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小さな国だった物語~  作者: よち


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88/218

【88.理想の話】

戦いの傷跡は、トゥーラの都市城壁、内側だけの話ではない。


一つの例を挙げるなら、都市城壁の外側には野菜を育てる畑たちが存在していたのだ。


捕虜となっている敗残兵に、巨大な落とし穴の埋め立て作業という名の仲間の埋葬の次にやってきた労役は、都市城壁西側での畑づくりであった。


キュウリにトマトといった夏の野菜たちを収穫したところで、蹂躙された畑たち…

彼らの修復をしやがれ。という事である。


「ごもっとも」


一言は、美将軍(ライエル)から次なる労役と理由が告げられた際に、捕虜の一人が肩を(すく)めて呟いたものである――



「他の奴らは、どうなったかな…」

「そろそろ、国に戻ってる頃だがな」


都市城壁の西側で一人が呟くと、同じく捕虜となっているスモレンスクの副将ブランヒルが遠く西の空を眺めながら見解を口にした。


「カプスが一緒だ。食料もここから送られたって事だからな。まさか、死んではいないだろう」

「そうですね…」


トゥーラの国王との会談。

語った内容の全貌を、仲間に伝える事は避けてみた。


やってきた休戦という提案を、結論として話し始めるのではなく、意図的に導いてみようと考えたのだ。


たった二日間の戦いに敗れただけで、戦力は存分に残っている――

それほどに、侵略者側から見たならば、休戦は突拍子もない提案なのだ。


「……」


戦争継続の意識を覆す任務。それも、巨大な国家の。


一介の将に為せるとは到底思えなかったが、兎も角心が動いたことだけは確かである。


動いた心を、誰かの心へと伝播させてみる…


一人で良いならば、絶対無理という話でも無いのでは?


それが繋がっていったなら、或いは…


浮かんだ妄想を指針として、男は踏み出そうと心に決めた――




正午になろうかという時刻。太陽の厳しい光は西側に伸びていた影を消し、休憩中の男たちの日焼けした黒い顔を容赦なく照らしていた。


「おい、あれ…」


突然に、一人の男が南側に視線を送った。


「ダイルか!?」


男たちが促された方へと視線を向けると、左側に続くトゥーラの都市城壁の陰から、麻縄によって手足の自由を制限されながらも、一台の荷車を惹いてこちらへと向かってくる男の姿が目に入った。


