ロゼッタの一番弟子
一ヵ月後、私は正式にシラヌイ君の師匠になった。
「よー。ロゼッタ、シラヌイ。元気か。ランはお使いか?」
キョロキョロとランさんがいない事を確認しながら師匠が珍しく店の方に顔を出した。
「はい、師匠。お昼休憩も兼ねて、ランさん、お得意様周りに行かれました。今日はもう戻って来ません。ルークさんもシラヌイ君もいますからね。二人で午後は店を回して貰います」
「そうかそうか、子分が増えて良かったな。じゃ、ランの機嫌がいい時にこの本を返しておいてくれ。それか、お前、なんかこれを綺麗にする道具か魔法を作り出していいぞ。師匠から弟子に宿題だな」
師匠はうんうん、と頷きながら、ワインでシミだらけになった難しそうな本を私に渡した。
「うわあ、師匠、ランさんの本のある所でお酒は飲んじゃダメ!って言われているのに…。私がランさんに謝ってもどうせ師匠がやったってバレますよ?」
「いいか、ロゼッタ。どうせ怒られるんだ。それならお前も一緒に怒られろ。いいか、人間ってのはな、ずっと怒り続けるのは疲れるんだよ。怒りってのは疲れるんだ。怒り続けるとどうでもよくなってくる。だからお前が一緒に怒られると、必然的にランからの私への怒りも減るわけだ」
「ん?私は怒られ損ですね?でも、確かに。本の染み抜き剤、いいですね。聞いた事ないです。図書館や学校に売れそうですね…」
「ああ、何事も挑戦だな。流石、私だな。ロゼッタ、頑張れよ」
シラヌイ君が興味深そうに本を覗き込んで来たので私はそのままシラヌイ君に本を渡した。
「あと、子分じゃないですよ。シラヌイ君は私の一番弟子ですからね」
「ああ、まあ、そうだな」
師匠はそう言うと、カウンターからのど飴やシロップをごそごそと取り出してはポシェットに入れて行った。
「ロゼッタ、シラヌイを頑張って魔法使いにしてやれ」
「それは勿論!任せて下さい!」と返事をすると、「ま、ロゼッタだから、なんとかなるな」と言って笑われた。
シラヌイ君が私の弟子に正式になったのは、雪の魔法使い様の負担を減らす為だ。少し前に、師匠からいつものように急に呼び出され「おい、ロゼッタ。お前、シラヌイを弟子にするか」と突然言われた。
「え?臨時預かりじゃなくて?」
と、驚いた顔のままで師匠を見ている私に師匠は煙草を吸いながら続けた。
「雪のヤツ、やっぱり調子が悪くてな。魔力回復が上手く出来てねえ。お前のおかげで死にはしねえだろう。魔法使いは続けられるだろうがな、シラヌイの世話が出来るかって言うとなア。まあ、無理だろうな。でな、お前は雪のヤツを救った。間違いねえな?」
師匠の突然にはなれているけれど、「弟子を取るか?」は「魔女になるか?」と言われた時と同じくらい、驚いた。
「え?ええ。薬は私が作りましたけれど、救ったのはクリスさんで」
「よし、お前が作った薬で救った。じゃあ、お前がシラヌイの面倒を見るのは道理だな」
「へ?いや、クリスさんがあの、王宮を半分破壊して、救い出したんですよね?」
「あの薬が無かったら雪のヤツは死んでたな。おい、大魔女がウダウダいうな。もし薬が無かったらクリスは亡きがらを運んだだけになってたさ。でな、魔法使い、魔女の命をお前は救った。じゃあ、最後まで命の責任を取ってやらないとな。残された弟子、そいつはもう、お前のもんなんだよ」
「えええ」
師匠は調子の良い事や、怪しい事は言うけれど、嘘は絶対言わない。だから師匠がそう言い切るのならば、私はもう、シラヌイ君の面倒を見なければいけないのだろう。
「え。私に出来ますか?それにシラヌイ君や雪の魔法使い様はいいんですか?」
「ああ、ロゼッタ以外全員一致でお前が師匠になる事を望んでいる」
「おお、私が知らない所で話は進んでいた」
「ああ、世界はそうやって回るもんだ。でな、お前に先に言っても、お前グダグダ言いそうだろ?だから、先に周りの意見を私が聞いてやったんだ。流石、私だな」
「ん?正しいのか?それは?なんだかおかしい気が?うん?外堀を埋められているだけでは?私は大魔女なはずなのにおかしいぞ?」
「ロゼッタ、良いか、難しい事は考えるな。感じろ。シラヌイは嫌いじゃないな?雪の奴の事も心配だな?魔力の相性も問題ないな?よし、お前、自分がここに来た時の事を思い出せよ。お前は薬師の基礎は出来ていても、私はお前を育てるのに苦労した。この大魔女で優秀な師匠の私であっても弟子を一から育てるって言うのは大変だ。だが、お前にはランもいたろ?」
「ま、まあ、確かに?学園で基礎は出来ていたはずでしたけど、ここに来たばかりの時は失敗ばかりしてました。師匠からはたん瘤を。ランさんからは助言を沢山頂きました」
「な?そうだろ?シラヌイは基礎は出来ているからな。お前も最初から何も知らない奴を育てるんじゃないだろ?ラクチンだ。これから新たに弟子を取るにしても、シラヌイに面倒を押し付けられるぞ。」
「おお!師匠!なんだかいい事尽くしな感じが!」
「それにな。今、お前が弟子取るとな、シラヌイもレイとも一緒に訓練も出来る。シラヌイにとってもレイにとってもいい」
「ふむふむ!分かりました!私やります!」
…と言う事で、私はシラヌイ君の師匠になったのだ。
優秀な弟子であるシラヌイ君の師匠になるのにはそんなに難しい事では無かった。雪の魔法使い様との絆を切って貰い、そして新たに私との絆を紡ぐ。見届け人にはクリスさんと師匠に頼んで、私はなんだかあっという間に立派な見習い魔法使いを持つ大魔女になってしまったのだ。
そんな事を思い出してると、カウンターの中を漁り終わった師匠が私に手紙を投げてきた。
「薬師棟のジジイが、お前宛に手紙だ」
「薬師長様から私に?直接私に魔鳩や、薬師棟には魔蝶コインを渡しているのに」
私が首をかしげて手紙を受け取っていると、師匠が高そうな煙草入れを出してニヤニヤした。
「いいだろ、コレ。ジジイから貰った。ロゼッタ。ジジイから私が探していた煙草入れを貰ったからな。なんだか、色々ロゼッタにお願いしたいって言ってたから、「ああ、いいぞ」って返事を先にしてやったんだよ」
「師匠!ランさんだけではなく師匠もそうやってすぐになんでも、いいぞ!っていうの止めてください!私、これでも忙しいんですよ!!」
私がぷりぷり怒っても師匠は嬉しそうに煙草入れを眺めて何も聞いていなかった。手紙を開いてみると、『私にお願いごとをしたいので、今日の午後伺います』と書いてあった。
「は?師匠、薬師長が午後に来るって書いてあるんですけど?今、午後一時半ですよ?」
「ああ、なんだか、ロゼッタとちゃんと話さないととか、自分から伺いたいとかなんだか言ってたから、面倒だから、あとで、こいって言っておいたぞ。もう来るだろうな」
と言って、「じゃあな、しっかり話を聞いてやれ」と言って師匠は工房に入ってしまった。
「は?」
とポカンとしているととチリンとベルがなり、薬師長が丁度入って来た。




