そして馬鹿にされる。
「……お前、やっぱ馬鹿だろ……」
「うるさいわねその口塞ぐわよ?」
……レオンハルトさんの言う通りかもしれない。
だけど認めたくない私は、レオンハルトさんにそう言い放ち、そのままそっぽを向いておく。隣ではリスクが苦笑い。
前言撤回よ、レオンハルトさんは可愛くない。
いくら手加減を間違えたからってそこまでハッキリ言わなくても良いじゃない馬鹿!!
私をここまで口悪くさせるなんて並大抵のことじゃないわ。流石レオンハルトさんね、人の感情を操るのに慣れているのかもしれない。貴族ってホント嫌になっちゃう。
「なんだその顔、何か言いたいことがあるようだな」
「どうして…どうして止めてくれなかったのよ!!」
先程私はモーセさんと共にかる〜い手合わせをした。私としては陛下との一戦のようにある程度避けつつ頃合いを見計らって負けに行こう、といういかにも完璧な作戦が頭の中に存在していたので、絶対間違えるわけがないと思っていた。
所がモーセさんがあまりにも奇想天外な行動に出てきたのだ。剣の基礎すらままならない彼は、独学なのか変な所から木刀を叩き込んできたり、来ると思った時に来てくれなかったりと色々面倒なことをしてきた。
まぁそれが学園の教えなのかもしれないと思い、私はどう対処しようかと一瞬考えた。
しかし、考える間もなく決着はついた。
奇想天外な行動が多いとはいえ基礎がなっていない彼はどうにも隙が多すぎる。そこをクセで的確に突いてしまい、木刀はモーセさんの手から外れ、……そこで終了してしまった。
木刀が手から離れれば流石に文句の言いようはなく、私の勝ち。
まぁ、これだけならば【基礎がなっていない隙だらけの一般の男の子にたまたま勝った普通の女の子】で誤魔化せるだろう。……無理でした。
何故ならばその吹き飛んでいった剣を、あろうことかイグが手にしてしまったのである。ここ重要点よ、リスクとバラク副隊長はイグの前に入って彼に木刀が届かないように努力してくれたというのに、イグと来たらそれを押しのけて剣を手にしたんですもの!
流石にモーセさんよりは基礎がなっていたし、魔物に一撃入れたイグの攻撃は例え真剣でなく木刀であったとしても非常に重かった。
手加減という言葉を知らないのだろう。私がぼーっとしていては本気で怪我をしてしまう程の勢いであり、……そちらの方が面倒事はないのではと思いもした。だけど、怪我をしてしまえば剣を持たないイグが悲しむと瞬時に思ってしまった私はそれ以上何も考えられず彼の木刀を……自分の木刀で折ってしまった。モーセさん相手ではなくイグ相手だったので魔法は使えたから。とはいえバレないように光は抑えておいたけど。
それでこの有様よ。まぁ、……これはレオンハルトさんの言い分も分からなくはない。だとしても、慰めてくれたって良いじゃない。
ザワザワとしている周りにバレないようひっそりとため息をつく。
「……大袈裟ですよ、モーセさんとイグにまぐれで勝ったくらいでそんな…」
「普通の女の子が1歳年上の中でも上位を争うような実力を持つ男の子にまぐれでも勝てたなら噂になっちゃうと思うよ流石に……」
リスクは申し訳なさそうにそう言い放つ。
……うぅ…確かにそうかもしれないけれど!だとしても、これ以上私の噂に変な尾ひれをつけるのはやめてほしいものね。私自身今自分にどんな噂がついているのかは知らないのだけれど。
「……レオンハルトさん、貴方が勝ったことに歴史改竄できないかしら?」
「記憶を操れと?悪いがソレイユでは禁断魔法と定められている、無理だな諦めろ」
「法律程度に屈するだなんて…公爵子息様も落ちぶれたものね、規則は破る為にあるのよ!」
「お前はどれだけ不良行為をするつもりだ!」
「平穏な生活を望んでいると最初に陛下にも言いましたぁーそれを保証することを理由にプラーミアに通ってますぅー!」
「餓鬼が…」
「どっちがよどっちが!不良で餓鬼なのは!」
私達が小声で言い争っていると、リスクは仲裁するように「まぁまぁまぁまぁ」と入ってきてくれる。
「ティーア、レオンハルト様も落ち着いてください!噂なんてどうせすぐ消え…」
「消えるわけがないでしょうが!」
「……もう火をつけちゃいましたからね、火のないところに煙は立たないとセラフィーナ様おっしゃってましたからね」
そうよ!だから禁断魔法に手を染めろって言いたいの。
それに1000年前は禁断魔法にはなってなかった筈よ、改竄魔法。私の記憶もまた改竄されているのだとしたら少し怖いけれど、……でも、改竄できるものは限られていた筈。
