その2
「あちらです」
そのまましばらく歩き、シルヴィア様が指さしたのは、ツイン学園の裏にある巨大な漆喰の建物でした。――確か、ツイン学園に入学当時、近づかないように言われた記憶があります。
「ああ、なるほど。あそこでしたか」
私の横で、アーサー様が、少し渋い顔をされました。そのまま、アーサー様がシルヴィア様のほうをむきます。
「だったら、魔族の気配を感知できなかった理由も納得できますが。――一応の確認をしておきますが、シルヴィア様は、あれがなんなのか、ご存知なのでしょうか?」
アーサー様の質問にシルヴィア様が、相変わらずの笑顔でうなずきました。
「ええ、もちろんですが?」
「私はわからないのですけれど」
と言ったのはエイプリル様でした。私とエリザベスもうなずきます。
「あの建物がなんなのかは、エイプリル様だけではなく、私たちも知らされておりません。教えていただけると嬉しいのですが」
「魔王城の跡地です」
エイプリル様に気を使ったのか、ちょっと言いにくそうな表情でアーサー様がご返事をされました。
というか、ものすごいご返事でした。
「魔界大戦当時、魔界から人間界に乗りこんできた魔王が、この場所に城をつくりまして。――だから、私たちは魔王城と呼んでいたのですが。とにかく、そこを根城にして、魔王は下のものにいろいろ指示をしていたそうなんです。それで、最終的に私の先祖と仲間たちがそこに進軍して、それでものすごい戦いの末、魔王を討ち滅ぼしたと聞いています」
「まあ、大体そんな感じですね」
シルヴィア様がもうなずかれました。
「それで、そのあと、魔王城は取り壊されたんですけど、魔界の瘴気がものすごくて、中心部だけはどうにもできないから、こうやって漆喰で埋め固めて、一見すると、ただの四角い建物にしか見えない代物にしたわけです」
「そうだったのですか」
驚きながら私は返事をしました。
「それにしても、それで、こんな建物にしたのですか」
私の横で、エリザベスも驚いたようにつぶやきました。
「なんと言ったらいいのか。そうやって見ると、これは巨大な墓標のようですね。いえ、封印と言うべきでしょうか。それとも、石棺――」
言いながら、エリザベスが何か考えるように小首をかしげました。私も同じ気分です。これは、どこかで見たことがあるような気が。――少しして、私は前世の学校で習ったことを思いだしました。
「「まるでチェルノブイリ――」」
ひとり言でここまで言いかけ、私は愕然と横をむきました。いま、私と同時に言った声はエリザベスのものです。そしてエリザベスも私のほうを見ていました。その驚きの表情。エリザベスが私を凝視してきました。
当然でしょう。この世界にチェルノブイリ原子力発電所事故など存在しないのですから。
「メアリー様?」
エリザベスが驚きの表情のまま訊いてきました。
「いま、なんとおっしゃられましたか?」
「いえ、それは私からの質問です。エリザベスはなんと言ったのです?」
私から答えることはできません。エイブラハム様に、私の前世のことが知られたらなんと言われるか。とりあえず、質問に質問ではぐらかした私に、エリザベスが少し困ったように柳眉をひそめました。
「それは――」
言って、エリザベスがちらっと視線を変えました。シルヴィア様にです。そしてシルヴィア様は、何か困ったように苦笑しておりました。
「――!!」
私は気づきました。シルヴィア様が知っているのは、私の前世だけではないのです! ほかの皆様のことも、何か知っていらっしゃるのです! それでいて、そのことを私たちには隠しているのです! そうでなければ、あんな表情はなさらないはずです!
「個人情報ですからね。立場上、私には言えないことがたくさんあるのですよ」
苦笑した顔のまま、シルヴィア様がおっしゃいました。またもや私の心を読んだようです。つづいてシルヴィア様が右手の人差し指を立てて、自分の口にあてました。
「こんな言葉もありましたね。禁則事項です」
「そんな――」
「メアリー様だって、周囲に話して欲しくないことはあるでしょう? それを私が吹聴してまわったら、かなり困ったことになるでしょう? ほかの皆様もそうなんです。わかっていただければ嬉しいのですが」
シルヴィア様の言葉に、私は黙るしかありませんでした。
「さて、それでは行きましょうか」
シルヴィア様が言い、私たちから背をむけて歩きだしました。
「ちょ、ちょっと待ってくださいませ。行くというのはどちらへでしょうか?」
思わず質問した私に、シルヴィア様がいつもの調子で振り返りました。
「あのなかへ、ですけれど?」
「え、だって、あの建物には近づいてはならないと、私たちは言われております」
「それに、かつての魔王の根城だったところになんて」
私とエリザベスの言葉に、シルヴィア様が少しだけ、真面目な顔をされました。
「何事も例外があります。それに、エイブラハム様は行方がわかりませんし。これは緊急事態ということで」
「それは――」
「私は見てみたいですわね。興味あるし、おもしろそうだし」
と、明るい調子で言ってきたのはエイプリル様でした。さすがは魔族です。それを聞いて笑顔でうなずいたシルヴィア様が、あらためて私たちに目をむけました。
「それに、エイブラハム様が行方知れずなんですよ? このままでいいのですか?」
このひと言で、私は覚悟を決めることになりました。




