兄と妹
シヴァはノヴェンレビィアに魔力を流し込む。
折れた刀身から復元していき、黒い魔剣が元通りとなる。とは言っても見た目だけであり、魔剣としての性能、耐久度は以前と劣る。
≪創造武具≫で魔剣を創り出すというのもできるが、シヴァは俺がやると言った。
横槍を入れるのは野暮だろう。
「おにーちゃんとこうしてあそぶのなんてはじめてだね」
「そうだね。ほんをよんでくれたり、おままごととか、そういうことしかやってこなかったから」
互いに魔剣を構える。
目の前にいる兄、妹だけに意識を集中させる。
同時に床を蹴った。
一瞬で零距離になり、魔剣が衝突する。
「っ!!」
「アハハッ!!」
シヴァは表情を険しくし、ユウリは楽しそうに笑い声をあげた。
シヴァが押し込まれているのだ。魔剣の性能はエベルスメイの方が上。加えてノヴェンレビィアは本来の性能の半分ほどの力しか出せていない。
「からだがかるい!」
ユウリは力任せな大振りを放つ。
「ぐっ……!」
ノヴェンレビィアで受けるも、想像以上の力で吹き飛ばされると、床に叩きつけられ転がった。
「みてみておにーちゃん!わたし、こんなにうごけるようになったんだよ!からだのどこもいたくならないの!」
ユウリはバハルの魔力を融合されたことによって、身体能力と魔力が向上している。
それでもユウリは、身体に負担がかかる運動。走るという行為すらも禁止されていたのだ。
剣術はもちろん、身体の使い方すら教わったことはない。今の一撃しろ、ただの大振りだ。技術もくそもない。
ユウリはただ見ることしかできなかった。魔力が融合されただけで、こうも劇的に変化するとは。
ノヴェンレビィアを杖にして、シヴァは立ち上がった。ベルネルはニヤッと笑うと、魔法陣を描く。シヴァにトドメをさそうとしたのだ。
その刹那、ベルネルの背筋がゾっと凍る。
ユウリが物凄い剣幕で睨みつけているのだ。
「じゃましたらだめ」
「はいはい」
ユウリから警告を受けて、ベルネルは返事を返しつつもそれを受け流していた。
「俺が相手をしてやってもいいが?」
「あいにくと今は、そんな気分じゃないんでね」
突如として氷の矢が放たれる。
セリナの≪凍矢≫だ。ベルネルは難なくと反魔法で防ぐ。
「まったく油断ならないね」
「完全に裏をかいたと思ったのに」
セリナが悔しそうに呟いた。
バハルの魔力融合の効果が切れたとはいえ、元々はバハルに仕える魔界随一の魔導師だ。
当然、それなりの実力は持っている。
「今はあの兄妹の結末を見届けるとしよう」
ベルネルは視線を、シヴァとユウリのいる方向に移した。
「っ……!はぁっ……!」
シヴァは目にも止まらぬ連撃を放つ。
剣術ではシヴァの方が数段上だ。それをユウリは、全て捌いてみせた。
「おにーちゃん。それほんき?」
少し退屈そうに、ユウリは呟いた。
「本気だよ。ユウリは本当に強いな」
少女は表情をムッとさせて、エベルスメイを振り払う。互いに距離をとって、呼吸を整える。
「実はな。ユウリに嫉妬していた。魔王の血筋を引くものが受け継ぐ≪終焉の魔眼≫を持ってて、いろんな魔法も使える。俺には剣術しかなかったから、ユウリが本当に羨ましかった」
兄としての本音だ。
幼い頃から、ユウリには自分にはない力があることが分かっていた。本心では受け入れていたものの、心のどこかで妬ましいという気持ちがあったのだ。
「それ、ほんきでいっているの?」
シヴァの告白を聞いたユウリは、そう返した。
想定もしていなかった言葉が発せられ、シヴァも戸惑いを見せる。
「わたし、ずっとむかしからおにーちゃんがうらやましかった」
ユウリが口を開く。
「羨ましい?俺が?」
「おにーちゃんはちいさいころから、みんなにまじってたんれんしてて。わたしはうごきたくてもうごけない。ずっとずっとずーっとおにーちゃんがうらやましくてしかたがなかった」
「ユウリは俺にないものをたくさんもっているじゃないか」
「たくさんもってても、わたしはからだがよわくてまりょくもあまりもっていない。いくらもってても、それがつかえなきゃいみがない!」
初めてユウリが、声を荒げた。
「なんで?なんでおにーちゃんは、わたしがほしいものをもっているの?ずるいよ。わたしのこれはわたしがもっててもいみがない。わたしも……わたしだって……」
啜り泣く声が聞こえる。
ユウリの目元には涙が溜まり、それが頬を伝った。
「おにーちゃんやみんなみたいに、ただはしりたいだけなのに……どうしてわたしははしれないの……?はしっちゃいけないの……?」
シヴァは言葉を詰まらせた。
ユウリはどんなときでも笑っていた。身体が弱く、授かった力の大きさについていけないことが分かったときでも、ずっと笑っていた。
幼かったシヴァは、ユウリの本当の気持ちに気づくことができなかったのだ。ユウリがシヴァの本当の気持ちに気が付かなかったのと同じように。
