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君に捧げる花の名は、  作者: ???
エゾギク
18/50

十六輪

 ────眠りに落ちる瞬間は、いつも夢を見る。見る夢は怖い夢から優しい夢まで様々で、だけど妙に現実味があって。そんな話をすれば、「アキは眠りが浅いのね」なんて言って笑ったのは、「彼女」────()()だった。

 ボクは「そうかな」なんて言って。「あまり自分では考えたことないけど」と返した。

「あたしは夢なんてみないもの」と()(おん)はころころ笑って、手元のブリスターパックをぱきりと折って、錠剤を取り出して飲み込んだ。

 ボクはその様子を見つめながら、「薬の量が増えたな」なんてぼんやりと考えれば、紫園は視線の先に気が付いたのか肩を竦めておどけたような表情をした。


 ────通院、ちゃんとしてる?


 そう問えば、紫園は硝子のコップを口につけてごくごくと水を飲み込んでいて。空いた左手がひらひらと手を振った。

 とりあえずは通院しているみたいだと安堵して、「ご両親に送迎して貰ってるの?」と問えば、紫園は飲みきったコップをコトリと机に置いてから、「そんなわけないでしょ」と笑った。


 ────アキはあたしのこと、まるで映画の中のお姫様だと思ってるのね。あたしはここに追放された訳じゃないし、男装の麗人に恋もしないわよ。履いてるものはスニーカーで、通院のために乗っているものは電車


 くっくっと肩を震わせる「彼女」に、「じゃあボクは公爵?」なんて問えば、彼女はその笑いをますます深めた。

 洗濯物の山と、無造作に捨てられたコンビニ弁当のプラスチック容器。逃げ出すように身の回りの(ほとん)どの荷物を置き去りにして数年前に家を出た彼女の姉は、それからずっとこの家には帰ってこない。

 裕福な彼女の家は、この行き場のない感情の中でそれぞれが静かに出口を見失っていって。それに比例するかのように、暗闇の中で身を寄せ合うようにして紫園とボクは手を繋いでいた。

 その後も他愛ない会話をぽつぽつと続けながら、テレビを見たりボクの淹れた紅茶を飲んだりしていると、四時間後に不意に彼女が不自然に言葉を途切らせた。がくりと彼女が眠りに落ちると、華奢なその身体がびくりと跳ねる。「金縛りなのよ」と言ったのは、紫園だった。

 彼女の飲んでいた紅茶をどけると、前に倒れてきても良いようにクッションを置いて、両開きの棚の上から三段目に入っている毛布を取り出して彼女へ掛けた。

 腰まで伸ばした長い髪が、覆い隠すように彼女を包んでいた。顔を覆い隠すその髪を耳にかければ、何処かあどけない十四歳の顔をして彼女は静かに呼吸をしていた。



 ────あたしは()()()()()()夢なんてみないもの



 ────それが、紫園がボクを安心させるためについた嘘であることを、ボクは知っている。



 耳元で知らないアーティストの音楽が響いていた。ロックともポップスとも似つかない音楽が、鼓膜を静かに震わせる。

 ボクは起き上がって携帯電話の画面をスライドしてアラームを止めると、薄くなった毛布をベッドの上で畳んでから伸びをした。

 背骨がぽきりと微かな音をたてて、じわりと熱が身体に広がってゆく。小さく溜め息をついて、ベッドから起き上がった。

 懐かしい夢だった。温かくて優しくて、そしてどうしようもなく無力な夢。今も昔も何も出来ない自分自身に、ほとほと嫌気が差してしまう。


 ────()()、か


 ()()()()()は友達でも何でもないよななんて呟いた言葉は、ボクにしか聞こえなかった。



 ────大人になるのが怖いと紫園は昔、そう言った。大人になって、胸が膨らんで、そしていつかは()()と結婚することが当たり前だって言われるような年齢になってしまう。その事が怖いのだと。


