その5
2 エイブラハム・フレイザー
「あー、やっぱり」
俺の言葉に、納得した感じでシルヴィア殿が返事をした。
「前のケースと同じですね。想像通りの答えでした。――それにしても、こっちの時空でお亡くなりになって、こっちの時空で生き返った方は、専門的な言葉を使って説明しなくても納得してくれるから楽ですね。私も助かります」
「なんだそれは?」
「いえこっちのことです。私が担当してる魂って、あなただけじゃないもので」
よくわからない返事をしてくるシルヴィア殿だったが、俺の頭は新しい悩みと迷いで困惑していた。
「一応の確認をさせていただく。シルヴィア殿に質問だが、このことは、この俺とあなたと、それから誰が知っているのだ?」
「――えーとですね」
シルヴィア殿が少し考えた。
「ですから、魔界の宰相のオーガスト・バイロン様が知ってます。あと、天界側では、誰だったかな」
「この話が外に漏れる危険は?」
「それはないと思いますよ。私たちだって、個人情報を守るくらいの常識はわきまえてますし。というか、外に漏れる危険って言いましたけど、べつに危険でもないでしょう」
シルヴィア殿が、やれやれみたいな手の形をとった。
「元は人間の女性だった魂を魔将軍として生まれ変わらせるというのは、あなた方の世界の、宰相であるバイロン様が決断されたことです。それに意見できる魔族なんていないでしょうし。魔王は意見できましたけど、もう倒されちゃって存在しませんから」
「そういうことではない」
俺の言葉は、自分でも驚くほど小さく、低かった。それほどに俺の誇りは傷つけられていたのだろう。
「俺は魔将軍フレイザー家の跡継ぎなのだぞ。魔王様に次ぐ力を持ち、魔界大戦では前線で無敵の武勇を誇った最上級の魔族なのだ。恐れなど知らず、戦いつづけることこそが日常。日々の呼吸と同じく勝利を手にし、果てるときは戦場で果てる。武勲こそ全てと信じて疑わぬ一族の、しかも家督を継ぐべき立場に居るこの俺の前世が、まさか、人間の、しかも、なんの力も教養もない村娘だっただと」
こんなことが世に知られたら俺は破滅だ。特にメアリー様は俺をどう見てくださるだろう。あの方は、人間世界の貴族なのだ。この俺の真の姿がくだらぬ村娘と知ったら、二度と口を聞いてくださらなくなるに違いない。
「そんなことはないと思いますけどね」
俺の心を勝手に読んだらしく、シルヴィア殿が小首をかしげながら俺に話しかけてきた。
「私には、ものすごくお似合いのカップルに見えますよ? 世間体を気にするところなんてそっくりですし」
「適当なことを言うのは控えていただこうか。この俺にとってのメアリー様は女神も同然なのだぞ」
「私は本当の女神の眷属なんですけど」
「ああ、そうであったな。では言葉を変えよう。俺にとってのメアリー様とは、船乗りにとっての北極星も同じだ。その姿を見失えば、俺は進むべき海路をも見失い、いずれはつまらぬ死を遂げた上に魚の餌となるだろう。フレイザー家のこの俺がだ。それだけは絶対に忌避しなければならん」
「――本っっ当にメアリーさんのことがお好きなんですね」
あきれたのか感心したのか、よくわからない顔をするシルヴィア殿だった。
「メアリーさんの、どこがそんなにあなたの琴線に触れたんです?」
「ふむ、それは知らぬか」
シルヴィア殿の質問に、俺は少しだけ考えた。――これは隠すことでもない。むしろ話すことで、俺の、メアリー様への愛情も伝わるはずだ。
「この俺の顔を見ればわかることだと思うが、俺は人間ではない」
俺は自分の顔を指さした。
「俺――と、もうひとり、オーガスト・バイロン様の娘であるエイプリルは、十四歳まで、父の雇った家庭教師の下で学問を学んでいた。あの学園に留学したのは十五になってからだ。休戦協定の流れでそうなったんだがな。ただ、あの学園の人間は、俺のような輩をあまり見たことがなかったらしい。それで、みな俺を恐れた。幻覚魔法で外見を変えることもできたが、それをするのは俺の誇りが許さなかったからな。おかげで俺はずっとひとりだった」
俺の話に、シルヴィア殿が柳眉をひそめた。
「まあ、そういうこともあるでしょうねえ。本当はあってはいけないことなんでしょうけど、人間は基本的に、未知のものに恐怖をいだきますから」
「そのときにメアリー様が声をかけてくださったのだ。あのときの俺には、メアリー様が一筋の光明に見えたな。そして、いまの俺がある。俺は魔将軍の家柄だ。力を与えてくださった魔王様には無償の忠誠を誓う。異性の好意には無償の愛をもって応える。こんなことは武人として当然の行動であろう?」
「はあ」
「ついでに言うなら、メアリー様が一筋の光明に見えたのは最初だけだった。いまの俺には、メアリー様は大空に輝く太陽にも思える。あの方を失えば、俺の心に二度と夜明けはこないだろう」
「エイブラハム様は詩人なんですねえ。前世が教養のない村娘だったから、その反動で語彙が豊富になったんでしょうか」
シルヴィア殿が感心したようにうなずいた。
「武人の家に生まれながら、紳士的で教養もある。素晴らしいことだと思いますよ。それにしても、メアリー様は北極星で太陽ですか。いまはそれでいいかもしれませんけど、人間の寿命なんて、長くても百年かそこらですよ? 魔族とは行動できる時間が違いすぎます。くるときがきたらどうするんですか?」
「だから、メアリー様さえ承諾してくださるなら、羊皮紙の契約書にサインしていただき、俺の魂の下僕となっていただこうと考えていた。そうすればメアリー様も、この俺と同じだけの時間を、悩みも苦しみも持たずに地上を歩くことが可能になる。もっとも、実際に魂の下僕になるのは俺のほうだろうがな」
「つまり、結婚を望んでいると?」
「人間世界ではそう言うらしいな。もちろん強要などできん。これはメアリー様が、この俺の言葉を受け入れてくださったなら、という前提での話だ」
「なるほど。ではがんばってくださいね」
「声援はありがたく受けとっておこう。だが、その夢を叶えるためには、確認しなければならんことがある」
静かに言い、俺はシルヴィア殿を見つめた。




