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唯一無二〜他には何もいらない〜  作者: 中村日南
3章 歓びの里 [鳥の妻恋]編
122/132

3-15 深夜のおしゃべり会 (後)

日付が変わってしまいましたm(__)m

起きている方がいらっしゃったら…(汗)

「はああ?! そんなこと言いよったんか?! あいつぅ…っ」


 ぶわりと背中の毛が逆立った。

 見開かれた瞳が爛々と光って見えるのは、何も月夜のせいばかりではない。

  

「ヨッシャ、ちょっと俺が懲らしめに――」


 立ち上がった黒猫の後ろ脚を、フェイバリットがはっしと捕まえる。

 

 そうしなければ怒り狂った黒猫が相手を求めて、今にも部屋を飛び出しかねない勢いだったからだ。


「あ、待って! 違うの。っていうか間違ってはないんだけど、これにはまだ続きがあって――」



「ヤダね!」


 あまりにもきっぱりとした拒絶に、その場にいる者が皆、息を呑んだ。

 

「ちょっ、ちょっとソジ…そんなキッパリと…女の子に恥をかかすもんじゃ、ないわよ…?!」


 こちらを気遣ってか、コムジが声をひそめる。それを聞いた途端、カーッと頬に血が上るのがわかった。

 

 怒りではない。面と向かって、しかも大勢の前で拒絶されたことが、ひたすら恥ずかしかった。

 

()()()なんて僕には向いてない。兄さんも姉さんも知ってるはず――だよね? 僕にとって大切なのは自分の命。いざと言う時は必ず、自分を優先する。こんな僕に誰かの面倒を任せられると思う?」


 どう?と少年が可愛く首をかしげる。

 静かに兄たちを見渡すと、少年は最後にフェイバリットへとピタリと視線を定めた。


「しかも、一人でなんにも出来ない赤子のお世話なんてとんでもない。僕の手には負えない」

「なっ…! 彼女は赤子じゃ――」

「べそべそ泣くだけなら赤子と変わらないよね」


 コムジの言葉にかぶせて、ばっさり切り捨てる。熱のない冷えた声だった。


 痛烈な嫌み。さすがに鈍い自分でもそれくらいはわかる。


 みるみる目の奥が潤みだすのを感じて、慌ててフェイバリットはシパシパと目を(またた)かせた。


 今にも泣きそうなのがバレたのだろう。ソジの目に浮かぶ苛々とした色が、さらに一段と濃くなるのがわかった。


「――同じ赤子でもまだ獣のがマシだよ。あいつらは少なくとも狩られない為にすぐに自分の足で立つし、逃げるなり隠れるなり、生きる算段を立てるだけの本能があるもの」


 少年の言葉はそのどれもが耳に痛い話ばかりだ。けれど言っていることになんら間違いはない。

 

 自分の至らなさをまざと突きつけられ、いよいよ身の置きどころがなくなる。情けない話だが、耳を塞ぎそうになるのをこらえるのが、フェイバリットに出来る精一杯のことだった。


 そうと知らない少年は、追撃の手をゆるめるどころか、さらに追いつめにかかる。ずいと一歩踏み出すと、可愛らしい顔がフェイバリットの俯いた顔を下から覗き込む。


()()、やっぱり泣いたんだよね? なんで泣いたのかは知らないけど、少しはどうにかしようと努力したの? 泣くほどヤだったら自分の口でそう言えばいいのに。その口は飾りなの?」

「――もうそこらへんにしとけ、ソジ」


 やんわりと割り込んだのはチャンジだ。


「僕は嘘は言ってない」

「おまえが嘘をつけねえ性格だってことも、思ったことがそのまんま口に出ちまうところも俺らは知ってる。それでもこれはやり過ぎだろうよ」

「言わぬが花ってヤツ? は――愚かだね。言われなくなったらそれはもう見放されてるってことだよ。チャン兄」


 ソジの冷え切った声に心臓がキリキリと痛くなる。たまらず、ぎゅっとフェイバリットは固く目を瞑った。



 ―――“泣き虫”。



 ぽつりと声がした。

 それはかつて嫌と言うほど聞いた小憎らしい声だ。


 人のことを“泣き虫”呼ばわりして、いつもいつも揶揄(からか)ってきた。数えきれないほどたくさん意地悪もされた。泣かされたことは一度や二度ではない。


 男の子が振り返ると、赤みの強い茶色のピンピンにはねた髪が風に揺れる。鼻の周りと両頬に雀班(そばかす)をいっぱい散らせた男の子は、自分を見つけるとそれは嬉しそうに、顔いっぱいに笑みを浮かべるのだ。


 子雀(ポホ)。ちなみにこれは彼の本名ではない。

 

 男の子の名前がなんなのか、結局最後まで知らずじまいだった。その雀班(そばかす)に引っかけて、フェイバリットが勝手に心の中で彼をそう呼んでいた。


 なぜ今、あのいじめっ子を思い出すのだろう…?