 ボクはICカードを通して改札をくぐりながら、今朝見た夢から過去の記憶を反芻した。


 ────…………それは、その、君が怖いのは、


 ごにょごにょと言葉を濁しながら、「性差が怖いのか」と言うことを尋ねたボクに、彼女は一瞬呆気にとられたような表情をして。そうしてから、一拍ほど間を置いて吹き出した。


 ────違うよ。アキって、やっぱり面白い


 くっくっと肩を震わせる「彼女」に、ボクは首を傾げて。至極真面目に言ったつもりなんだけどななんて言葉を告げれば、その様子を見て彼女は再びくすくすと笑った。

 それがあまりにも楽しそうだったから、「嗚呼、もういいや」なんて頭の中で呟いた。


 ────もういいや。紫園が楽しければ、幸せなら、それで


 そんなことを思った過去の自分が、ボクの首を絞め上げているような気がして。無意識にまた首をかりかりと爪で引っ掻いた。

 友達とは、結局いったいどのような関係性なのだろう。恋愛感情が一種の依存であると仮定するならば、本来の友人関係はそれとはまた真反対のものなのかもしれない。


 ────それでも、愛されたくて、愛したくて、それで結んだ友人関係は、どれもこれも依存に過ぎないだろ


 吐き出された溜め息は、部屋の中で静かに霧散していった。



 思春期の発達における同性を好きだと思う感情は、何一つおかしいことではないのだと中学時代の保健の先生はそう言った。


 ────人はみな生まれつきそのような感情を持っていて、それが異性愛へと発展します。ですが同性愛と言うものは、心理的性的発達の停滞によって引き起こされるものであるため────…………


 紫園はボクの斜め前の席で、欠伸をしながらその授業を聞いていて。「(たちばな)さん!」と注意される声に、小さく首を(すく)めていた。

 その目がかちりとボクと合わさって、「馬鹿だなぁ」ど口をぱくぱくと動かせば、紫園もぱくぱくと口を動かしていて。「聞こえない」と再びぱくぱくと口を動かせば、紫園はペンケースの中に入っているメモ帳を取り出して、先生の目を盗んでそこへ書き付けると、ボクの方へ投げて寄越した。


 ────くだらないなって思ったのよ。同性が好きだとか、異性が好きだとか



 ────本当におかしいなんて思わなければ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()



 思わず紫園の方を見れば、彼女は少しだけ醒めた瞳で黒板の文字を見つめていた。



 最寄り駅に着くと小さく(くしゃみ)をしてから、頬に掛かる髪を耳に掛けた。

 季節は少しずつ暖かくなり出して、もう四月も終わるななんて頭の中でぼんやりと考えていた。

 舗装された通学路を、ローファーがこつこつと音を鳴らす。緑と黄色と橙色の光が柔らかく混ざりあって、ぼんやりと街を照らしていた。


「────あれ、晶ちゃん?」


 明るい声に振り返ると、そこに立っていたのは猫山さんで。茶色の柔らかそうな猫耳が風にふわりと揺れた。


「朝早いんだね」「はは、猫山さんこそ。どうしたの?」


「どうしたの」とは、「どうしてこんなに早いのか」と言う意味で。その意図を汲み取ってくれたのか、猫山さんは特に気に障った様子もなく「私は写真を撮るためにね」と言って、手元の一眼レフをいじった。


「────あ、そっか。今日から放課後に外に出て撮影だっけ」


 確か部長さんがそのようなことを言っていた気がするなとぼんやりと思い出して。浮かれていてすっかり忘れていたななんて思えば、猫山さんは「カメラ、忘れちゃった?」と問い掛ける。


「ううん、カメラは持ってるんだ。SDカードのストックもまだあるし、ジャージもあるし。────ただ、その」「ただ?」


 ボクは熱くなる耳元を隠すように耳に触れて、小さく「友達が出来たんだ」と呟いた。


「その、ボクは恥ずかしい話、昔からあまり友人自体が多くなくて。有り難い話、星花に来てから沢山の人と話す機会に恵まれているんだけど、」


 夢の残骸を引き摺るようにして歩いている。遠い過去の記憶は、いつだって残骸のようなものだ。


「────その、ずっと昔に沢山傷付けてしまった人が居てね。今でも無意識に誰かのことを傷付けていないか、心配で堪らなくなるんだ」


 開けられたブリスターパックと、ガラスに注がれた水。「半分になった水を見て、「もう半分」って思う人は悲観主義なんだって」と、紫園は眠気で呂律のまわらない口でそんなことを言っていた。