何年も前のことは難しく、数時間前だとかの記憶を改竄できるだけ。思い出だとか歴史だとかを改竄できるのは……改竄魔法を究めた人とかくらいですもの。お兄様でさえ改竄できるのは数日が限界だったわけだし、できる人なんてそうそういない。だから私の記憶は合ってると思うし、改竄魔法は普通の魔法。
今の勝敗のみを改竄するくらいなら私も…と手を伸ばすが、レオンハルトさんが私の手を掴んでくるので魔力が溜まらない。
「諦めろ。あとお前に禁断魔法に手を染めさせるわけにはいかない、フィーナが悲しむだろ」
「改竄魔法は別に大したことじゃ……貴方だって練習すれば数時間のことならできるわよきっと!」
「やりたいとは思わないがな、」
「思いなさい、いつか使わざるを得ない日が来るかもしれないじゃない」
「その時はその時だ、諦めろ」
「ぐぬぬぬぬ…!!」
この時代で改竄魔法は禁断魔法です、と言われてしまえばそれでおしまいである。悔しいけれど、そう簡単には発動させてもらえないっぽい。
「……凄いな、ティーア」
「イグ…やめて頂戴、大したことはしてないわ」
そう、私は別に大したことはしてない。
あくまでもまぐれ、まぐれで勝ったからと再度言い聞かせるが、モーセさんもイグも私が奇々怪々な技を多く使える凄い人、という認識が…。魔術の陣のことを何故モーセさんが知っているのかは知らないけれど。
困ったわね…この調子で行くとここを選択せざるを得なくなりそう。
「もういいわ、私魔法学専攻見てくるからまたね」
「……厄介なことにフィーナを巻き込むなよ、」
「うるさい!そんなことくらい分かってるわよ!」
むしろ巻き込まれてるのはこっちですぅーと思いながら、魔法学の建物の方へと向かう私。
とはいえ、周知の事実ではあるのだが……私でいえば、魔法学は正直一番厄介なのだ。体育学なら運動神経良いね〜君、まぐれで2人から一本取れたんだね〜で終わる話だけれど、魔法学はそうもいかない。
この精錬された素晴らしい魔法がバレてしまったなら、非常に面倒になることこの上ないだろう。
とは言え、セラフィーナさんやネフェルさん、それにミリアムさんがいるそうなのであまり心配はしていないのだけれども……
「ティーアちゃん!?!! 来てくれたの?めっちゃ嬉しい!!!」
いや、駄目だ…。
どうして皆、そんなにも大声で私の名前を呼ぼうとするのよ!もう!!
「お久しぶりです、ティーア様」
「久しぶり、ネフェルさん。セラフィーナさんも、」
放課中駆け寄ってくれる2人。…うん、うれしいけれど!すごくうれしいけれど!!!
「選択授業だよね!全部回った?」
「ええ、ここが最後よ、さい…」
「是非うちの選択授業に!歓迎するよ!!!!!」
……物凄い勧誘をされてしまうが、私は心に決めているのだ。
魔法学は嫌な予感しかしないし、なるべくなら家庭学がいい。…でも、家庭学に行ったら行ったで、座学以外は難しいんじゃないと言われてしまう気がする。…とは言え、それ以外道はない。
「ごめんなさい、溢れる才能を隠したいから」
「おっつなんか今日物凄いナルシストじゃない???」
褒められてるのか貶されているのかは分からないけれど、仕方ないものは仕方ないじゃない。
ここにいたら魔法を使わざるを得ないでしょうし。
私が平穏を望んでいることを知っているセラフィーナさんはグッと自分を抑え込むように固まる。
ネフェルさんは、「確かにそうですね…」と肯定した。
いや、肯定されるとそれはそれで恥ずかしくなってくるからやらなくて良いのよ??
少し話してミリアムさんとも話した後、そのまま家庭学の方へと戻っていく。引き留めないでくれる辺り、騎士学専攻の男達より遥かに優しく清らかで人の気持ちを考えられる子達ね。
まあ、だからといって魔法学専攻にはしないけれど。
こればかりはどうしようもない、魔法学専攻にした時点である程度の魔法の有識者が集まるわけでして、彼らが集まって私のことを調べられたらたまったものじゃない。
ここは潔く家庭学を学び一般人代表として返り咲くのも悪くはなさそうよね。
送り出してくれたエヴリン様を見つけた私はそのまま口を開く。
「私、やっぱり家庭学を選択します」
「え、えぇ…そう?別にそれは良いけど…大丈夫そう?」
何も心配は要らない選択第一位なのよ?大丈夫に決まってるじゃない。
「カリスタ様のぉお茶会にもぉ平然としてたしぃ大丈夫なんじゃないですかぁ〜?」
そして、エヴリン様の隣にいた少女が話し始める。
この人は…この前とお化粧や髪型が変わってるから分かりにくかったけれど、確かお花に水やりをしていた人…よね?
「あ、そっか。カリスタが撃退された奴…」
エヴリン様、撃退って言い方やめてくださいませ???
