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第四話

 加奈子さんが目を覚ますと、身体が妙に重くてだるいことに気がつきました。

 手も足も、首も、自分のものでなくなってしまったかのようです。動かすことができません。

――加奈子、ええ加減に起きなさい。学校遅れるえ。

 一階のリビングでお母さんが声を張り上げているのが聞こえます。

 起きてるけど、何でか知らんけど身体が動かへんねん。

 加奈子さんは返事をしようとしましたが、声が出せません。

 んっんっ、とくぐもった音がするだけです。

 風邪でも引いたかな。今日は菊池くんと宵山行く日やのに嫌やな。そんなことを考えました。


 どかどかどかと足音も高く階段を上がってきたお母さんが、勢いよく部屋の扉を開けました。

 入るときはノックぐらいしてえや、という加奈子さんは思いました。

 けれども、その思いはやはり声になりません。

 代わりに加奈子さんの耳に入ったのは、お母さんの叫び声でした。

 ご近所じゅうに聞こえそうな、気の狂ったような声でした。こんな声を加奈子さんは初めて聞きました。

 先ほど以上の大きな音を立ててお母さんが階段を駆け下りていきます。

 それはまるで何か恐ろしいものから逃げようとしているかのようでした。


 いったい、何がどないなってるんやろか。加奈子さんの不安はどんどん膨らんでいきます。

 とにかく、どうにかして起き上がらないと、菊池くんに会いに行けません。

 自分の身体が何だか少し大きくなった気がします。

 右へ左へ一生懸命に身体を揺さぶります。

 するすると、毛布が、次いで掛布団が落ちたとき、加奈子さんは声にならない悲鳴を上げました。

 その身体からは手も足も消え失せて、白くのっぺりとした芋虫のような胴体があるだけなのです。

 あまりのショックに、加奈子さんはベッドから転げ落ちてしまいました。

 んっんっ。全身に鈍い痛みが走ります。んっんっ、んっんっ。


 これは夢や。とてつもない悪夢の真っただ中に私は居てるんや。

 身体をもぞもぞとうごめかせ、フローリングの上を転げまわります。

 昨夜は加奈子さんの浴衣姿を映した姿見には。

 今は、真っ白くて、落花生のような形をした、大きな繭が映っていました。


 私、何も悪いことしてへんのに、何でこんなことになってるん?

 加奈子さんは泣きたくなりましたが、もはや涙も流れません。

 目が、いいえ顔全体が、ふわふわとした綿毛に埋もれて、どこにあるのかわからないのです。

 いまの加奈子さんの見た目は、あれそのものでした。

 これではまるであれに呪われているかのようです。

 けれども、あれの呪いは。

 願い転じて降りかかる。二つに切らないと。はさみで。願い叶えば。


 願い叶えば?

 加奈子さんは自分の願い事を思い出そうとしました。

 菊池くんと。両想いに。なれますように。

 んっんっ。んっんっ。喜びに胸が震えます。

 やっぱり。あれのおまじないは。効くんやわ。

 え。ところで。あれって。何やっけ。


 だって。今はもう。んっんっ。んっんっ。


 ぱきぱき、ぱきぱきと、元はお腹であったところに割れ目が入ります。


 ほら。そこから出てくるのは。


 んっんっんっんっんっんっんっんっ。


 常世様。お発ちです―――。





(平成30年12月21日脱稿)

(平成30年12月21日冬童話2019投稿)

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