マリアンヌの思い出②
②と口調を統一するために①を変更しました。
別荘の近くには一足先に隠居した、祖母の古くからの友人が住んでいました。
その方はバーバラ・ヨハンセン夫人と言って、刺す刺繍が本当に素晴らしく、娘に刺繍の指南をして欲しいと王都の名のある貴族から声がかかるほど。
しかし当のヨハンセン夫人は「第一線を退いて気ままに過ごしているのだから嫌よ。」ときっぱり断っていたのです。
古くから交流のある祖父母が越してきたことをとても喜んだヨハンセン夫人と祖母は、頻繁に行き来をしていました。
なんでもお二人は若かりし頃、当時の社交会で『薔薇』だ『百合』だと賞されていたのだとか。
私はどちらが『薔薇』で、どちらが『百合』なのかは言及しないことにします。
ヨハンセン夫人にも私と同じくらいの年の孫が8人いるとのこと。
ご自分も3人のお子さんに恵まれたのだが全て男子。
その息子さんもそれぞれ結婚して子どもを成したのだが、生まれてくる子はやはり男子ばかり。
結果、男子ばかり8人の孫のお祖母ちゃんなのです。
本当はご自分の孫に刺繍を教えてあげたかったのでしょうけれど、残念ながらそれは叶わなかったようです。
その代わり「アリアの孫は私の孫でもあるのよ!」といって可愛がってくれました。
ある日、いつものように祖母に連れられて行ったヨハンセン家の応接間で、見事な刺繍を施したベールを見せてもらいました。
「バーバラ、どれも素敵な刺繍ね。特にそれ!それは本当に見事だわ。」
「さすが良い目を持っているわね、アリア。これは私がジョージとの結婚式の時に身に付けたウエディングベール…そして私の最高傑作かしら。」
数ある見事な刺繍の中にあってもそれは本当に美しく素晴らしくて、7歳の子どもの心さえも魅了したのです。
「わぁ…」と言ったきり言葉を失った私にバーバラさまは言いました。
「マリー刺繍はね、ひと針ひと針に思いを込められるのよ。技術だけ秀でていてもだめなの。だからこのベールだけに『特別』を感じたでしょう?このベールにはその当時私が抱いていた結婚というものに対しての想い…喜び・不安・期待そして未知の世界へ飛び込む勇気が込められているのよ。」
確かにバーバラ様の刺繍には商品としての刺繍にはないものを感じます。
何気なく黒い布に黒い糸で施された刺繍のベールを手に取ったとき、私の胸は熱くなり目からハラハラと涙が散りました。
「あらまぁマリー。」
バーバラ様は少し悲しそうな顔をして、黒いベールを私の手からそっと取り上げました。
後にバーバラ様はあのベールはご主人のジョージ様が亡くなった後に刺したものだと教えてくださいました。




