番外編 捻くれ少女は仲良くなる。
まあ、考えればわかることだった。
それでも本当にそうなるとは思っていなかったし、面倒なことこの上ない。こうなったら魔法で蹴散らしてしまおうかしら、と思っていると、後ろから聞いたことのある声が聞こえてきた。
「ごきげんよう。私もご一緒してもよろしいかしら?」
振り返るとそこにいたのは、…セラフィーナさんと同じ組である、ネフェル・タリティ男爵令嬢。
何故こんなことになったのか…事の発端は数分前に遡る。
ー
いつものように寮から登校した私は、そのまま教室の椅子に座って静かに読書をしている所だった。
そんな時、彼女達が真っ向から挑んできたのである。
その努力と度胸は認めるが、なんにせよ面倒なことになったことに代わりはない。私に安心安全で平和で穏便な学園生活を保障すると言った?国王陛下の信頼がまた一つ下がってしまわれた模様。お可哀想だこと。
「ごきげんよう?貴女がティーアさんね?」
見るからに上級生。私の為に遥々中等部か高等部かからやってきたということだろうか。取り巻きも連れて?…なんてお暇な方。
レオンハルトさんやリスクなら私のことを知っているからと言い訳できるけれど、今回ばかりはどうしょうもない。なんたって全くもって知らない人だ。
「はい、そうですが何か?」
ここで立ち話はなんですので、ゆっくりお茶でもいかが?一度話したいと思っていましたの、…と言ってお茶会に誘ってくるどこかのご令嬢。
正直言って面倒だけれど、…これは行くしかないだろう。
小学部の下級生をお茶会に誘う考えは全く理解できないのだけれど、他の方とは違って基本的な作法は知っているから問題はない。一言で返事をすれば、何故かうふふ、と笑われて案内される。
普通に高等部の庭園のお茶会広場に案内された。
この前ミリアムさんからお誘いを受けてきたから懐かしいわね。そんなことを思っていると、椅子に座ってくれて良いのよ?と言ってくれた。
私は遠慮なく座れば、その子達も座る。
「ごめんなさいね、こんな所に呼び出して」
「いえ、とんでもございませんわ。お招きいただき感謝いたします」
ニッコリと微笑んでみせると、何とも言えない顔をされてしまう。何か悪かったかしら。
お粗末なことはしてないと思うのだけれど。今世でも社交界の作法は粗方変わっていなかったし、別に何もしてないわよね。
「早速なのですけれど、…貴女、レオンハルト様とどういう関係ですの?」
「…………どういう関係、とは?」
……やだ、なにそれ。どういう関係って何よ、どういう関係って。
「レオンハルト様との関係、ですわ!言葉の意味を知らないのかしら?」
あ〜あ〜、これはティーア様怒っちゃうぞ?
「……別に、普通のお友達ですわ」
とはいえ普通にお友達なので何とも言えない。
「レオンハルト様に女のお友達ですって…?」
若干血管が見えているので、相当怒っているのだろう。
この前のこと…と、あの日のことが一瞬頭をよぎるが、あのことを知っているのは恐らくセラフィーナさんとリスクとアボイドちゃん、あとスピリット様くらいだから当然彼女らが知っている筈はないのである。
「ええ、…他にも大勢いる中のただの一人ですわ」
「…………貴女本気で言っておりますの…?」
え、本気なんだけど…
あ、もしかしてあっちは友達だと思ってないとか?だとしたら結構驚きというかそれ以上に悲しいというか…。え、友達よね?普通に。だって毎年会ってるじゃない。…でも言うて1年に1、2度だから…もしかしてただの顔見知りか…妹の友達程度にしか思われていない…!? うぅ、これは盲点だったわ。…友達として見てくれていないとは思っていなかった。
今度友達あぴーるしないとじゃない!
「貴女、レオンハルト様に何を吹き込みましたの…!!」
「いや、別に何も…最近はちょこっと避けてるだけで、それ以外は特に…」
「避けてる!?どういう神経をしていらっしゃいますの?!」
…あんなことあったから私の方が避ける気になっちゃってるのは仕方ないじゃない。
「…何があったのですか…」
私がそう聞けば、3人のご令嬢は黙り込む。
すると、お花に水やりをしていた生徒が急に立ち上がって、私達の方を向くことなく口を開いた。
「レオンハルト様のぉ元気がぁ最近なくてぇ〜♡」
…ほぉ、…で?