「だから、友達が出来たことで浮かれて、何かミスでもしたら嫌だなぁなんて思っちゃったんだ」


「心配かけてごめんね」と言えば、猫山さんはふるふると首を左右に振った。




「────晶ちゃん、なんか今日楽しそうだね」「────そうかな」


 そうだよと目の前で笑う莉奈ちゃんを見て思わず頬に手を当てれば、「良かったね」と彼女は微笑んだ。



「────だって楽しいって言うのは、満たされてるって事でしょ?」



「だから、良かったね」と微笑む彼女に曖昧に微笑み返して、生温いサラダを口に含んで咀嚼した。


「莉奈ちゃんも楽しそうだね?」


 咀嚼し終えてから、ごくりとそれを飲み込んで彼女に伝えれば、「そうだよ」と微笑んだ。


「────あのね、私やっと、もやもやしていた気持ちの答えが出そうなの」


 そう言って微笑む彼女に、何か悩み事があるのかなとぼんやりと考えて。「ボクで良ければいつでも相談に乗るよ」と言えば、莉奈ちゃんは一瞬目を丸くしてから、ふわりと微笑んだ。


「────ありがとう、晶ちゃん。じゃあ、いつか────」



 ────いつか、この気持ちの答え合わせをしてくれたら嬉しいな



 小さく吐き出された彼女の言葉は、少しだけ震えていた。




「あったかくなってきたねぇ」「そうだね」


 莉奈ちゃんと別れ、写真部の部室の扉を開けば、相変わらず猫山さんは来るのがとても早くて。なんとなく定位置となった向い合わせの席で、のんびりとお互いに好きなことを行う片手間に、とりとめのない会話を交わすことが日常の一部になりつつあった。


「晶ちゃんが一番最初に投稿してた()()、凄かったね」


 手元の一眼レフの露光量をいじりながら猫山さんに話された言葉に「最初?」と聞き返せば、「ええと、」と猫山さんはこちらを真っ直ぐに見つめて、


「────「傷跡」って作品。スニーカーと、桜の花弁と、紅茶の缶と、女の子の手かな?が映ってる」


 その言葉に、「ああ」と呟いて。「見てくれたんだ」と言えば、「もちろん」と猫山さんは微笑んだ。


「結構拡散されてたよね?前のシオンの花の写真もそうだったけど、静かな感じで凄く好きだったなぁ」


 にこにこと紡がれた言葉に、「ありがとう」と曖昧に微笑み返して。無意識に首もとに伸ばした手を慌てて引っ込めた。

「傷跡」も「シオンの花」も、ボクが「彼女」を想って創ったもののひとつだった。うまく言葉に伝えられない分、何とか作品を創ることでその気持ちを表現しようと試行錯誤を繰り返して。上手く出来たら、「彼女」に渡そうって。とは言え、完成前に彼女と()()()()()()()になってしまったから、そんなことも無駄だったのだけれど。

 せめて少しでも彼女に届いて欲しくて、SNSに載せたのだ。────彼女がそれを見てくれていたなんて、思いもしなかった。


「猫山さん」「なぁに?」


 明るい茶色の瞳が、柔らかくボクを見つめる。穏やかなその声に背中を押されるようにして、ゆっくりと言葉を紡いでゆく。



「────っその、ボクも君の作品が────」「こんにちはー」



 ガラガラと部室の戸を引く音に掻き消されるようにして消えていったボクの言葉は、結局ボクにしか聞こえなかった。




「────星花祭?」


 思わず聞き返せば、「そうそう」と写真部の部長は微笑んで、


「毎年9月の上旬から中旬にかけてが多いかな。平たく言えば文化祭だよ。()真部()は毎年、写真を印刷してパネルに貼って展示。「水張り」って言う方法でパネルを作ることも出来るけど、そこはまだ要相談って感じかな」


