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人機狭間の魔纏機姫〈フランケニズム・マトゥウィザーズ〉  作者: 郁崎有空
二章 マルチロイドは死に人の夢を見るか?
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 褐色疾風騎(カッシキホバー)を使うまでもなく、ナツミは独りよがり(アローンハート)の捜索を始める。

 辺りに戦闘ヘリのやかましいローター音が轟いており、自衛隊員が辺りの建物をくまなく調査している。

 空中の投射ホログラムを管理していた飛行ドローンを戦闘ヘリに巻き込まれないよう避難させた近辺では、どこにでもあるはずのホログラムの彩りが消えていた。

 ナツミは群青の統べる大空に新鮮味を感じた。深海から海上を羨望する魚のように、立ち止まって空の彼方に手を伸ばす。どこまでも続く彼方へ届くには到底及ばないが、なにかホッとした気分にさせた。

 再び歩き出そうとした時、無線機から声が聞こえた。

『謎の集団が落下傘にて侵入。簡易外骨格(パワーアシスト)装着者十五、強化甲冑(パワードスーツ)装着者一を確認』

 強化甲冑という単語に息が止まる。構造物が低い周期で降下することはない。独りよがり(アローンハート)にかこつけてきたと判断するのが正しかった。

 辺りが騒然として各々が動き出す。一部の自衛隊員はどこかへと急ぐ。

 ナツミは歯を噛み合わせて加速装置を起動。一秒も経たない瞬時、ナツミはふわりとしたヴェールに羽衣をまとったドレス姿に変わった。

 ポーチから面頬を取り出して装着する。耳当ての受信機がしっかり固定されたことを確認すると、伸縮杖を一振りして伸ばした。

「こちら一ノ宮。捜索現場にて簡易外骨格十五と強化甲冑一を確認。独りよがり(アローンハート)を利用して騒動を起こすよう誘導するつもりだと思われます」

『了解。武装はどのように?』構造物ではないためか、今回はオペレーターが返答。

「青龍を頼みます」

『了解。MW4出動準備。外骨格の装着者は殺さず外骨格の停止・確保に専念してください』

 踵からエネルギー・ヴェールを出力。焔の如く迸って推力を生み、大地を蹴って高く跳躍する。宙返りで留まり、感動する間もなく広大な空を見回すと、戦闘ヘリに紛れて落ちていく十数人の人影を視認した。

 強大な力を持つ上で一番難しいことは、豆腐のように脆いものでも壊さないほどの精密な制御をすることだ。そして、ナツミの操るヴェール単体の性質は精密性が存在しない、対象を骨まで食らう餓鬼のような火球だった。

 面頬の受信部下のスイッチを押して個人回線に切り替える。面頬と無線接続した義眼にリストを映し、スライド操作でサクラを選択。

「こちら一ノ宮。空へ飛んでみない? 今ならとても大きなタンポポの綿毛が見れるんだけど」

『もしかして外骨格の奴らのことですか? だったら一ノ宮さんが一人でどうにかすればいいじゃないですか? こっちは殺人マルチロイドを探すのに必死なんです』

「綿毛を受け止めるには自分の手は熱すぎてね。その手は種子をも燃やしかねない」

『……分かりました』

「別で後払いするからさ。とにかく頼んだよ」

 面頬を個人回線から元に戻し、潜水するように地上へと飛び込み踵のヴェールを爆発的に噴出する。地面に突き当たるところで地面を足に下ろしてヴェールの出力を調整し、踵からヴェールを逆噴射して静かに着地。

 入れ違いに少女が空へ急上昇する。白いクロスボウを遠くの落下傘に構えて狙う。

 青龍は精密性が高いが、火器型に勝らない。適材適所、あるべき場所にあるべき人材を配置するに越したことはない。だからこそ、使うタイミングは今ではない。

 強化甲冑たちの降下した位置から独りよがり(アローンハート)は合流できる位置にいるということだと推測する。ナツミには未だ誰の目にも入らない仕掛けが分からなかった。しかし、分からないものはやはりどうしようもないと踏ん切りをつけることに落ち着いた。

 PGを起動し一つの番号に発信。やがて前方から遠隔操作した褐色烈風騎(カッシキホバー)が者どもを巧みにかわし、半円のスピンを描くとともに現れた。

 伸縮杖を戻してポーチに放り込み、暴れ狂う赤兎馬をあやすかのようにグリップという手綱を握り飛び乗る。ヴェールのバリアを全体にに薄く形成し、スロットルグリップを回す。たちまち排気音(エキゾーストノート)の咆哮が唸った。

 烈風騎の咆哮で集まる自衛隊員たちの視線をよそに、アフターバーナを点火。暴風が吹きつける感覚と共に暴力的な発進をした。


 AMC製の特殊輸送機から降下して、全員の落下傘が開いた。

 狙撃騎士はバイザーの上にかけていた高度認識スコープで見回し、ずっと距離のある物体を捉えた。戦闘ヘリ二機、そして——空に浮かぶ少女が一人。

 赤々とした彩色とは違う、白いドレスとブロンドの髪。スコープの解析度の限界により、両手で何かを構えているか分からない。一昨日とは違う相手だが、どちらにせよ彼らのやることは一つだった。