「お友達がそれを聞いたらぁ〜小学部の生徒さんがぁ~関係してるとのことでぇ〜」
「………」
「だから呼んだんですよねぇ〜カリスタ・ロドリゲス様っ♡」
振り向きウインクをしてそう言い放つ、高等部か中等部の生徒。
正直どちらともとれる背丈をしているので、どちらかは分からないが、少なくとも胸飾りからして私よりは年上だろう。身長も私よりは高い。
…というか、レオンハルトさんが元気なくて、それが小学部の生徒に関係してるって…。まあ私だろうけども。彼が無闇に小学部の生徒と会っているのを見たこと無いし。
「あとぉ〜レオンハルト様はぁ〜お友達♡がいないじゃないですかぁ〜女のぉ〜♡」
「それは可哀想じゃない…?」
「ほんとぉのことじゃないですかぁ〜♡」
私は否定しておくも、カリスタと呼ばれた生徒は頷いているので、本当にいないらしい。お可哀想に。
私はリスクやレオンハルトさんがいるのに。
…というか、それならレオンハルトさんにもいるじゃない、私という完璧超人であるお友達。失礼な方ね。
「私はお友達よ」
「では、恋仲ではないのね?!」
薄っすらと笑みを浮かべてくるカリスタ様。
先程とは打って変わって少し小馬鹿にされているかのような感覚なのは気の所為だろうか。
「当たり前じゃない、誰があんな…」
あんな、…しすたーこんぷれっくすお兄ちゃんを…と言おうとするも、寸前の所で躊躇う。
もとは私だってお兄様が大好きすぎて、お兄様もマリアージュお義姉様と出会うまでは恋のこの字もないほどだった。それが今はどうした。子孫を残し繁栄させているではないか。ならばレオンハルトさんにも、セラフィーナさん以上に恋として好きになる瞬間が来るのではないか?だとすればその相手は…セラフィーナさんが認める人でないと。でもセラフィーナさんなら大概の女の子を許可してしまいそうだし、私が見極める必要があるわね。いずれにせよ、妹想いなのは彼の良い所だ。それでいて変な噂も全くないし、むしろ優しいだの紳士的だのと私が知っている彼とは少し違う物しかない。だとしたら私に対するあの態度はなんなのだろう。やはり初めセラフィーナさんを危険にさらした所為か。でもセラフィーナさんの性格上そういう事はあるだろうし、それに耐えられる人でないと。あと、レオンハルトさんのその人格…特に俺って言ってる時の態度とかも知ってて受け入れる人じゃないと駄目よね。あとはやはりせめてもの対策として自分の身を守ってもらう為にも魔法は必須だし、ある程度の教養もなければならない。公爵子息の相手となるからには、最低限の作法を身に着けているご令嬢が良いし、第二王位継承者らしい彼にはその見極めも出来るようにしてもらわないと。あとは…
「愛ですねぇ〜♡」
「はいぃぃ???」
愛って……私が?私からレオンハルトさんへの?
……家族愛ならなくはないけれど。遠い遠い子孫っぽいもの。
「……まさか貴女、レオンハルトさんの事が好きなの!?」
そういえば、婚約者様っているのかしら。
だから、このカリスタ・ロドリゲスって人はレオンハルトさんの婚約者!? も〜レオンハルトさんもセラフィーナさんも、なんで言ってくれないのよ!