(おまえ、口がねえの? 文句があんならちゃんと言えよ。めそめそするだけなら()めてやんねえぞ)


 そうだ…。


 ポホはいつだって自分にそう言っていた――だからだ。


 何か言われてもされても、フェイバリットは黙り込むだけ。声を出す時は泣く時ぐらい。


 だからか「ツバメはよく(さえず)るのに、こっちの岩燕(おまえ)は全然鳴きもしない」とよく揶揄(やゆ)されたものだ。


 あの頃のフェイバリットは、(かたく)なに何も言わないようにしていたわけではない。そして言っても無駄と全てを諦めていたわけでもない。


 気がつくともう何も言えなくなっていた。誰も彼もフェイバリットをいないように扱うから。しまいには声の出し方を忘れてしまうほどに。


(ランドがいなけりゃあ、話も出来ねえのかよ)

(あいつだっていつまでもお前のお守りをしてるわけにはいかねーんだぞ)

(なんとか言えよ、言えったら) 


 子供じみたイタズラはもちろんのこと、不細工だの、愚図だのと稚拙な悪口を延々と吐いたり、ポホはそれこそ執拗にフェイバリットに絡んだ。


 反応のない自分が癇に障るのだろう。いやもしかしたら彼も意地になっていたのかもしれない。でなければあれほど絡む理由がわからない。


 けれどたった一度だけ、いつもと違った時があった。


 ―――俺とも話をしろよ。


 その日のことはよく覚えている。


 それはいつものようにフェイバリットが居残りをしていた時のことだ。その日はいつもつき合ってくれるランドがいなくてたまたま一人だった。


 鍛錬が終わるとポホは真っ先にいなくなる。その彼がなぜか一人で滝津瀬に戻ってきた時は、顔には出さずとも本当に驚いた。


 しかも、いつもなら暇さえあれば憎まれ口を叩く子供が、その時ばかりはなぜか「よう」と声をかけてきたのだ。


 その後のポホは、フェイバリットに絡むわけでもなく、すぐそばの岸辺に腰を下ろし、ただじっと見ているだけ。


 フェイバリットが鍛錬する傍らで、他愛ない話を時々たどたどしく話しかけていた気がする。だが最後まで自分がそれに応えることはなかった。どう返せばいいのかわからなかったからだ。


 今考えると、あの気短(きみじか)な少年が長い間、無視とも取れるぞんざいな扱いを受けて、怒るでもなく最後までよく辛抱強く耐えたものだと思う。


 ポホは帰る間際になると神妙な顔で近づいてきて、こう言った。「俺とも話をしろよ」と。


 ああ――そうだった。今にも泣きだしそうな声でポホは言ったんだ。


 ―――なあ…なんでもいいから、俺とも話をしろよ。アホでもクズでも――なんか言ってくれよ…“泣き虫”。


「―――」


 まばたきすると、ポロポロと涙がこぼれた。


 どうして自分はあの時、何か言ってやれなかったのだろう。あの時だけじゃない。機会はいつだってあったのに。


(ちゃんとケンカ…すれば良かった)


 そうすれば二人が仲良くなれた道もあったのかもしれない。


 グスンと鼻をすする。物思いから覚めると、色とりどりに美しい兄弟姉妹がこぞってこちらを凝視していた。


 目を落とすと、小さな男の子の顔が苦々しげに歪むのが見えた。

 

「――。なんであんたはすぐ泣くんだよ? この――弱虫!」


 それまでどんな時も淡々と話していたソジの口調が一転、激しい怒りに変わる。なのに口調とは裏腹に、なぜかその顔は今にも泣きそうだった。


 いつもだったらあっさりと逃げ隠れする剣幕だ。だが不思議なくらい冷静に、フェイバリットは子供の顔を見下ろした。


 丸みを帯びた頬にするりと両手を添える。――これは子供を逃がさない為だ。

 

 大きな目がこぼれんばかりに見開かれる。

 フェイバリットはゆっくり身を屈めた。子供の耳に唇を寄せる。


「どチビ」

「――は?」


 驚きのあまり目を丸くする子供の顔に、フェイバリットはなおも続ける。


「性格悪すぎでしょ――癇癪もち――タコ――へっぽこ――も一つおまけに――おたんこなす!」

「は――な・なんなの…?」

「こっちは子守りなんて頼んでないっての。勝手に決めつけてひどいことを言うな。むしろ子守りが必要なのはあなたの方でしょ??」

「う・うるさいうるさい! ――弱虫のくせに!」


 呆気に取られていた子供は我に返ると、悔しげに唇を噛みしめる。その顔がみるみる真っ赤になっていく。


「ああ、もうっ!! あんた見てると、自分を見てるみたいでムカつくんだよ! 泣いてる暇があったら手を動かせ――足を動かせよ。なんにも出来ないんだったら、せめて頭を働かせろ――ただ泣いてるより出来ることはいっぱいあるだろ?! ぼうっとしてると、いつか後悔することになるんだぞ!!」