「でも、このちからはちがう。せかいがかわってみえるの。いままでできなかったことが、なんでもできる。おにーちゃんにけんのしょうぶでかてるぐらいにっ!!」
さらに速い速度で、ユウリは攻撃を仕掛ける。
なんとかついていってる様子で、紙一重で攻撃を躱していく。
放たれた突きを躱したところで、シヴァは攻撃に転ずる。ノヴェンレビィアを振り下ろし、ユウリは受け止めた。
「ユウリ。遊びたいって言ったけど、こんなことはしたくない。父さんの魔力を破棄するんだ。そしたらまたーー」
「そしたらわたし、はしりまわれない。みんなとおなじじゃない。そうやって、わたしからとりあげるの?いやだ。いやだよ。このちからはわたしのものだよ。いやいやいやいや」
もはやそこにいるのは、シヴァの知るユウリではない。ユウリであってユウリではない。少女の心の奥に隠していた感情。抑えていた感情が、増幅した魔力によって押し出されたのだ。
「おにーちゃん。さっきわたしに、しっとしてるっていったよね。だから、このちからをすてろっていったんだよね。だったらおにーちゃんもてきだ」
魔力がさらに増幅する。
渾身の一撃を、シヴァに放とうとした。
「ゔ……おぇっ……」
突然、ユウリが苦しみ出して吐血した。
「ユウリ!」
シヴァは妹の名を呼ぶ。
「ふむ。いくら家族で魔力の波長が合おうとも、やはり元の身体の病弱さが仇となって、魔力に耐え切れなくなってしまったのか」
ベルネルが冷静に分析した。
「ちょっと!あなたがやったことでしょ!早く助けてあげないと……」
セリナが言葉を飛ばす。
それに構うことなく、ベルネルはユウリに声をかける。
「ユウリ。その力は何のためにあるのか思いだせ」
「思い……だす……」
「今までの自分が嫌だったのだろう。病弱で、城で篭りっきりの自分が」
≪言霊≫を使用している。それによって、ユウリを無理矢理にでも動かすつもりなのか。
「ベルネル!お前……」
「まだ敵は残っているぞ。ユウリの持つ力とバハル様の魔力で得た力があれば何だってできる」
ベルネルにとっては、ユウリすらも使い捨ての人形というわけか。そもそもこうなることが分かっていて、最初からそう仕組んでいたのだ。
「どこまで堕ちれば気が済む。外道が」
「お前に言われる筋合いはないぞ。≪剣聖≫」
「頼む。もうやめてくれ。これ以上は身体がーー」
ヒューヒューと息をしながら、ユウリは敵意を持った目をシヴァに向ける。
「おにーちゃん。もうとまれないよ。まえのからだにもどるんだったら、しんだほうがマシ。おにーちゃんも、みんなもぜんいんころして、わたしもしぬ」
それはユウリの本心か、≪言霊≫による影響か。はたまた第三の影響か。それは誰も分からなかった。
「……そんなに、自分を追い詰めていたのか……?死んだ方がマシって、死にたいって思い込むぐらい辛かったのか……?」
シヴァは震えた声で言った。
普通でないことは怖いことだ。
シヴァにとっては、魔法があまり使えないこと。ユウリにとっては運動ができないこと。
誰しもができる当たり前ができないことは、誰かにとっては異常なのだ。
シヴァには同じ境遇の魔族がいたから、ユウリに嫉妬はしたこそ思い詰めることはなかった。
だがユウリは違う。そんな境遇の魔族は、周りにはいなかった。
「ユウリ……ごめんな。馬鹿なおにーちゃんで。大事な妹が苦しんでたっていうのに、気がつけなくって……勝手に嫉妬して……ごめんな……」
泣いていた。自分の不甲斐なさに。
自分を殺そうとしている妹を前にしても、兄は涙を流していた。
「もう……おそいよ……わたしはもうしんじゃう……」
ユウリの瞳に光が宿りはじめる。兄妹の絆が洗脳を、≪言霊≫すらも打ち消したのだ。
ーー何を望む。
声が響いた。
ノヴェンレビィアからだ。
妹を救いたい。
シヴァは答える。
ーー何故救いたい。
大切だから。この世でたった一人の大事な妹だから。
ーーそれを成し遂げるだけの、覚悟はあるか。
ある。絶対に逃げない。隠れもしない。
どんな困難に襲われようとも、必ず乗り越えてみせる。
ーー願い。確かに受け取った。其方を我が主として認めよう。
ノヴェンレビィアが輝き出す。
純黒の魔剣にヒビが入り、そこから新たな魔剣が出現する。純白の魔剣だ。
「遅いなんてことはないよ。ユウリ。俺は大切な妹を助けたい。こんなところで死なせなくはない。ユウリはどうなんだ?」
「わ、わたし……わたしも……」
ユウリは声を張って、言った。
「わたしだって、もっといきたい!しにたくない!おにーちゃんと!パパとママと、もっともっといっしょにいたい!」
その一声を聞いて、シヴァは安心したように微笑んだ。
「一瞬で終わる。ちょっと痛いかもだけど、我慢してるんだぞ」
「うん……」
ユウリは身を委ねる。
純白の魔剣に想いを乗せて、シヴァは振るった。乗せた想いはただ一つ。
ーー帰ろう。あの楽しかった日々に。
幾つもの年月が経とうとも、何人たりとも引き裂くことはできない。
それが兄妹の絆。