「何か質問はある?」と尋ねられた言葉にふるふると首を振れば、「はい、そしたら説明は以上です」とパンと手を叩くと


「じゃあ、今回は前に伝えた通り各自ジャージに着替えて校内の撮影をしましょう。まずはテクニックも何も気にしないで好きに撮影して来てね」


「解散」と言う声に、各自がそれぞれバラバラに立ち上がってジャージに着替えると、カメラを持って部室を出る。その様子を見ながら、「さて、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()」と思い、カメラバックを肩に掛けてふらふらと校内を歩いて行こうとすれば、


「────晶ちゃん、そっち旧校舎の方だよ」


「一緒にやろっか」と苦笑する猫山さんに、申し訳ない気持ちで「ありがとう」と微笑んだ。




「────とは言え、どこを撮影しようかが問題だね」


「うーん」と唸りながらふらふらと散策していると、「そんなに難しく考えなくても良いんじゃないかなぁ」と猫山さんはのんびりと笑った。


「────あ!」


 ふと花壇前に差し掛かると、そこにはジャージに着替えた園芸部員が花壇の手入れをしていた。

 その中に、髪を纏めた白石さんと「彼女」────川蝉さんの姿を見つける。


 ────ど、どうしよう、何か話した方が良いんだろうか


 そもそも昨日「友達になりましょう」なんて言ったばかりなのに、馴れ馴れしく話し掛けても良いんだろうか?いや、そのわりには白石さんに余計なことまで頼んでしまったけれども。そもそも友達の距離感って、一体────


「やっほー、白石さん!川蝉さん!」「────あらあら、こんにちは、猫ちゃん」「……こ、こんにちは」


 ボクが余計なことを考えている間に、猫山さんは二人に明るく話し掛けていて。それを見て、ますます焦る気持ちが加速してゆく。

 そう言えば、猫山さんは二人と同じ三組なんだっけ。クラス単位でなら関わる機会も多いし、仲が良いことも頷ける。

 ボクは「もー結ちゃん、猫ちゃんはやめてってばー」と笑う明るい声をぼんやりと聞きながら、少しだけ心に黒くもやがかかったような感覚には気付かない振りをしていた。

 結局のところ、ボクは自分自身に自信がないのだ。だから今、猫山さんが手招きをしてくれたことでやっと会話の輪に加わることが出来たし、それを白石さんと川蝉さんが受け入れてくれたことで、やっと「ああ、ここにいても良いのか」なんて思うことが出来た。