「…ええそうよ!婚約者なの、だから近づかないでくれる?」
「…………」
…そんな事言われても…と思いながら手を止めてしまう。
率直な話をしてくれたのはいいことだが、それはあまりにも…。……私が平民だから、彼の格を下げかねないという理由がある可能性も否めないが、それにしてもズバッと言われてしまったことは少し驚いてしまった。
「…それは…」
「あら?婚約者である私の言うことが聞けないの?それとも、格式のある私の言うことが聞けないのかしら?」
セラフィーナさんに報告すべきかしら。いや、もう婚約者として知っている可能性も…だとしたら彼らの前では猫を被ったいい子ちゃんなのか…?と色々思考し始めてしまう。
それに嫌気が差したのか、カリスタ様は立ち上がって私の方に歩いてきた。隣の2人はクスクスと笑っている。
お花に水をやっていた少女は何も言わず真顔でこっちを見ていた。
「ねぇ、…貴女ごときがレオンハルト様と話して許されると思っていて?嫌だわ、レオンハルト様の格を落とさないでちょうだい?」
嫌なのはこっちです。…面倒なことになったわね…。
まあ、考えればわかることだった。
それでも本当に婚約者様がいて、まさか近づくなと釘を差されるとは思っていなかったし、面倒なことこの上ない。こうなったら威嚇の意味を込めて魔法で蹴散らしてしまおうかしら、少しくらいなら良いわよね、高等部生だし、…とかなんとか思っていると、後ろから聞いたことのある声が聞こえてきた。
「ごきげんよう。私もご一緒してもよろしいかしら?」
振り返るとそこにいたのは、…セラフィーナさんと同じ組である、ネフェル・タリティ男爵令嬢。
何故こんな高等部の庭園にネフェルさんが…と思い思わず振り向いてしまう。
「…どなた?」
「私、タリティ男爵家が一人娘、ネフェル・タリティと申します。以後お見知りおきを、カリスタ・ロドリゲス様」
にっこりとカリスタ様に近づき、そのまま握手を求めるネフェルさん。カリスタ様も、「ええごきげんよう」と言いながら手を握り返した。
「…そういえば、貴女も最近レオンハルト様と仲が良いようですわね?」
「ええ、…生徒会役員であるレオンハルト様にはお世話になっております」
へぇ、そうなの。それは知らなかったわ。
仲が良さそうで思わず微笑んでしまう。…そうよ、やはりお友達というのは素晴らしいわ。レオンハルトさんにお友達がいないなんてとんだ嘘じゃないの。
「貴女も近づかないでくださる?」
「…あらまあ、…それでも構いませんよ?」
ネフェルさんは大袈裟に驚いたような声を上げ、その後目を光らせてそれでも良いと言い放った。口角が上がり、目を細め、…なんとも不気味な笑みだ。
「本当でしたら、…ですけれど」
それから更ににっこりと笑うネフェルさん。
そんな彼女に、カリスタ様は「どういう意味かしら?」と顔を引き攣らせながら言い放つ。若干口角がピクピクしているし、手足もプルプル震えている気がした。
取り巻きの2人も同じような表情をしており、…逆に水やり少女は、ネフェルさん同様少しだけ微笑んでいた。
「本当だったらってどういうこと?ネフェルさん」
「…ティーア様は知らないのですね。そういう所も素敵です」
なんか…褒められちゃった?少し笑みが外れキョトンとした状態のネフェルさんに対し疑問に思っていると、ネフェルさんはそのままカリスタ様の方へ向かって歩き始め、近くまで行き顔を見上げた。
「…レオンハルト様に婚約者様等おりませんから。…お友達ですらない貴女に干渉の余地はない、」
おぉ…
「お友達であるティーア様を陥れ、レオンハルト様の格を下げているのは貴女の方なのでは?」
…これはまさに、セラフィーナさんが言っていた悪役令嬢という奴なのでは…?正直よくわからなすぎてどっちがどっちなのかは全く分からないけれども。
「…彼が話さないのも頷ける、話をしてもらえない理由は目に見えていますわ! 面と向かって話すらしてもらえないような方が、陥れる為だけにティーア様に近づかないでくださるかしら?」
苦虫を噛み潰したような顔をするカリスタ様。
流石にもう良いのでは…と思うも、ネフェルさんは止まらない。
「レオンハルト様はそんなことするお方じゃありませんから、到底釣り合わない。…それに、そのような行動…格式のあるロドリゲス伯爵家の方とは思えませんね」
