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唯一無二〜他には何もいらない〜  作者: 中村日南
3章 歓びの里 [鳥の妻恋]編
123/132

3-16 初めてのチュウ♪君とチュウ

お待たせしましたm(__)m

なんとか夕方に更新間に合いました。

よろしくお願いします。

 ――間違った。



 その時とっさに、フェイバリットはそう思った。


 呆然とする黒猫が凝視するのはフェイバリットの唇だ。痛いほど突き刺さるその視線から隠すように、ついつい自分の唇に手が伸びる。


「あ、あの…」

「今…………た」


 ぽつり、とその口から聞き取れないほど小さな呟きがこぼれ落ちる。目が覚めてからのことが一気に巻き戻り、頭の中でゆっくりと流れだした。



 昨晩、フェイバリットが寝ついたのは、だいぶ遅い時間だった。なのに今朝はいつもより早く目が覚めたのは、まだ昨夜の興奮が体に残っていたのかもしれない。


 夜更かしした理由は一つ。人生初となる、友達との深夜のおしゃべり――そのせいだ。おかげで眠気など、どこかに吹っ飛んでしまった。


 さらにフェイバリット自身、眠ってしまわないよう相当粘ったせいでもある。それほどまでに楽しい時間が終わってしまうのが惜しかった。


 黒猫はそんなフェイバリットに、異国の歌を子守り唄代わりに歌ってくれると言い出した。子守り唄の一つでも歌えば、眠くて目をショボショボさせたフェイバリットなど、あっという間に眠ってしまうだろうと思ったのかもしれない。


 ところが実際の結果は真逆もいいところ。

 歌のご褒美にすっかり興奮してしまい、フェイバリットは眠るどころではなかったのだ。


 鼻息荒く、もう一度歌って欲しいと、あの後何度黒猫にせがんだことだろう。数え切れないほど、黒猫にねだった覚えがある。


(それにもう一つ)


 いつもならとうに眠っている時間に、こっそり夜更かしをする。しかも誰かと一緒に。思い出すと、今も胸がドキドキしてくる。


 “夜”という時間には、そもそも人を(たかぶ)らせる何かがあるのかもしれない。なんとなくフェイバリットはそう思う。


 改めて室内にゆっくりと視線をめぐらせる。窓から射し込む、白々とした朝の光。


 寝室には、明けて間もない弱々しい朝日がたちこめていた。部屋の中を覆う夜の薄墨色はだいぶん薄くなり、ぐるりと見渡せば白い壁がはっきりと目で捉えられるほど。


 もう少ししたら陽射しが急激に力を取り戻し、全てが本来の色を取り戻すだろう。が、それももう少し先のこと。もうひと眠りするくらいの時間はありそうだ。


 窓の外を眺めながら、さてどうしようとフェイバリットは首をかしげる。すっかり目は覚めてしまったが、目を瞑ってじっとしていれば、眠気は再び訪れてくれるだろうか。


 そんなことを考えながら、何気なく敷布に視線を戻した時。その表情が一点を見つめて、ピタリと固まった。


 枕元に、()()()()()()()()がそこにある。

 

