25(終)
一週間後。
俺たちはコンビニ前にたむろっていた。
「あちーなー」
と俺はついに三本目のアイスに手をつけた。
夏真っ盛りだった。美良野は五個目のモナ王を購入して店から出てきた。
「草村はアイス食べないのか?」
美良野がきいた。
「ふっ」
と草村は厳重にブックカバーされたピーターラビットの絵本から顔を上げて、
「市販の氷菓やモナ王は卒業したのさ。僕はあのとき、あの瞬間から、優陽のアイスの虜だからね」
パックのミルクティーを飲んでいた優陽が、何も言わず俺たちの輪から外れた。
「ああっ、優陽のアイスが食べたいなあ!」
「やめとけ……! そろそろあいつも怒るぞ……!」
暴走する草村を俺が制したとき、美良野がぽつりと言った。
「でもほんとに、何もかもが普通になったよな」
「……ああ」
俺は言った。
そう、草村があんなに欲している優陽の氷ももうないし、美良野もただの美良野だ。
そして何より、うんこが出るようになった。
もちろん、爆発なんてしない普通のうんこだ。
「しかしまさか、お前がうんこになるとはな」
草村が言った。
俺は「ははっ」と笑っておいた。
もう俺もすっかり普通だ。うんこになったことはハッキリと覚えているのに、その全てを逸脱する感覚が思い出せない。なんだか、小学生の頃はもっと自由だったのに、今同じようにできないのと似ている。戻りたいようで、実際に戻ろうとは思わないところも同じだ。今は今で楽しいからな。
あと、俺は最近オカルト系のサイトを見たりしていて、あのときの神少年の発言を信じるとすれば、心霊やオカルトな事象は全てなくなっているはずなのだが、さっぱりその兆候は見られない。
元々ガセネタばかりで成り立っているジャンルだからか。きっと、マジな心霊やオカルトはちゃんと消滅しているのだと思う。
「もう、あんなことってないんだろうな」
俺は言った。
眺める遠くの空には、ポケモン星の銀色の母船が微かに見える。
今、首相官邸で、族長になったガブリエルと総理がドゴランも交えた会談をしていて、それを最後に、彼らは宇宙に帰るのだ。
すっかり政府との繋がりができて、俺たちなんかは蚊帳の外だが、それが元々あるべき自然な形だ。
「あれのお陰で知り合えたやつもいた。なんだかんだで、悪くなかったよな」
……まぁ、結果丸く収まったからこそ言える言葉なんだが。
「そういえば、カルマと連絡とれないな」
と美良野が言った。
「最後別れる前に、やっぱり親の言うとおり医者を目指す、って言ってたけどね」
草村が言った。
研究者の道は諦めたってことか。
まぁ、神にまで遭遇した今、一体なにを研究するんだって感じだしな……。
あいつもひょっとしたら、物足りない日々を送っているのだろうか。
「うんこしてくる」
と草村が大声で言ったので、「でもそれが、大人になるってことなのかもな……」という俺のつぶやきが台無しになった。
「ん……」
そのとき、なにかが頭の中でひっかかった。
「カルマ……。そういえば、カルマと……」
「どうした長浜?」
急に考え込んだ俺に、美良野が言った。
……いや、これは、もう終わったことだし、どうでもいいことだ。
しかし俺は思い出そうとした。なぜか、思い出さなければいけない気がした。
あのとき……、
そう、ロボット美良野の中で、
俺はカルマと話していた。
外ではうんこが爆発していて、
カルマは言ったんだ。
――そもそもこうなった原因を……考えてるんだが……。
こうなった、原因。
うんこが爆発するようになった、原因……。
そして、あのとき、
俺は、閃きかかったんだ。
「――――!」
バッ! とコンビニの方を振り向いた。
そうだ……全てが解決したようで、疑問が一つだけ残っていた。
なぜ、地球だけだったのか。
うんこの概念は宇宙人にもあった。なのになぜ、うんこ爆発は地球でしか起きなかったのか。
さらにいえば……優陽や美良野に発現した異常能力……、俺が見ているオカルトサイト郡では早くも伝説のように語られて盛り上がっているのだが、…………他の能力者の情報がまるでない。
うんこ爆発による既成概念の崩壊が能力を生み出したという話だった。素養のある者に限られるとのことだったが、だとしても、世界中でうんこは爆発していたんだ、一人や二人、いや、百人ぐらい出てきたって全く変じゃない。
なのに実際は違う。
異常能力を発現したのは、俺の周辺人物だけなのだ。
これこそオカルトだと思い忘却していたことが、たった今の疑問とつながった。
そして、あのときの閃きが蘇った。
「草村だ」
思えば、あいつのうんこから全ては始まった。
世界同時多発のうちの一つだと思っていたが、もしあれが、世界最初のうんこ爆発だったとしたら。
その爆発が、側にいた優陽や美良野の既成概念を壊し、異常能力を発現させ、地球全体のうんこに影響を与えたのだとしたら……。
導き出される答えはひとつ。
すべての原因は、そう、
――キモすぎる草村の異次元うんこが、うんこ概念に爆発というインスピレーションを与えた――。
あのときと今の状況が俺の中で重なった。
コンビニのトイレの方を向いて、ぐっと身構えた。
「おいお前ら、どうせ僕のいない間に悪口でも言ってたんだろ」
草村は普通に店から出てきた。
「すまん、話題にすらしてなかったわ」
と美良野が言った。
「長浜、すごい汗」
優陽が俺の顔を覗き込んだ。
「……」
ものすごい杞憂だった。
額をぬぐって、俺は言った。
「ははっ、聞いてくれるか。俺が今考えてた、くだらない妄想を」
ドッ、
バオオオオオオオオオオオオオン!!!!!