 自分を変えたくて、そのために星花に来たのに。結局何一つ変えられないまま、()()()に蹲っているままだ。


「────…………塩瀬さん、大丈夫、ですか?」


 穏やかに紡がれた言葉に、小さく微笑んで。「ありがとう、大丈夫だよ」と返した。


「────綺麗だね」


 川蝉さんが手元に持っている花の苗に目を遣ると、「アスクレピアスって、言うんです」と柔らかく言葉を紡いだ。


「オレンジ色と朱色の、二色の花が咲くんです。…………その、苗植え時期が4月から7月なので、そろそろ植えようかって皆で話していて」


 どこかぎこちないボク達の会話を聞いて、「ふふ」と白石さんと猫山さんは微笑んだ。


「────ね、でも、晶ちゃんと弥斗ちゃんってクラス違うよね?」


 不思議そうに問われた言葉に、互いに顔を見合わせて。川蝉さんがゆっくりと微笑んでから、「以前、お会いしたことがあって」と言葉を紡いだ。


「そうなんだ。クラス違うのに、不思議な縁もあるよねぇ」「ふふ、そうねぇ」


 白石さんは相変わらずにこにこと微笑みながら、


「私も、猫ちゃんも、弥斗ちゃんも、塩瀬さんも、百合葉ちゃん達もみーんな、ご縁があって互いに出逢ったのかもしれないわね」


「人の縁って不思議ねぇ」と微笑みながら手元の苗を撫でる白石さんを見て、はっと意識を引き戻す。


「────っと、ごめん。長話してしまって」


「そろそろ戻ろうか」と猫山さんに声を掛ければ、猫山さんも手元の腕時計を見て、「ほんとだ!そろそろ戻らないと」と言うと、「じゃあね!」と手を振って戻ってゆく。


「…………あ、はい」「あらあら、またね?」


 ────縁、ね


 ()()と出逢ったのも縁のひとつなのかなぁなんて、ぼんやりと頭の中で考えていた。




「お疲れ様でした」「お疲れ様ー」


 活動を終え挨拶を済ませると、鞄を肩に掛けて教室を出る。携帯で時間を確認して、「今から出れば七時には駅に着くな」なんて思いながら部室の戸を引くと、「晶ちゃん、途中まで一緒に帰ろうよ」と猫山さんから声を掛けられる。


「ああ、もちろんだよ。ボクで良ければ」「良かった」


 リノリウムの廊下の上を、二人分の足音が響いていた。所々きゅっと言う音を鳴らしながら、「あったかくなってきたねぇ」なんてのんびりと言われた言葉に、「そうだね」と返した。


 ────ヴーッ


 不意に携帯電話が低い唸り声を上げた。「先行ってて」と猫山さんに伝えながら廊下の端に寄って画面を確認すれば、どうやらそれはSNSの通知のようで。



「────Aster(アスター)?」



 星を意味するその言葉は、思い返してもボクの知り合いには居なくて。とは言えSNSなのだから、知らない人が居て当然かとその時のボクはかちりと電源ボタンを押してスリープモードに落とし、そのまま放置してしまっていた。


「晶ちゃん?」「ごめん、何でもなかった」


 ボクは鞄を肩に掛け直すと、猫山さんの方へ駆け寄る。その時には「Aster」と言うその名前は、気にも留めていなかった。


 ────キク科シオン属の多年草であるその花は、学名はAster tataricusで、属名の「Aster」はギリシャ語である。指し示す意味は星で、後半の「tataricus」は種名。薬草として伝わったものの、花の美しさから薬草ではなく観賞用としての栽培の方が盛んになったらしい。

 その可憐な見た目に反して荒れ地でも咲くとても強い花で、空き地や荒れ地などに自生していることも多い。


 ────ねえ、アキ


 だから今となってはそのアカウントが、()()()()()()()()()()()()()()()()、手に取るように解るのに。間抜けなボクは結局のところ、そのまま放置してしまっていたのだ。


「じゃあ、また明日ね」「うん、また明日」


 それぞれの帰り道の方向へ向かうために手を振ると、ボクはICカードを改札に通して入場し、電光掲示板に表示された時刻を確認すると、タイミング良く兄から『今から帰宅します』とメッセージアプリの通知が届いた。


『ボクも今から帰ります。帰宅時間は────』


 帰宅時間を送ると、既読を示すマークが左側に表示されて。それを確認すると、かちりと電源ボタンを押してスリープモードに切り替えた。

 タイミング良くホームに滑り込んできた電車に乗ると、思いの外混んだ車内で、つり革に掴まる。


 ────きっと今思えば、もうこの時から()()()()()()()()。だからこれは、気付かなかったボクへの罰のようなものだ。


 星花へ行くことも、「彼女」を追わなかったことも、選択したのは全てボクで。だからきっと、責められるべきはボクなんだろう。

 後悔は先に立たず、覆水は盆に返らない。終わったことは悔やんでも決して元には戻らないのだ。────そんなこと、解っていたはずなのに。



 ────あたしは貴女のこと、大嫌いよ



 だからボクはきっと、()()()に閉じ込められたままの方が良かったのだ。焼けたアスファルトの匂いと、泣きたくなるようなあの蝉の鳴き声を聞いて、そこで全てを終わらせてしまえば良かったのに。

 他人の気持ちに鈍感になって、他人を無意識に傷つけた。だから、これはきっとその報いだ。



 ────傷付いたアキの顔を見ると、凄く満たされるの



 ────ボクと彼女の中で、()()()はまだ終わってはいなかったのに。



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