 フェイスメットの耳にある通信機受信部を操作してオープン回線で通信を入れる。

「落下傘を切り離せ!」

 各々が簡易外骨格のスイッチを押すと、後部の仕込みカッターが落下傘のワイヤーを切断する。途端に、急降下して下へ下へと早まり始めた。

 切り離された落下傘の一つが白い一閃に貫かれて燃え散る。光速で燃える落下傘に背筋が冷える。

 彼らの嫌な予感が的中した。少女はクロスボウを落下傘から外骨格部隊に向けると、一人の簡易外骨格エネルギーパックを的確に一閃の光線が貫いた。

 外骨格を狙われた隊員は煙と共に動きが止まる。動かぬ四肢に狼狽して悲鳴混じりに助けを求めた。

 末路が見える死の目前は見るも酷なものだ。狙撃騎士は彼から目を逸らして通信を入れる。

「構うな! アーム・ワイヤーを降下先の建物に打ち込め!」

『……ッ了解!』

 強化甲冑の右マニピュレーターを下の建物に向けて腹部に突出したコマンドスイッチの一つを押す。前腕マニピュレーターに装備された付属射出筒から三本爪のロボットアーム付きのワイヤーを放った。

 弧を描いて下へと飛んでいき、高層ビルの屋上に爪が着地する。固定されたワイヤーが自動で巻き戻されて着地点へと引き寄せられる。

 狙撃騎士は振り返る。片端から光線を撃ち込まれて機動停止する隊員の姿。自分もいつあのようになるか分からない戦慄が、電流となって全身を駆ける。

 加えて六人がワイヤーを射出する前にエネルギーパックを撃たれて停止。五人がワイヤーを射出する途中で停止する。二人がワイヤーを着地させて巻き戻そうという時に停止。

「降下後は例の場所へ向かえ! PGにダウンロードしたデータは着地後に消すように!」

『了解!』

 二人の隊員と狙撃騎士は着地点へと引かれていく。動く的には当てることも難しいはずだと鼻で笑う。だが、彼の視界に謎の飛行体が姿を現した。

 落ちる隊員の下でその飛行体はそれを中心としたブロック状のフィールドを形成し、その中に追突しようとする隊員たちを柔らかく受け止め沈み込ませる。粘性の高いジェルに飛び込んだように、彼らは空間にゆっくり沈み込む。

 間違いなく向こうの仲間(グル)だ、奴らの目的はこれだったのだ。何もない空に憎しみをぶつけるものはなく、歯ぎしりが覆面(フェイスメット)の中で鳴る。

 飛行体と少女の姿をしっかりバイザーに認識。データをより多く記録するために、彼はそれらを強く睨む。

 着地点が近くなると視線をそちらへと向ける。スイッチを再び押して三本爪のアームを放す。着地時に脚部の緩衝エアバッグが作動する。それでもなお抑えられなかった衝撃が足裏へとかかるが、すぐさま走り出す。

 バイザーディスプレイのレーダーでの味方表示が二つ消える。

「おいどうした! 応答しろ!」

 狙撃騎士の声に応答はない。着地にかこつけてエネルギーパックを貫かれたのだろう。狙撃騎士は自棄気味にビルを飛び降り、隣のビルの壁面へとアーム・ワイヤーを射出して引っ掛ける。ビルの壁に爪が強く食い込んだ。

 別のスイッチを押して、光学迷彩を起動。この機能はエネルギーを多く食うために使うまいとしていたが、流石に今は予防線は張るに越したことがない。

 ワイヤーを戻して、再び射出。二度もビルを蹴り、三度目に勢いをつける。勢いよくビルに肉薄し、アームワイヤーを外すとともに、四度目の蹴撃で強化甲冑の蹄鉄がガラス面を粉々に砕いた。

 生身なら破片で血だらけになっていたこの状況も、強化甲冑にかかればどうとでもなる。狙撃騎士こと亘はつくづくこの鎧の実力を痛感しながら、床に受け身を取った。


 ナツミは未だアフターバーナを噴射させている烈風騎を蹴って飛び降りる。烈風騎は自動運転モードに切り替わってスピンして止まる。

独りよがり(アローンハート)がどのようなところにいるか分かりました』

「それで? どこにいるわけ?」

『それが……』

 サクラは口ごもったが、小さく呟く声すらも内蔵マイクは拾っていた。

「——もう潜入してるの⁉︎ どうやって⁉︎」

『分かったら言ってますよ! とにかく、マルチロイドだけでなく、周囲の人間の調査もお願いします』

「マルチロイドはともかく、なぜ人を?」

『マルチロイド単体で出来る芸当ではないと思うんです。馬鹿な善意で野良ロボットを匿うなんてパターンも考えられますから』

 ナツミは納得し、得意げに鼻を鳴らす。

「なるほどね。となると、わたしは賞金稼ぎのデッカードってことか」

『フォークト=カンプフのセットもレーザー銃もありませんけどね。もっとも、知能があるんでジョークくらいなら聞いてくれそうではありますが……』

「なるほど。くびり殺されそうなジョークでいいんだね」

 通信を切る。伸縮杖を伸ばして、の捜索を続けている人だかりに向かう。白黒に赤いパトランプを光らせた警察署所有のマルチロイド。地味な作業をまたしなければならないかと思うだけで、より疲れが増した気がした。

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