コンビニ角……すなわちトイレの位置が、茶色い爆炎により激しく吹き飛んだ。
俺たちは唖然とした。
ドォオオオオン!!
ドブヮアアアアン!!
周囲の家々や建物でも同様の爆発が続いた。
「あ……」
優陽が指をさした先、遠くの空に浮いていた銀色の母船があちこちからうんこ爆炎を噴出させてグラリと傾き、そして一瞬で真っ黒になってはボロボロと風に流されていった。
「既視感あるわぁ」
と美良野が言った。
そのとき、携帯に着信が入った。
カルマだった。
「一分だッ! 今度のうんこ爆弾は一分で爆発するッ! その代わり威力が上がっている! こいつはヤベェぞ! 今どこだ! すぐに合流する! うおおおおおおお!!!」
どこか嬉しそうな彼に居場所を伝えて、通話を切った。
「な、なんでだあっ!」
と声がしたかと思うと、目の前に神少年がパッと出現した。
「なぜまたうんこが爆発を? ボクの仕事は完璧だったのに!」
瞬間、その足元で下水道管がきたなく爆発して、俺たちは遥か彼方に豆粒のように小さくなっていく神少年を見た。
「草村」
俺は言った。
草村は「どうした」と言いながらも目は泳ぎまくっていた。
「ど、どう見ても何か心当たりがあるだろ。言え、言っちまえ」
俺が詰め寄ると、彼は、
「あ、ああ、そうだな、一月前のあのときも、今も、……その……立って……だ……」
「え、なんだって?」
俺は、きき直した。
草村は言った。
「うんこを、立ってしたんだ」
…………。
うんこを、たってした。
なにを言っているんだ、こいつは。
そもそも出るのか、それで。
「ごめん」
と言い残して、優陽が場を離れた。優しい美良野が、「バファリン要るか?」と声をかけていた。
草村は弁解した。
「いや、僕は自分のキモさを上げるためにしただけなんだよ。間違っても、うんこを爆発させるつもりなんてなくてだな」
そんな『男を上げるため』みたいな文脈で言ってしまうようなキモさが、まさにうんこを爆発させたんじゃないのか。
「……なるほど、そういうことだったか」
と、突然、雄々しく野蛮な声が響いた。
それは、今も茶色い噴煙を噴き出すコンビニトイレから姿を現した……というより、茶色い噴煙が凝縮して人の形になった。
ワイルドすぎる容貌の、うんこ概念がそこにいた。
「俺自身、この爆発の着想をどこから得たのか不思議だったが……なるほど確かにうんこを立ってするなんて破壊者の発想だ。まぁ、なんにせよこうして復活できたわけだが……」
彼と俺の目があった。
俺は自然にまた、うんこになっていた。
互いに、ゆっくりと拳を構えた。
「おっと、今度はオレもやるぜ」
と突然影がさして、ギャラクティカなんとかになった美良野が背後に立っていた。
「強くなりたい」
隣に優陽が進み出て言った。
「私も、うんこになりたい」
マジでそうなったら、俺が色々と責任をとるしかない。
「僕もやるよ。自分の尻は自分で拭かなきゃね」
と草村は言って、その上手くもなんともない発言に何度も思い出し笑いしたためにボロボロの詠唱で、腐れ肉のようになった大悪魔を召喚した。
「間に合ったッ!」
道路の向こうからボンバーチームを乗せたプリウスが現れ、勢いそのままにボンネット上からカルマが跳躍――、
「俺たちも参戦するぜ! くらえええええッ!!」
うんこを投げ放った。
店前に立つうんこ概念はそれを軽々と避け、うんこは自動ドアから店内へ。
そして、
ドゥッ、ボアオォォォオオオオオオオオオンンンン!!!!!!
コンビニ――――いや、いまさらそんな他人行儀な呼び方はよそう。
ローソンは、大爆発を起こした。
「いくぞォッ!」
「オオオオオオッ!」
それをゴングにして、俺たちの戦いは始まった。
長らくのご愛顧、ありがとうございました。




