カリュエヴァマ
「邪魔だ。そこをどけ」
「なんだ……」
なんだと、と言いたかったのだろうが、それより早く俺はベイラムを顔面を殴った。風船のようにベイラムの身体は宙に浮かび、そのまま壁に叩き付けられた。
「ぐふ……」
ベイラムの綺麗な鼻筋から鼻血が出ており、それを拭う。
「大丈夫か?先生」
「あ、アムルくん……」
リエルはかなりのダメージと火傷を負っていた。俺は≪聖治癒≫でリエルの火傷を一つ残らず治してやる。俺は続けて、ゼノンとカジルの元にも向かい、≪聖治癒≫を使う。二人も命に別状はなかった。俺は二人を担ぎ、セリナたちの元に運んだ。
「アムルくん……」
一つ星の女子生徒たちはもう既に泣きそうだった。昔のように、毎日命を狙われている訳でもない。ましてや教師に殺されるなんて思ってもいなかっただろう。後一歩遅ければ、彼女らの命はベイラムによって奪われていたかもしれない。
「怖い思いをさせてしまってすまなかった。後は俺に任せて、後ろで見ていろ」
「アムル」
セリナが俺の名を呼ぶ。彼女らが泣きそうながらも取り乱さなかったのは、ひとえにセリナの存在が大きかったはずだ。
「安心しろ。必ず勝つ。セリナと交わした最初の約束だ」
「……うん。必ず勝ちなさいよ」
セリナは力強く、そう言った。
俺の放つ魔力に当てられてか、魔力結晶の輝きが、より一層輝いたようにも見てとれた。
「答えろ……」
その眩い光に目を細め、嫌な汗を滲ませながらも、ベイラムは口を開いた。
「どうやって……ここに来た……。場所は分かったとしても……、私の作った結界は……ありとあらゆる魔法を無効化する……。結界を破壊することなど……不可能だ……。この不可侵結界に……どうやって……」
今も信じられないような様子で、言った。
「あの魔法結界。通常の魔法結界に反魔法、加えて≪無効化術式≫の魔法を、≪融合術式≫で効果を何十倍にも高める。と言ったところだろう」
≪無効化術式≫はその名の通り、あらゆる魔法を無効化する。加えて反魔法を重ねがけしている。内側はもちろんのこと、外側からも並大抵の魔法では、傷一つ付けることはできない。
よく考えたものだ。この魔法結界を破壊するには、それこそ古代魔法級の威力でないといけない。かと言って、学院でそれを使うわけにはいかない。八方塞がりということだ。
これだけの魔法結界を、たった一日で完成させたのだ。ベイラムの執念もただものではない。
「だが焦りすぎたな。≪融合術式≫は魔法と魔法を融合させる術式。複雑かつ高難易度の魔法ほど、魔法同士が融合する時間はかかる。ましてやこれだけ大掛かりな魔法結界を一人で行ってたんだ。そしてお前は、内側の≪無効化術式≫に意識を向けすぎたあまり、外側にまで行き届いていなかった」
「……仮に≪無効化術式≫が効いていなかったとしても……反魔法の効果を持った、何重もの魔法結界だぞ……。どうやってここまで……来たんだ!」
ベイラムは納得がいかず、激昂した。教えてやる義理などないが、まあいいだろう。
「≪無効化術式の効果がなければ簡単だ。≪転移≫で俺がいた場所とここの地下を繋げ、≪隠蔽≫で反魔法から掻い潜った。それだけだ」
俺は淡々と答える。≪隠蔽≫を極めれば、感知魔法すら察知されないほどにまで扱うことができる。だが、ベイラム、そしてセリナたちは信じられないような表情を浮かべていた。
「≪転移≫……だと……。あれはたった一人の人間の魔力では扱うことのできない……神の魔法とすら呼ばれているんだぞ……」
神の魔法か。行きたい場所の魔力の波長と自身の波長を合わせることで、空間を歪ませてくっつけただけなんだけどな。試験の時に体験した感じのままにやったんだが、上手くできたようだ。
学院の≪転移≫は、カリュエヴァマから溢れ出る魔力を使用していたのだろう。修練場は、カリュエヴァマの魔力の影響をこの地下の次に受けやすい場所だからな。
