その6
「なんでしょうか?」
シルヴィア殿が、不思議そうな顔で俺に訊いてきた。
「まず、基本的な質問になるが。これ以降、シルヴィア殿はどうされるおつもりか?」
「それは、まあ」
言って、シルヴィア殿が少し考えた。
「あなたの魂を担当してるんだから、小まめに会いにきますよ。それが私の仕事ですし」
「なるほど、そういうことであるなら、それはそれで納得しよう」
俺はシルヴィア殿の言葉にうなずいた。ここまではいいと判断するのが筋だと俺も思う。
ただ、これ以外の件についても、いまの俺には言うべきことがあった。
「話をつづけよう。わかっていただきたいのだがな? この件は、俺としては、とても困った話なのだ。何があっても周囲には知られて欲しくない。なので宣言しよう。もし、この件が少しでも外に漏れたならば、いままで守り抜いてきた休戦協定はすべて破棄させていただく。我がフレイザー家と、その力の及ぶ武力すべてを結集して、天界に攻め込ませていただこう。それでよろしいか?」
「はい、わかりました」
この俺の宣言を、あっさりと受け入れるシルヴィア殿だった。俺の見ている前で右手を上げる。
「べつに、そんな脅迫みたいなことを言われなくても、こっちから宣言するつもりだったんですけどね。父の名に誓います。このことは誰にも言いません」
「それは俺としてもありがたい。――それはいいんだが、ずいぶんとあっさり聞き入れてくれたな」
感心しながら言う俺に、シルヴィア殿が、少し茶目っ気のある笑顔を見せた。
「実を言うと、似たようなことが前の人のときにもありまして。最初から、たぶん同じことになるんじゃないかなーって思いながらお邪魔したんですよ」
「ほう。では、その前の人も、やはり秘密にしてくれと懇願したわけか」
「ええ、それはもう。いまのエイブラハム様よりも青い顔をしていました」
「なるほどな」
それはまた、気の毒な御仁もいたものだ。シルヴィア殿の言葉にうなずいてから、もう一度、俺はシルヴィア殿を見つめた。
「まだきちんと確認していなかったな。いままでの会話から考えるに、シルヴィア殿は、メアリー様をご存知のようだったが?」
「それは――」
俺の質問に、シルヴィア殿が小首をかしげた。
「うん、これはしゃべってもいい内容ですね。返事をしますけど、その通りですよ。かなり前からの知り合いです。昨日、久しぶりに会いに行ったら、ものすごく驚かれましたけど」
「そうか」
メアリー様は貴族の家柄だ。おそらく、教会にも多額の寄付をしていることだろう。そういうところには、シルヴィア殿のような女神の眷属が使いとして顔をだしても不思議はない。――俺はそう考えた。
「では強調しておく。シルヴィア殿が、メアリー様と会うことも話すことも禁ずることなど俺にはできん。ただ、この件については」
「あー、はいはい。安心してください。本当に、誰にも言いませんから」
言いながらシルヴィア殿が立ち上がった。どうやらこれで帰る気らしい。
「とりあえず、私が話すべきことはすべて話しましたし、エイブラハムさんの質問にも答えられるだけ答えたと思います。今日はこれでよろしいですか?」
「止める要件など、俺にはないな」
言いながら、俺はドアに目をむけた。
「もし望むなら、客人として、正式にこの屋敷をでてくれてもかまわんが」
「お気になさらず。私はただの、神出鬼没の来訪者です」
笑顔で言いながらシルヴィア殿が俺に会釈をした。
「それでは」
言葉と同時に、そのシルヴィア殿の姿が消えた。どこへ行ったのか? 気にならないわけでもなかったが、俺はそれを考えなかった。
もっと正確に言うと、考える余裕などなかったのだ。
「この俺が、戦い方も知らぬ、人間の村娘だっただと?」
こんな事実を知って、それでも俺は明日、普段と同じくメアリー様に視線を合わせられるのか? いつものように紳士の礼節を尽くせるのか? 俺の動揺は隠し通せるのか? メアリー様に、この俺の真の姿を見透かされてしまうことはないのか?
「否。断じて否だ。落ち着けエイブラハム」
俺は自分で自分の顔を覆った。俺は魔将軍フレイザー家の跡継ぎなのだ。武の鍛錬も疎かにはしなかったし、生まれついての力もある。この程度のことで怯えるなど、あってはならんはずだ。
「いつもと同じであれ。戦いつづけることこそが日常のこの俺にとって、これはむしろ、いい試練として、笑って受け入れるべきことなのだ」
過去の恥じ入る歴史などねじ伏せ、魔将軍としての武勇を後世に刻みつけることこそが俺の使命。前世は忘れて、明日、俺はメアリー様に心からの崇拝の言葉と、そして精一杯の愛の言葉を投げかければいい。
軽く頭を振って不快な思いを思考から追いだし、俺は自室をでた。
「グレゴリウス、風呂の用意はできたか?」
「はい、もちろんでございます」
グレゴリウスの返事を聞き、俺は風呂に入って身体を洗い、寝間着に袖を通し、歯を磨いて床についた。
そして翌日。つまり、いま、この瞬間だ。
「ただの力比べで済むといいのだがな」
「禁じ手等のルールが必要なら、いまの時点で書面に書いてくれても構わんが?」
俺はアーサー・レッドフィールドと名乗る男と正面からにらみ合っていた。すぐ横ではメアリー様がオロオロとしている。俺としてはメアリー様を悲しませたくはないのだが、だからといって、この男から視線を逸らすわけにも行かなかった。それは逃げを意味する。自分から戦いを放棄するのは人間のやることだ。俺に許される行為ではない。
「ですから、そういうことは」
「あら、何をなさっているのですか?」
怯えを押し殺したように声をかけるメアリー様とはべつに、聞き覚えのある声がした。――エイプリルの声である。俺は驚いた。普段は講堂で食事をして、中庭にはこなかったのに。
俺の目の前にいたアーサーが、仕方なしという感じで俺から視線を逸らした。俺もそうしよう。軽くアーサーから距離をとりながら横をむいた俺は、さらに驚きを隠さなければならないことになった。
「できれば、どういった話をしていたのか、教えていただけると嬉しいのですが」
エイプリルとは違う声が、少し心配そうに言ってきたが、俺はその女性に視線を合わせられなかった。
「いつも講堂で昼食を摂っているのに、どうしてこっちへきたのだ?」
俺は不思議そうな顔をしてエイプリルに訊いた。エイプリルはともかく、もうひとりの女性とは、いまが初対面という顔をしなければならん。
「少し、乱暴な感じで話をされていたようですが。まさかとは思いますが、決闘でも?」
あらためて、もうひとりの女性が俺に声をかけてきた。
それは昨日、俺の屋敷にきた、シルヴィア殿だったのだ。




