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小さな国だった物語~  作者: よち


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【90.疑念の答え】

夕刻を迎えた、国王居住区の寝室。


相変わらず、トゥーラの王妃は灰白色の石壁の空間が自身を守る唯一の囲いでもあるかのように、ベッドの上で小さな身体を起こし、背中を丸めた小動物のように塞いでいた。


「……」


傍らの丸椅子には、努めて平穏を浮かべるも、眉尻を僅かに下げたロイズが座っている。


国王としての彼なのか、愛する伴侶としての彼なのか…


後者であってほしいと願いながらも、それでは拗ねた子供のようで話にならないと、リアの心は負い目で満ちていた――



小一時間前のこと。


「…いいよ?」


黙したままで、開いたままの扉からひょこっと覗いたロイズの顔を認めると、ベッドで横になっていた小さな王妃は、シーツから顔だけを出した状態で、可笑しさと嬉しさを半分ずつ混ぜ合わせたような気持ちではにかんだ。

傍らで座っていたマルマが螺旋階段を登ってくる足音に気が付いて席を外した事から、彼が姿を現すことは織り込み済みであったのだ。


「体調、どう?」


身体を起こそうとするリアに合わせるように、入室を許されたロイズが足を進めて丸椅子を手に取ると、腰を下ろしながら何気に口を開いた。


「うん。少しずつ…ね」

「そっか」


リアの反応は、概ね予想通りだ。

体調は変わらないが、塞いだ気分はきっと、少しでも和らいでいる…といった感じなのだろう。

恐らくは、本人でも対処方法は分からない。日常で起こる不幸や失敗と違って、一日や二日で劇的に変わるようなものでもない――


そんなものを汲み取った伴侶は、そりゃそうだよねといった感じの、空気のような相槌を送った。


「……」


リアもまた、彼の配慮を感じ取る。

不甲斐ない自分…そんなものを認めつつも、どうしても立ち上がる事の出来ない己の感情に、抗う事ができないのだ。


立ち上がったなら、戻れない…


臆病な思考が大きな畏怖に育って、殊更に態度を硬化させていた――


「そういえば、マルマがね…」

「うん」


それでも誰よりロイズを理解している彼女は、前向きとなるべく、草木の無くなった土くれに水を与えるように、小さな萌芽になるかもしれないと、俯いたままで小さな声を注いだ。


「ラッセルが、私に謝りたいって…」

「……」

「なんで?」


あなたは、当然知っているのでしょう?


