオーラは無かった気がする。うーちゃんは若干鋭い目つきだったけれど、うーちゃんだってレオンハルトさんの良い所は知っている筈だから心配は要らないだろう。
「えっと…2人とも大丈夫?」
セラフィーナさんがそう言ってくる。
私達はそれぞれ返事をすると、セラフィーナさんは次に上に浮かぶ精霊2人を見上げる。
その後、2人に向かって「流石に歩いた方が良いのでは…」と提案した。
スピリット様は快く承知、うーちゃんは…と言えば、「仕方ないですねぇ〜」と言いながらも、しっかりと地に足をつける。…うーちゃんは、さっきまでのことが嘘みたいに晴れ晴れとした表情を浮かべていた。少しでも拭えたら良いのだけれど。
これから沢山思い出を作りましょうね、今までの分も含めて、沢山。
それから、セラフィーナさんが伝えてくれたことには…私達学園生以外の当事者は王城に既に集まっているとのこと。
どうして知っているのか聞いたら、王子が日程を伝えてくれたのだそう。流石ね、王子と知り合いだなんて。
「私やお兄様は公爵家の馬車で向かいます、えっと…モーセ達は…」
「俺達は師匠ので行く!」
ニッコリと笑みを浮かべながらそう言うモーセさんだったが、隣からは「こらモーセ!」「師匠って呼ぶんじゃねー!」という大きな声。流石に心に来たのか、ムスッとしてしまうけれど、隣にいるネフェルさんはセラフィーナさんの方を向いていた。
「私もセラフィーナ様とご一緒させてください」
「え"……!?」
真顔でそう言うネフェルさん。その言葉を聞いたモーセさんは酷く慌てたようにそう呟き、青ざめていく。信じられない、と言った調子でネフェルさんを振り返るけれど、ネフェルさんは至って真面目な面持ちだった。
「私は良いけど…?」
セラフィーナさんは不思議そうにそう呟き、その後彼女の後ろに立っているモーセさんを見つめる。
そこには、セラフィーナさんに向かって睨むように鋭い目つきを向けながら頬を膨らますモーセさんと、それを見て彼を叱るミリアムさん、そして心底うんざりしたような顔を見せるエレミヤさんがいた。
「…馬車なんて持ってるんですねっ」
私がそう聞けば、エレミヤさんは一言「親父ンだよバーカ」と言ってきた。
あぁ、そういうこと。
納得だけど、馬鹿は納得してないわよ。それに、今迂闊にそれを言ったらうーちゃんが反応するから、貴方の為にもやめた方が良いと思うわ。切実に。
「な、なんで…! 一緒に行かないの…!?」
「なんとなくよ、…それより、早く行かないと国王陛下を持たせることになるのでは?」
ネフェルさんの冷静なその一言に、私達は意識を取り戻す。
そうよね、流石に待たせるわけには行かないわ。
モーセさんはまだ納得いっていないようだったが、そんな彼をエレミヤさんが引っ張っていく。
ブツブツと「やっぱテメェ馬鹿だろ」と呟きながら。
何も言えず立っていると、ミリアムさんが「それじゃあ、失礼します…! また後で会いましょうね!」とお辞儀をして、そんな2人を追っていく。
目的は同じなのだろうが、何故ミリアムさんとエレミヤさんが…と疑問に思ってしまう。
しかし、ネフェルさんの言った通り、もう時間もない。
「私達は歩きですか?」
私がそう聞けば、見事に周りが固まる。
うーちゃんだけが「私が転移させますよ〜?」と言ってくれるのが救いだったが、昨日嫌という程、組み合わせ魔法は常識外ということを学んだのだ。
流石に使わない方が良いだろうし、何よりうーちゃんが疲れちゃうのだから申し訳無い。
「じゃあおれも歩き?」「3人で歩きますぅ〜?」
キャッキャとしている精霊2人。
面白い光景ね、…あの時は精霊王と水精霊の距離は遠かったから、なんだか新鮮。…別に仲は悪くなさそうだったけれど。
そんなことを思っていると、リスクにため息をつかれる。…さっきレオンハルトさんにつかれたばかりだというのに、心外ね。
「僕の、…カモミート家の馬車に乗りなよ」
それとも伯爵家の馬車は嫌かな?と下手に出られてしまう。何故下から目線で言ってくるのかしら、今の私より圧倒的上じゃない。
「良いのですか?」
「歩きで行かれた方が迷惑かな?」
質問をしたら、変な疑問形で返ってきた。
…別に歩きで行っても普通じゃないかしら。マリアージュお義姉様は初めの頃馬車なんて使ってなかったし、スーだって馬車は使ってなかった。なんならリーくんだって…
「…ティーアちゃん、その3人は例外じゃない?…王妃と王家直属研究員と王国騎士団長なんだから」
呆れたようにそう言ってくるうーちゃん。