「生きてたか!」


足首同士を縛る麻縄にも慣れてきた。

細かく足を動かして、男たちの中から進み出たのは、スモレンスクの長身の副将である。


「ベインズさん!」


荷車の引手を持ったまま、ダイルが高い声を発した。

トゥーラの城内へと侵入を果たした末に、槍で刺されたダイルを背後から救ったのがベインズだ。


「俺が、牽いてやる」

「あ、ありがとうございます!」


歩けるまでになったとはいえ、刺された脇腹は痛む筈。

羽織った薄い上着から覗く、胴体にさらし布をぐるぐると巻き付けた痛々しい姿に、ベインズが急かすように交代を申し出ると、ダイルは素直に従った。


「く…」

「おいおい、大丈夫か?」


交代しようと腰を落としたダイルだったが、眉間に皺を寄せると、思わず呻き声を発した。

それを見かねた長身のベインズが、荷車の引手を持ち上げながら、心配そうに声を掛ける。


「足は、なんとか動くのです。国へ帰る為にも、そろそろ動かないと…」

「そうだな」


助けた命が、国まで還る――

ベインズは優しい表情になって、一言を返した。


「正直、死んだと思ってたよ」

「勝手に殺すな」

「ははは」


明るい表情たちが、仲間の帰還を出迎えた。


「よく、戻ったな」

「ええ。殺されずに済みました」

「少し、痩せたか?」


中肉中背といった背格好だが、頬の辺りには張りが無い。近況を問うように、盛り土に腰を下ろしたブランヒルが尋ねた。


「さすがにロクなもの、食べてませんから」

「そうなのか?」

「そうですよ。持ってきた兵糧よりも、質素でしたよ。肉が無きゃ、力も出ねえ」


不満そうに言いながら、ダイルが右手の親指を後ろに向けて、荷車を指す。

合流ついでにと役人から託された積み荷は、飲料水と昼食だ。干し肉とパンという定番の献立だが、それよりも貧しい食事だったとダイルは嘆きの声を吐き出した。


「どこに居たんだ?」

「俺をぶっ刺した、男の家ですよ」

「なに?」

「なんでも、この国の王様が、面倒見ろって言ったらしいです」

「……」


一般の家庭では、肉は高級食材だ。

決して嫌がらせで与えなかった訳では無かろうと、ブランヒルは心に留めた。


「カデイナって奴が看病してくれたんですけど、そいつも、俺を刺したんですよ」

「は?」


次なる発言に、仲間の一人が口を挟んだ。


「それ、女だろ?」

「ああ」

「女に刺されたのか?」

「ああ、背後からな」

「とんでもねえ奴だな。どんな女だよ」

「どんなって…」


言いながら、彼女の姿を浮かべてみる…


「……」


浮かんできたのは、空を背景に、短い紅茶色の髪の毛の、凛とした立ち姿――


動けないと訴えて、服を脱がされ、水を浴びせられ、木の板に載せられて夏の太陽に干されて、身体を乾かした。


「もう、大丈夫そうね」


そして、家屋に入るとベッドに寝かされた――


ふわっとやわらかな髪を近くに寄せて、痣だらけの顔に軟膏を塗ってくれ――


「良い顔が、台無しですよ」


細い指先で、鼻の頭をちょんと触って、痛みが走る――


「……」


気恥ずかしくなって、声をつぐんだ…


「まあ…普通の奴だよ」


仲間からの揶揄(からか)いに、彼女を(けな)すような発言は、どうしたって出てくる事は無かった――


「同じ、飯だったんだろ?」

「え? まあ、そうですけどね」


ブランヒルの確認に、ダイルは恐縮しながら答えた。


「だったら、文句は言えねえな」

「…そうですね」


上司からの諭すような発言に、ダイルはじんわりとした痛みの残る高い鼻の頭を、指先でちょこんと触れてみた――



「……」


腰を下ろしたままのブランヒルは、仲間を眺めながら考える。


国王ロイズの指示により、ダイルは民家で看病を受けたと話した。

つまり、あの男は殺された遺族の手によって、仇を看病させたという訳だ――


彼の行動から、見えるもの…


都市城壁の内側で起こるであろう、住民の怒りや衝動の、緩和を図ること――


つまりは遺恨を軽減し、争いの火種と燃料を無くすこと――


命令が下されようとも、実際の戦いは、戦場で兵士が行うものである。


双方に戦う意志が無いのなら、戦闘の火蓋が切られることすらないのではないか?


「……」


示し合わせた訳では無いが、同じ想いだと確信をするのは、考え過ぎだろうか…



「傷は、大丈夫なのか?」

「痛みは、ありますけどね」


ダイルの運んできた楕円のパンを噛みちぎってブランヒルが口を開くと、ダイルは麻色が鮮やかな腹部のさらし布へと目を向けた。


「女に看病してもらえて、いい身分だな」


長身のベインズが一人を連れ立って腰を下ろすと、高い声になって揶揄った。


「この暑い中、俺たちはずっと土をいじってたんだぞ!」

「そうだ。俺だってケガしてたのに、一日中、土の上で寝てたんだ!」

「こっちは、死にそうだったんですよ。さっき、死んだと思ってたって言ってたじゃないですか!」

「そういや、そうだな」


弾む会話に、笑い声が上がった――


「ところで、ここの奴等の生活は、どうなんだ?」


ダイルに顔を向けたブランヒルが、何気に尋ねた。


「まあ、質素ですね。スモレンスク(ウチら)の平民以下だと思いますよ?」

「そうか…」

「スモレンスクに住んだら、良い暮らしができるぞって言ってやったんですけどね…」

「なんだ? 惚れたのか?」


残念そうな発言に、ベインズが揶揄った。


「そんなんじゃないですよ!」

「そんなもん、ここを襲って、娘を奪っちまえばいいじゃねえか」

「……」


その発想は、無かった。


「ま、まあ、そうですね…」


手っ取り早いと得意気な提案ではあったが、高い鼻の男は躊躇(ためら)って口を濁した――


「さあ、国へ帰してもらう為にも、仕事をするぞ!」


ベインズの発言こそが、現在のスモレンスク。いや、現在の世界の見識を表している――

スッと立ち上がったブランヒルが、ダイルへの雑音を払い除けた。


信用されているのか、監視兵の数は二人に減っている。

しかしながら、与えられた労役の手を抜く事は、軍を率いる将としての誇りが許さなかった。


「俺も、手伝いますよ」


言いながら、ダイルが薄い上着を脱ごうとする。

汗の滲む暑い日差しの中にあっては、少しでも身軽になりたかったのだ。


「イテテ…」


脇腹の痛みに顔をしかめると、ブランヒルが背中に回って上着を脱ぐのを手伝った。


「何か、挟まってるぞ?」

「え?」


上着の下に覗いたのは、人柄が表れた、丁寧に巻かれたさらし布だった。

貧しい家庭では貴重であろうに、新品の一枚布…


言いながら、ブランヒルが手を伸ばす。

さらし布に挟まっていたものは、二つ折りにされた手のひら大の紙片であった――


「なんだ? 恋文か?」

「おいおい、冗談じゃないぞ!」


それぞれに鍬を持ち、足を進めた仲間たちが戻って来る。


「……」


それを開いたブランヒルは、一読すると、そっとダイルに紙片を手渡した。



『もう来るな!』



赤い大きな字体で、一言書かれたメッセージ…


「……」


揶揄う仲間たちの笑い声の中で、ダイルは膝を崩して顔を覆った、カデイナの言葉を思い起こした――

お読みいただき、ありがとうございました。


この項で書いた内容は、一つの理想…夢物語かもしれません。

しかし、実際に戦場で相対した時に、双方が武器を置けば死者は出ない訳で…


現代社会に照らすと、グローバルになった分、敵対する国家に知り合いや友人、取引相手が生まれています。

不戦の誓い、戦争なんて愚かな事だと共感をする事…

そんな市民レベルの繋がりが、国家の思惑を凌駕するなんて事…無いですかね…

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