 黒い影はじっと動かない。恐る恐るというふうに目を凝らすと。


 黒くて長いものは――黒猫だった。

 腹を天井に向け、ノビノビと手足を伸ばし、気持ちよさそうに眠りこけている。


 普段はそれほど存在感を感じさせないすらりとした体も、こんなふうにくつろいで体をめいっぱい伸ばすと存外大きい――いや長いと言った方がいいだろう。


 フェイバリットの目がわずかに瞠る。朝にはもう黒猫の姿を見ることはないと思っていたからだ。


 安心しきっているのか、はたまた疲れているのか、起きる気配はまるでない。腹を晒して正体なく寝入る姿は無防備そのもの。


 そんな姿を見ると、なんとも言えない愛おしさがフェイバリットの胸に湧きあがる。


 物音を立てて起こしたりしないよう細心の注意を払って、フェイバリットはその小さな顔をのぞき込む。すぴぃ、すぴぃという穏やかな寝息が、規則正しく繰り返される。


 その寝顔をまじまじと見下ろすことしばし、()()を思いついたのは、丸い鼻が目に留まった時だった。


 ――たまには自分からやってみるのもいいんじゃないか。


 黒猫はいつもフェイバリットの鼻に自分の鼻をチョンと押し当てる。それが不思議で、「なぜいつもそうするのか」と聞いてみたことがあった。


 その問いに黒猫は笑って「君が元気になるようにってオマジナイや」と言った。その時から“鼻チョン”は、二人にとって毎日欠かすことのない儀式になった。


 時間は特に決まっていない。一日のどこかで一度だけ、互いの鼻先を合わせる。それは今も当たり前のように続いていた。


 どこからともなく現れた黒猫が、去り際に「またね」とでも言うように。自分の鼻でフェイバリットのそれにチョンと触れていく。


 不思議なことに、少しひんやりとした鼻がチョンと触れると、ほわりとフェイバリットの胸が温かくなる。


 きっと触れ合うところから、黒猫の元気がフェイバリットに注がれているに違いない。その証拠に、心が満たされて本当に元気になるような気がするのだ。


 だから、たまには自分が黒猫に元気の素を分け与えたい――ちゃんと出来るかは、わからないけれど。


 可愛らしい鼻を見ているうちに、ムクムクとそんな考えが頭をもたげたのは少しの悪戯心、そしてごく自然な成り行きと言えた。


 必ず黒猫からするという決まりがあるわけでもない。うん、なんの問題もないはず。


 それに、いつも余裕たっぷりな黒猫の慌てふためくさまを見られるかもしれないと思うと、ワクワクと心躍るようだ。


 なんと素晴らしいことを自分は思いついたのだろうと、フェイバリットは心の中でひそかに己を称賛する。


 そうと決まれば早かった。すぐに行動に移す。

 (さと)い黒猫のことだから、ドタンバタンとやれば、あっという間に目を覚ましてしまうだろう。


 今回だけはなんとしても自分からこの愛らしい鼻先に自分の鼻をチョンと押し当てるのだ。


 半ば使命感に燃えるフェイバリットは、音を立てずに慎重にさらににじり寄る。黒猫の上に覆い被さることにも成功した。ここまでは順調だ。


 両腕を黒猫の脇につき、ゆっくりと身を屈めた。間違っても黒猫の上に倒れ込んだりしないよう、隅々まで神経を尖らせる。


 体を支えて二の腕はぷるぷると震えたが、集中しているせいか、今のフェイバリットにはそれすら気にならない。


 すぐ目の前まで顔を寄せ、いざ鼻と鼻とを合わせようという段になって、はたと気づいた。


(えっと、ここからどうしようか)


 少し斜め上を向いた黒猫の鼻の角度が悪い。どの進入角度から近づけばよいのかがわからない。


 一度体勢を立て直した方がいいだろうか。いやいやそれでは黒猫が起きてしまう。


 悲しいかな。圧倒的に経験が足りなかった。フェイバリットは、自身の未熟さを思い知る。


 いい加減、腕にも疲れが出てきた。このままでは早々に限界がやってくるのは目に見えている。


 ここまで順調だったのに、急に暗雲がたちこめる。この時を振り返ると、返す返すもここで撤退すべきだったと思う――だが。


 あとほんの少し距離を詰めるだけ。そうあと少しなのだ。このままみすみす諦めてしまうのは口惜しい。


 目の前にぶら下がる好機(エサ)から手を引くことが、この時のフェイバリットには出来なかった。


 ついにフェイバリットは意を決する。ずっとこうしていても埒が明かない。ただ鼻をまっすぐ突き出すだけ――難しいことなど何もないのだから。


 (まっすぐ)心でそう唱えて、顔を突き出した。むにゅっと唇に何かが触れた。触れたのはほんの一瞬だった。


 ―――ちゅっ。


 生々しい音が静かな部屋にやけに大きく響く。


(間違った――やってしまった)


 その瞬間、フェイバリットはそう思った。


 言い訳ではないが、鼻と鼻はちゃんと当たったのだ。ただ鼻だけでなく、()()()()()()()()()()()()触れてしまっただけ――。


 気づいていませんように。祈るような気持ちでちらりと眼下に目を落とすと、そこにはポカンと口を開いた黒猫の顔があった。


 そのまん丸な目から、痛いほど彼の驚きが伝わってくる。どう言い繕っても、誤魔化せなさそうだ。


「あ…。お・おはよ……」


 さて、どう説明しよう。考えをめぐらせながら、口を突いて出たのは、なんとも間抜けな言葉だった。


 ビシリと固まったまま、黒猫は身じろぎ一つしない。表情の乏しい獣の顔からは、気持ちを読み取ることは出来なかった。


 怒っただろうか。

 さすがにフェイバリットが不安になるくらいの無言が続いた頃――獣の口から小さな呟きが洩れた。

 

 そうまさに今、ここである。


「ん?」

「口と…口がついた…」

「!!」 


 それを聞いた途端、一気にフェイバリットの頬が熱くなる。きっと薄闇の中でもわかるほど、真っ赤になっているだろう。


 それを見て、信じられないとばかりに、淡緑色をした両の瞳が限界まで見開かれていく。


「お」

「? …お?」

「おまえ―――っ、今、俺に口づけた?!」

読んでいただき、ありがとうございます。

次回更新も頑張りますので、どうぞよろしくお願いします。

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