…それに、追い払ってくれたのは他でもないネフェルさんなのよ。私は何もしてないことくらい、この少女だって分かってる筈なのに…
「ふぁ〜!申し遅れましたぁ!」
それから、私の視線に気がついたかのように少女が口を開く。
「私ぃ〜フォボスっていーますぅ♡よろしくねぇ〜レオンハルト・エンシャンツ公爵子息第二王位継承者様のぉお友達のぉ〜…どなたでしたっけぇ〜?」
「ティーアと申します、フォボス様」
普通とは言い難い程かなりの癖がある喋り方ではあるものの、手を差し出せばしっかりと、そして優しく握り返してくださる。
「相変わらずだね、フォボス…」
呆れたような笑みを向けるエヴリン様。
フォボス様は少し目を細め、そのままニッコリと微笑んだ。…少しだけ悲しそうだったのは気の所為だろうか。
「それでぇホントはレオンハルト様とどういう関係なんですかぁ〜?」
「普通に友達ですけど…、あえていうなら、友達の兄とも言えるかなぁって思います…?」
フォボス様はその言葉を聞いて更に興味津々。
エヴリン様は苦笑いだったが、フォボス様は変わらず私に笑いかけていた。
「そう思っててもぉ〜周りがどう思うか分からないのでぇ〜気をつけてくださいねぇ」
「…ええ、そうですね。案外身近に潜んでるかもしれませんから」
私が彼女に聞こえるくらい小さな声でそう言えば、フォボス様は少し目を細め、「あっはは」と笑い声を上げた。
「確かにぃ!ショウガクセーとは思えないですぅ〜」
「……私そんなに小さくありません、中等部生ですよ?」
馬鹿にされてるのかしら!……まあ、小さく見られているのは私からしたら良いことではあるのだけれど、それでも気分は良いものじゃないわ。
「ふぁ〜そうでしたねぇ〜間違えちゃいましたっ♡」
そんな中身も何もない会話をしながら、エヴリン様をチラリと見る。…フォボス様も気になるけれど、エヴリン様だって例外ではない。
まあ、それでも今は…
「では改めて、お茶会専攻エヴリン・プライス様。園芸専攻フォボス…」
「フォボス・マーズだよぉ♡」
「園芸専攻フォボス・マーズ様。これからよろしくお願いいたします」
……普通でいたいと願ってしまうから。
痛い程よくわかるよ、普通でいたい、普通に扱って欲しい。…立場を理解していても、責務を全うしようと誓っても、…それでも、一人の人として見てほしいという気持ちは。
「うん!よろしく、ティーア!」
「よろしくお願いしますぅ〜♡」
だから、私は普通でいる。…普通でいるから、君達は負けないで。もしもの時は、私が戦ってあげるから。ゆっくり、健やかに育ってほしい。……遠い遠い祖先の願いってことで、ね?
ーーーーー
数分前、ティーアが去った後すぐ。
フォボス・マーズは、ティーアを見送ったエヴリン・プライスの所まで向かった。
「さっきの子ぉ〜エヴリンのぉお知り合いぃ?」
「うんん!…でも、なんだか放っておけなくって」
ティーアが歩いていった方を見ながらフォボスの言葉に応えるエヴリン。フォボスは優雅に微笑みかける。
「それにほら、例の噂もあるでしょ?髪色が似てるから、変に狙われたら…」
「あぁ〜第二王位継承者様のぉ…本人でもぉ〜?」
フォボスのその言葉に、エヴリンは喉を詰まらせる。
勢いで言ってしまったフォボスは後からマズい…と後悔する。しかし、言った言葉は取り消せず。エヴリンは微笑みながら「そっか!」と言い放った。
「うん、本人だからこそよ!…巻き込まれて欲しくはないの、」
「まあ〜首を突っ込んでるのも本人だと思いますけどねぇ〜」
ゆったりと紅茶に手を伸ばすフォボス。
エヴリンが淹れた紅茶はフルーティで飲みやすい。小学生の為にわざわざ仕入れたのだろうと思えば温かい気持ちになれた。
「フォボス、それ飲み残り…、新しいの淹れるわよ?」
「ん〜これで十分かなぁ〜私ぃ紅茶あんま好きじゃなくてぇ〜」
それでも、残っていた紅茶を全て飲み干すフォボス。
「あーそうなの?ごめん気づかなくて…」
「いーんだよぉ家族以外には初めて言ったしぃ〜」
空のコップを眺め、次に銀食器に目をやる。
そして反射した自身の顔から口紅が取れていないことを確認し、一言。
「うん!今日も可愛い♡」
「相変わらずだねぇフォボス…」
呆れたようにフォボスを見つめるエヴリン。
「エヴリンもぉ見るぅ?意外と鏡と同じくらい映るよぉ?」
「あー、私は良いや。荒れちゃうから」
「……そっかぁごめんねぇ〜」
「良いって良いって気にしない気にしない!」
それから、数時間後。
フォボスは2回目ましてでティーアへ自己紹介をするのを、この時の彼女達はまだ知らない。