視野を広げる問い掛けが、ようやくロイズの瞳へと視線を預ける事ができたリアから発せられた。


「……」


話すべきか…


一瞬だけ迷ったが、前向きな発言の機会を逃す事も無いだろうと、ロイズはあの日、リアが屋上から寝室へと運ばれた、開戦初日の夜からの顛末を語った――


語られた内容は、監視役のリアの代役として、ラッセルを屋上へと配置させた事。

その際に、敵の姿は見えないが、北側には注意しろと告げていたにも関わらず、他方面に気を削がれ、北からの襲撃に気付くのが遅れた事。

慌てて屋上を放棄して、襲撃を触れ回った際にアンジェの娘を助けた事などである――


「それで、自分が屋上に残っていたら、リアを助けられたのにって…そういう事だと思う」

「……」


体調を考慮したロイズなりの概要は、すんなりとリアの頭脳に組み込まれた。


「それは…私が助かっていたら、メイちゃんは死んでたかもしれないって事?」

「え?」

「だったら…べつに私は生きてるし、失敗はしたんだけど、挽回もした。トゥーラも落とされずに済んだし、メイちゃんも助かった。結果論だけど、それでいいじゃない」

「……」


確かに、彼女の視点ではそれで良いのかもしれない。


それでもラッセルからしてみれば、参謀の命を危険に晒したという事実は、何よりの失態だと感じても仕方がないと思われた。


「リアはそうでも、あいつはそんなふうに割り切れないと思うよ?」


優しい口調で言い含めるように、ロイズが語る。


「…そうかもね」


リアもまた、伴侶の発言に理解だけは示すのだった――




戦いが終わっても、ロイズは変わらず城の地階にある、使用人の支度部屋にて睡眠を取っていた。


二階への移動も考えたが、一人用の藁のベッドと机が一つ。シンプルにして明確な用途を表現するこの部屋に、彼の心は徐々に惹かれていったのだ。


当然ながら、王妃の隣が居るべき場所である。

しかしながら、期限付きという条件が、殊更に一時(いっとき)の質素な居住区への愛着を募らせた。


「国王様」


身体を清め、臨時の執務室という名の秘密基地へと足を進めていたロイズに声を掛けたのは、女中のマルマである。

食堂で椅子に座って廊下を眺め、ロイズが通り掛かるのを待っていたのか。ランプを片手に、摺り足で追いかけるようにしてやってきた。


「…どうしたの?」


容態が安定してきた事もあってか、リアの看病は彼女が担っている。

そんなマルマが声を掛けてきて、何事かと一瞬胸が高鳴ったが、どうやら緊急の要件では無いらしい。

少し痩せたようにも見える彼女に対して、ロイズは気遣うような声を発した。


「どうしたら…良いでしょうか?」

「うん?」


相談事だろうか。

いつも朗らかな彼女にしては珍しい(しお)れた姿に、ロイズは平静を装いながらも、眉尻を僅かに下げるのだった――



「王妃様に、何をどこまで話してよいのか、分からなくて…」


誰も居なくなった食堂へと移動して、奥の席を選んで座ったところで、マルマが当惑の表情を浮かべた。


「ああ。それならさっき、話しておいたよ。マルマなりに、なんでも話して良いよ」

「本当ですか? 良かった…」


思いも寄らないロイズの返答に、両肩を上げて驚くと、マルマは胸を大きくなで下ろした。


「明るい話をする雰囲気にもならないし、王妃様の知らないお話しをするのは、私の役目ではありませんし…」


言いながら、マルマの視線が下げてゆく。


「リア様は、お辛そうだし…」


そしてロイズの視線から、茶褐色の柔らかそうな髪の中心が窺えるほどになった――


「……」


彼女なりに、力不足を感じていたのかもしれない。

王妃を慕い、憧れだと公言する彼女を側に置くことは、誰もが当然の配置だと納得をしている。


しかしながら彼女でさえ、リアの心を解すことは出来なかった…


いや、そうではない。出来なかったという以前に、手札が限られていたのだ。

狭い空間で手段はなく、あれこれと苦心をしながらも、思ったようにはならない病室の空気を、彼女の持つ温かな存在感によってなんとか保っていたのだ――


「ありがとうな、マルマ…」

「え?」


苦悩を幾らかでも受け取るように、ロイズが感謝を表すと、唐突な労いにマルマの視線が思わずが上がった。


「それでも、リアの隣は、君しかいなかったと思うよ」


螺旋階段を登って見える場景…

気持ちふっくらとした姿が視界に入れば、安心を纏う事が出来たのだ…

それこそは、女中頭のアンジェですら成し得ない、彼女でなければ生まれなかった心情であろう――


優しい声音で、ロイズは重ねて感謝を捧げるのだった――


「それと、もう一つ…」


労いの言葉によって潤んだ瞳を覗かせるマルマに、ロイズは更なる謝意を送った。


「ラッセルの事を、マルマが伝えてくれたから、話が進んだんだ」

「……」

「僕からでは、なかなか話せなくてね…」


戦闘の詳細を語っては、またもやリアに負担をかけてしまう――

テーブルの上で両手を組んで、ロイズは面目ないと口を開いた。


「あの! リア様は…」


すると、両手を膝の上に置き、少しだけ胸を前にしたマルマから、語頭の鋭い声が発せられた。


「うん?」


突然の発声に対してロイズが短く促すと、マルマは茶色い瞳を覗かせて、強い口調になって尋ねた。


「リア様は、どうして屋上にいらしたのですか?」

「……」


それこそは、開戦の初日以来、マルマがずっと疑念に思っていた事象である。


あの方は、およそ皆が想像する一般の王妃様とは、随分と異なっている…

侍女も従えずに屋外へと飛び出すし、私達と一緒になって厨房でご飯を作ったり、そのまま食堂で食べる事になったり…


勿論、女中達わたしたちと年齢が近いというのはあるだろうが、それでも一国の王妃である。

見かねた上司(アンジェ)からは、常に女中としての節度は保つようにと小言を言われるほどであった。


そんな奔放な王妃様が、晴れた日のカタツムリのように3階の居住区でじっとしている訳がない。


だからこそ開戦の日、一人で屋上にいた事が不思議でならなかったのだ――


何かしら、理由があったのでは?


浮かんだ疑念の結論が、こうしたものになるのは当然の帰結であった――



「リアには、屋上に居てもらったんだ」

「……」

「勿論、あいつが望んだ事ではあるんだけど…」

「……」


マルマにとっては、まるで言い訳に聞こえた。

戦いの二日目。薄い顔の男が監視に就いていた場所に、前日、彼女が立っていた…


例え望んだからといって、王妃という立場の…いや、この国に住まう女性に対して、たった一人で担う重要な任務をこの夏の炎天下に与えるなど、正気の沙汰ではない。


「リア様は…女の人ですよ…」

「……」

「私と変わらない…いいえ。私よりも小さくて、細くて、可愛くて…」


弱った華奢な身体が、マルマの脳裏に浮かんでくる。


食卓の上。絡み合った両手を一点に見据える彼女の瞳から、哀しさが溢れ出た――

そこに涙の無い事が、一層の訴えを顕示している…


「そうだね…」


しかしながら、伴侶は一人で居ることを望んだ――

戦闘を想起させる四方向。配置に足る人材は居なかったし、彼女自身が指揮を執るという姿を他人に見せる訳にはいかない――


いつだって、彼女が政務や軍事の指示を渡すのは、ロイズか尚書に対してだけなのだ――



「ごめん…」


だからといって、後悔の念が起こらないわけではない。


自身に対する慚愧を含んで、ロイズは短い言葉を発するのだった――

お読みいただきありがとうございました。

感想等、ぜひお寄せください(o*。_。)o

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