にっこりとそう言い放てば、決まりが悪くなったのか3人は「用事を思い出したので失礼致しますわ!」と言い放ちそのまま去っていってしまう。
中々凄い物が見れたので、面白かったと言えば面白かった。
ふぅーっと一息つくネフェルさんに向かって口を開く。
「ネフェルさん、ありがとう」
「!…いえ。偶々通りかかったらティーア様がいたので、…ご迷惑ではありませんでしたか?」
「いいえ、頼もしかったわ!…ありがとう」
あれだけ庇うということは、ネフェルさんもしかしてレオンハルトさんのことが好きなのかしら。
まあ、ネフェルさんなら…セラフィーナさんとも仲が良いし私も悪くないとは思うし、リスクとも面識あるし、何よりレオンハルトさんと仲は悪くなさそうだし、格式だってあるだろうから、悪くないと思ってしまう。
この子なら応援できるわ。
「…そうだ、ティーア様。はじめてのあの日、勝手について行ってすみませんでした」
でも、そんな笑みを浮かべる私とは裏腹に…ネフェルさんは真剣な面持ちで頭を下げてきた。
……初めてのあの日、最初は失敗だとか何故手を伸ばしたのだとかで少し戸惑ってしまったのもあるけれど、あれも領民を思ってのこと。そう思えば、正しい選択だったかは置いておいて、勇気のある立派な人間としての選択をしていたのだ。むしろ褒めるべき事案だろう。
「…そうね、確かにあの時は少し驚いちゃった」
……無力だと思っていても、何もできない役立たずだとしても、…それでも大切な人の為に手を伸ばしたいと思ってしまう気持ちはよく分かる。
どんなに自分を卑下しようとも、その気持ちは変えられないだろう。
「…でも、その行動力は誇るべきことだわ」
私はネフェルさんの手を握る。
…顔を上げて前を向いてくれるネフェルさん。その目には、一筋の涙が伝った。
「逃げるよりも手を伸ばした。考えるよりも行動した。」
…伝説の勇者は、こう言ったそうだ。
「…挑み続けなさい、そうすれば…」
「必ず道は切り拓ける。そして、それまでは…」
ネフェルさんは続きを言い、そのまま更に続きを言おうとする。でも、寸前の所で留まった。…きっと、今の彼女がそれを言うことは難しいのだろう。その気持ちは痛い程よく分かる。嘗ての自分も、同じようにそう思っていたから。
…ならば、私が。
あの時お兄様や皆に救ってもらった私が。…今度こそ。
「それまでは、私が守ってあげるから」
だから、いっぱいいっぱい挑戦してほしい。
その度に私が助けるから。今回の貴女の行動は、きっとあの時の反省も生かしているのだろう。…少しずつ、着実に成長している。大丈夫、きっと貴女なら。
「誰だって最初は役に立たないものよ。…救われて、守られて、…それでも逃げずに立ち向かう勇気を持つことが、一歩を踏み出すきっかけとなる」
きっとネフェルさんにはもうきっかけはある。
そして救われ、守られ、…それでも逃げずに手を伸ばした。…比べられても、比べてしまっても、それでも尚挑戦する心の強さを持っている。だから…
「……貴女はもう、行動出来る人間よ」
「っっ〜〜〜」
それから、涙が溢れてしまったネフェルさんを宥めていると、ミリアムさんが走ってきてくれる。
いつの間にかお水やりの少女はいなくなっていた。
その後ミリアムさんから聞かされた情報によれば、どの道筋で報告が入ったのかは分からないけれど今回のことがレオンハルトさんに伝わったことで“小学部の生徒を無闇に脅した”としてカリスタ様には反省文の提出が下されたらしい。
まあ、…ネフェルさんと仲良くなれたのは嬉しかったから良いかな。
ーーー
生徒会室で、ルイス・アベニューは大きくため息をつく。
その部屋の中には他にルイスが知る少女一人しかいないので、相当羽目を外している模様。
「…面倒なことに巻き込まれましたね、おばさん。レオンハルト関連なんて今超バチバチしてる真っ只中じゃないですか…」
「もぉ〜ルイスたん?おばさんって言ったらぁ〜殴っちゃうぞ♡」
ティーアの近くで花に水やりをしていた少女はその態度によりルイスにため息をつかれるも、なんてことないようにそう言い切りウインクをする。
その後鏡を持ちながらリップを塗り始める少女を見て、ルイスは更にため息をつくのだった。