 そう言ったソジの瞳から大粒の涙がこぼれ落ちた。

 涙を隠すように、ぷいっと顔を背けて手を振り払うと、ソジはオムジのところに駆けて行く。


「オム兄。もういいでしょ――僕もう戻りたい」




 ゴロンゴロンと耳に心地よい重低音が、寝台に鳴り響く。いつもはお喋りな黒猫が、今は枕元で黙って耳を傾けている。


 線のように目を細めているので、眠っているのかとフェイバリットはチラリとその顔をのぞき込む。


「―――それ聞いてどう思た?」


 おしまいまで聞いた後、黒猫が優しく問うた。


「え?」

「ソジの最後っ屁。めっちゃ盛大なヤツ、最後に言われたやん。腹立った?」


 その言葉にふわりと笑うと、フェイバリットは首を振る。


「ううん。意地悪で言ったんじゃないってわかるから」

「なんでや。意地悪で()うたんやろ」


 フェイバリットは違うとまたもや首を振る。


「本当に意地悪だったら、大切なことを口に出してわざわざ教えたりしないでしょ」


 きつい言い方だったが、ソジの言ったことはけして間違いではない。むしろあれは助言とも取れる。


 フェイバリットの言葉を聞いて、黒猫がふっくらとひげ袋を持ち上げる。


「君、ええ子やのぅ――」


 まるで子供にでも言うように優しく言ってウンウンと頷く。自分よりはるかに小さくしかも猫のくせに、ずっと年かさの年長者のような口ぶりだ。


 まるっきり子供扱いに、ここは突っ込むところだと思いつつも、よくやったと言わんばかりの声に不覚にも頭がほわほわとする。


 ゴロロ、ゴロロと喉を鳴らしながら、黒猫が月光に煌めく美しい瞳でじっとフェイバリットを見る。その目がとても満足そうに見えるのは、けして見間違いではない。


 応えるように笑顔を返すと、なぜか黒猫が急に恥ずかしげに目を伏せる。


 そう言えば、自分の笑顔は見るに耐えないものだったと思い出す。フェイバリットは慌てて笑顔を引っ込めた。


「…ほんで結局、誰につき()うてもらうのん?」


 言わずもがな歩行訓練のことだ。

 あれからにわかに忙しくなり、フェイバリットは自分一人でいいと付き添いを断った。だが当然ながら、一人で出歩くのは駄目だと言い渡された。


「う――ん」


 実はソジからは「はなはだ不本意だがその役を受けてやってもいい」と言われている。黒猫からも太鼓判を押されたソジである。本来なら迷うところではない――だが。


「悩んでんのか?」


 猫の耳がぴょこんと立つ。髭もピンピンして、興味津々なのがひと目でわかる。その顔が可愛くて、思わずフェイバリットの頬が緩んだ。


「うん…なんか嬉しそうに見えるけど、なんで?」

「そらそうや。俺、こう見えてヤキモチ焼きやもん。訓練とかそんなんでも、他の男と一緒におんのがまず嫌やねん!」


 なぜかそこで猫は胸を張る。その姿に小さく忍び笑う。


「ソジはまだ子供だよ?」


 しかも他でもない黒猫が「いい子」だと勧めたのではなかったのか。それはともかく――。


「あのね。相手があなた、だったらなあ……って、思って…でも、猫、だもん…ね」


 急にフェイバリットの声が遅くなる。先ほどから粘度を増した睡魔が、波のように絶え間なく押し寄せていた。眠気を払うように首を振るものの、ろくに呂律がまわらない。


「今日もよお頑張ったもんな――」

「ヤダ。まだ寝ないから」


 すっかり「寝ない」が口癖になってしまったフェイバリットに、黒猫が困ったように笑う。


「寝ろ言うんとちゃうから安心し。ご褒美に()()()を子守唄がわりに(うと)うたろ思たんや。俺が人の為に歌うんはこれが初めてやで。よお聞いときや…」


 先ほどまでトロリとした赤い瞳が、期待と喜びで再びキラキラと輝きだす。それを見つめる黒猫の眼差しが眩しげに細くなる。


「ほないくで…♪友達の友達は友達だ~~~♪」


 深くひと息を吸い込んだ黒猫の小さな口から、ゆっくりと異国の旋律が奏でられ始める。


 その歌声に遠慮してか、いつの間にか窓の外の虫の音はすっかり鳴りをひそめていた。

読んでいただき、ありがとうございます。


次話は来週水曜、更新予定です。

次回更新も頑張りますので、どうぞよろしくお願いします。

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