「やはり、貴様が魔王だな……。我ら貴族に害を与える野蛮な生き物が……。魔族は悪だ……。滅ぼさねばならない、悪なのだ……」
ベイラムは何かを知っているのか?よし、後で情報をいただくとしよう。
「ここでは、貴様の得意な魔法も使えない……。私の魔法の前に……、ただ果てるのみ……」
ベイラムは魔法陣を展開する。
それを見て、俺は足を一歩前に踏み出す。そして一気に、ベイラムの懐まで入り込んだ。
「なっ……!はや……」
ベイラムの鳩尾に、俺は拳を叩き込む。
「魔法が使えなければ、体術を使えばいい」
俺の拳が、蹴りがベイラムを襲う。魔法を使う暇すら与えない乱撃に、ベイラムは防ぐことすらできなかった。
「ガハッ……!」
ベイラムは堪らず膝をつく。
「俺からも聞こう」
苦しそうに声を漏らすベイラムに、俺は尋ねる。
「教室に入ったとき、二つ星の奴らからは俺に対する殺気を感じた。それは何故だ?」
「……知らん……」
ほう、あくまでしらを切るつもりか。ある程度推測は立っているがな。
「お前は、俺以外の一つ星の生徒とセリナ、そして先生を殺す計画と、俺一人になった教室でお前と二つ星の生徒とで手を組み、俺を殺す計画を同時進行していたのだろう」
ベイラムが唾を飲み込む。
「だが、想定外のことが起きた。シヴァが遅刻して、俺と一緒に教室に入ってきたことだ。シヴァの実力はお前も知っていたんだろう。俺とシヴァの二人を同時に相手にするのは無理だと考えたお前は、セリナたちを殺すことで俺に精神的な揺さぶりをかけようとした。まあそんなところだろう」
「この……害虫が……」
俺はベイラムの顔面を掴む。
「俺から言わせれば、お前の方が害虫だ。そしてセリナ、先生のことも侮辱していたな」
掴む手に力が入り、ミシミシと嫌な音がする。
「ぐが……ぐぎゃぎゃ……」
俺の手首を掴み抵抗しようとするが、俺は意に介さず、掴み続ける。
「セリナは優しい女の子だ。貴族っていうのは、お前のような偏った考えの奴だけかと思っていた。だが、セリナは彼らを、一つ星の生徒を勝手な偏見で判断せず、共に過ごして友達になろうとまで言ったんだ。そういう奴に、人はついてくるんだ」
俺は言葉を続ける。
「先生は強い女性だ。一つ星の生徒が少しでも過ごしやすい環境を作ろうと、彼らの道標になろうと頑張れる強い人間だ」
「ぐ……うう……」
「そんな俺の大切な友人を、尊敬する先生を、害虫呼ばわりするとはな」
俺はベイラムを投げつける。無様に地面に転がるベイラムは、荒い息遣いをしていた。
それにしてもベイラムの魔力、何か違和感を感じたな。俺は≪創始の聖眼≫で、ベイラムの魔力の流れをじっと見る。すると、目のあたりが他のところに比べて、魔力の流れが異常に早いのだ。
「黙れ……。一つ星の分際で……」
ベイラムが苦しそうにしながら、呟く。
仕方がない。うるさい口を塞ぐついでに、近くで見てみることとしよう。
ベイラムの顔面を掴み、眼に魔力を集中させて奴の瞳を見つめた。何やら複雑な魔法陣が奴の瞳には描かれている。
俺は魔力結晶の方を見る。カリュエヴァマは以前、眩い輝きを放ったままだ。俺はカリュエヴァマの方に手を伸ばして、
「力を貸してくれ。カリュエヴァマ」
そう言うと、カリュエヴァマが呼応し、魔力結晶の中から姿を消す。そして、俺の手の中に収まる。
「く……魔王の分際で……その美しい剣に触れるな……」
「言っておくが、俺は魔王ではない」
俺はカリュエヴァマを振り上げる。
「アムル・シルフィルク。魔王と共にこの世界を救った『剣聖』の名だ」
俺はカリュエヴァマをベイラムに向けて、振り下ろした。
一日2話投稿久々にしました!
ヒロインがヒロインらしくない……。
この後どうしよう……。




