マリアンヌの思い出①
マリアンヌの療養地での生活などの番外編です。
私には5つ違いの兄がいます。
私の一番古い記憶や思い出の中に常に存在していて、そこにあって当然のもの…そう、例えば水や空気のように、彼は私が生きている小さな世界の一部でした。
両親や家人によると私が生まれたばかりのころは、まるで姫を守る騎士のようだったと言っています。
私がよちよち歩きをはじめると転んでケガをしないように、歩き回る範囲を片付け危険なものを取り除く…その姿は有能な執事のようだったとか。
すっかり歩けるようになると兄は私の手を取り、屋敷内をエスコートしたそうです。
金髪碧眼で母に似た綺麗な顔立ちの兄は、まるで絵本の中の王子様!
兄が大好きだった私は、いつでも一緒に居たがったそうです。
そんな兄が少し変わったのは王立学校へ通うようになってから。
当然だけれど勉学で忙しくなり、交友関係も広がったことで私に構ってくれる時間は減りました。
暫くすると兄は「アーノルド」という人を「トモダチ」だと、家に連れてくるようになったのです。
正直言って私はそのことが気に入りませんでした。
幼く屋敷だけが生活の場の私には「トモダチ」が何のことなのか分かりませんでしたし、何においても私が一番だった兄が私と遊ぶ時間を減らして彼と遊ぶようになったのだから。
加えて遊び方も変わり、投げた球を棒で打ったり木登りや馬に乗ったりと、私にはまだ難しいことを2人でするようにもなりました。
ある日アーノルドが遊びに来きましたが、タイミング悪く兄は父に呼ばれ出掛けてしまっていました。
あいさつをして帰ろうとしていたらしい彼を引きとめたのは私だったとか。
その日の私は風邪気味で微熱があって朝から機嫌が悪く、おまけに母も兄も外出していたので寂しかったのでしょう。
侍女や執事、料理人や庭師…あらゆる家人に当時大好きだった絵本を「読んで!」と縋り、同じ絵本を繰り返し読ませ困らせたようです。
皆2~3回は快く読んでくれましたが、さすがに5回以上となるとそれぞれ仕事があるため付き合いきれません。
そこに現れたのがアーノルドだったのです。
体調の悪さと機嫌の悪さ、日ごろの鬱憤も加えてアーノルドに「読んで!読んで!」と迫りました。
彼は笑顔でそんな私をソファーに乗せるとその横に腰掛け、慣れないだろう絵本の朗読を始めたのです。
アーノルドの読み聞かせは上手くはありませんでしたが、彼は私のわがままに文句ひとつ言わず付き合ってくれました。
少なくとも同じ本を10回は読まされたでしょう。
体調が悪かった私はぐずり疲れて、懸命に慣れない絵本を読むアーノルドに寄りかかりながら眠ってしまったようです。
そんな私を横抱きにして、私の部屋に運ぶ彼を見かけた執事は大そう慌てたということでした。
その日からアーノルドのことが兄と同じくらい好きになり、大好きな二人の後を追う様になりました。
私の体に異変が起こったのは二人をいつものように追いかけ、探し出しているときでした。
急に胸が痛くなり一瞬、息が出来なくなったのです。
目の前の景色がグルグルと旋回し、ろうそくを吹き消した時のように私の世界は一瞬で暗転しました。
目が覚めると自分のベッドで寝ていました。
1週間ほどかかりましたが何とかベッドから起きられるようにはなりました。
しかし、以前と同じような生活は送れなくなっていたのです。
幼い子どもにとって今までしていたことが禁止され、出来なくなってしまうということは理解しがたいことです。
悲しくつらい日々が始まりました。
外で遊ぶことは禁止され私に病気がうつると命取りになるからと、接触は家の者だけに限られました。
体に良いからと不味い苦い薬湯を日に3回飲みました。
1年ほど屋敷で療養していたが経過は芳しくなく、顔色は冴えず随分と痩せてしまいました。
見かねた母は気候が穏やかで水や空気の良い地で穏やかに過ごそうと、別荘での療養を勧め母と共にそちらに移りました。
その後、私はその療養地の別荘で10年ほどを過ごすことになったのです。
王都を離れて1年は父や兄、それにアーノルドと会えないことが寂しく辛く感じました。。
しかし父や兄は忙しい中、できうる限り時間を作っては尋ねて来てくれていました。
祖父母に至っては3年間で、それまで携わっていた仕事をまとめ上げて引き継ぎ、領地経営を父に任せ代替わりをして別荘地へと隠居してきたのです。
祖父母が転居してきた代わりに母が王都に戻り、父を支え家を取り仕切りました。
そんな温かい家庭と金銭的にも恵まれた環境のおかげで、本当にゆっくりでしたが回復し16歳には王都に戻って生活することが出来るようになりました、。