「え…リーくん騎士団長になったの、!?」
「はいっ!…あ、でもアージュちゃんとスーくんは……」
「??」
「っっ…ごめんなさい、なんでもないです!」
え、マリアージュお義姉様やスーはなんだって…?聞きたいけど、うーちゃんはそれ以上何も喋ってはくれなかった。
気になりつつも、うーちゃんの黙りに打ち負け辺りを見回せば、また皆を置いてけぼりにしてしまっていたみたいだった。
「あの、リーくんって…」
セラフィーナさんがそう言ってくるが、もう昔のことなので、なんでもない、と一言述べておく。
そのまま皆に疑問を抱かれつつも、私もうーちゃんも何も応えないので、諦めてしまったようで…。
ネフェルさんに再び催促され、馬車へと向かった。
ちなみに、セラフィーナさんとレオンハルトさん、キャンディさんとネフェルさんが公爵家の馬車に、私とうーちゃん、スピリット様とリスク、それにアボイドちゃんが伯爵家の馬車に乗ることになったのだった。
ーーーーー
「あの…王子?」
付いていかなくて良いんすか?と述べるのは、高等部生徒会室にいるルイス。
彼は先程までレオンハルトと一緒に居たが、丁度入れ違うようにして王子が入ってきたのだ。流石に戸惑い、そのままそう呟いてしまう。
イグニスは、窓から下を見下ろした。
高等部の生徒が行き交う様子が見られる。和気藹々としているその様子に、イグニスは少し微笑む。
「…ああ、君達生徒会に別の用事があるので」
窓から視線を逸らし、そのままルイスを見つめた。
予想外の一言に筆を落としそうになったルイスだったが、なんとか耐え凌ぐ。そのまま「用事ですか?」と聞けば、イグニスは昨日のような“友達としての顔”ではなく、“王族としての顔”をしていた。
それからイグニスは、昨晩宰相から告げられたことを伝える。
「………え…」
「信じられないとは思う、正直、俺自身もまだ飲み込めていない」
だけど、それが本当らしいんだ、…そう言い切るイグニスは少し硬い表情。
ルイスが初めて直接会って話したのは昨日の彼。…どちらが本物なのか分からなくなってくる。
ぐるぐると色々考え始めるルイスだったが、イグニスは何も言わない。
「…分かりました、会長には私の方からも伝えておきます。まぁ、一番権力あるのはレオンハルトの方だと思いますが…」
でも会長の実力は本物なので!!!と言い直すルイス。
イグニスの目からは、ルイスの言動も目も全て本気の行動にしか見えなかった。もちろんルイス自身、信じられないとは言え、事態は中々例を見えない出来事。疑いつつも、本気で対応するしか無い。
「…予言通りですね…」
そう、ポツリと呟いたルイス。
イグニスは何のことだか分からないようで首を傾げるが、「あぁ、あのことか…」と思い立ったようだった。それもこれも、アーレスのお陰だな…と心の中で思いつつ、身を翻して窓の外を見る。すると、既に彼らは居なかった。
「じゃ、あとは任せたよ。ハルトには俺からも伝えとく」
「はい、」
お互い昨日顔を見合わせたのは3回目だとは思えないような面持ちで握手を重ねた。
1度目は入学式の舞台裏、2度目は始業式のモーセ騒ぎ、そして3度目は…
「…、……蠍、か…」
イグニスが部屋を出た後、ルイスはそっと呟く。
ルイスは彼が立っていた場所から下を見下ろした。平和そうに歩いている同級生や上級生下級生達。…巻き込むことなんて、したくないんだけどな……。
特に、母親が許さないだろう、と思いつつ、再びため息をついた。
レオンハルトは昨日のことを話してくれない。
もちろんイグニス様も話してはくれなかったし、他の皆とは学年が全く違うから会うことすら出来ないのだから、当然知り得なかった。ただし…
あんなにまだ小さい少女2人を頼りにするなんて…と。
その意味が全く分からなかったルイスは、心の底からため息をつく。…レオンハルトの強さは知っている、だからこそ、それでもダメなのかよ…と思ってしまう。
奴隷商人でそれなら、今回の王家からの依頼は?
…叶う筈無くてもやるしか無いんだよな…と心の中で完結するも、心残りは必ず残るだろう。
そんな事を考えながら、生徒会長が来るまでの間、別の資料へと手を伸ばした。
「大変だねぇ〜生徒会も♡」
「…うっせ、…勝手に入ってくんなおばさん」
「もぉ〜〜〜、フォボちゃんパンチ♡クリティカルヒットさせちゃうぞぉっ」
「………………はぁ、」
…勝手に生徒会室に入ってきた年下のぶりっ子少女に、レオンハルトですら見たことない、生徒会役員とは思えない程の口の悪さで大きな大きなため息と悪態をつきながら。




