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小さな国だった物語~  作者: よち


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73/218

【73.精一杯】

夏の太陽は、沈みそうなところから、なかなか落ちていかない。

夜に抗い続ける恩恵を受けたトゥーラでは、グレンとライエルの二人の将軍が、負傷した国王付きのラッセルの見舞いをする為に、大広間へと足を運んでいた。


「え? あの人、そんなに偉い人だったの?」

「ライエル様のお知り合いだったなんて…優しくしておけば良かった…」


二人の来訪を遠巻きに眺める女中たちの多くは、この時初めて、薄い顔の尚書に対しての認識を改めた。



「わざわざ、ありがとうございます」


二人の姿が現れて上半身を起こしたラッセルが、やつれた顔に浮かんだ細い瞳を下げながら恐縮をした。


「なに。ちょっとイジれる相手が居ないと、寂しくてな」

「私の立ち位置って、どんなんですか…」


グレンの冗談とも本音とも付かない発言に、ラッセルが顎を上げて精一杯の抵抗を表した。


「慕われているんですよ」


二人の発言を眺めたライエルが、整った顔立ちに頬を緩めながら励ました。


「お前が言っても、説得力無いけどね…」


大広間の壁沿いには、ライエルの一挙手一投足を逃すまいと、女中たちが恋に落ちた少女の瞳を向けている。

眉間に皺を寄せ、細い瞳でざっと周囲を見やったラッセルは、心の底から卑屈な物言いをしてやった。


「だいたい、なんで裸なんだよ!」

「夏の真っ昼間に外で働くなら、裸が一番ですよ。遅くなっては悪いと思って、そのまま来ちゃいました」


もちろん上半身だけではあるが、引き締まった鋼のような肉体に、若々しい素肌がコーティングされている。

美将軍は左右に流した金髪の前髪を後ろで縛り、悪気なく、少年のような屈託のない笑顔を浮かべた――


「裸族かよ…」


何を言っても空しいだけだと観念をして、薄い顔の尚書は視線を右下に逸らして吐き捨てた――



「はあ…グレンさん…また、何もできませんでした…」


やがて肩の力が抜けたころ、俯いたラッセルは大きな溜息を吐き出した。


「……」


四角い顔に備えた太い眉毛をピクッと動かすと、グレンは一つを思い起こした――


それは春を過ぎたころ、リャザンで行われた同盟調印式へと向かった夜に、小さな焚火の前で彼が吐露をした、弱気な心情である。


「くそ…」


言いながら、ラッセルが右手の親指を強く握った。


またもや皆が立ち上がり、前を向いて歩みを始めているにも関わらず、自分は一人、悔しそうに眺める事しかできない。

それも今度は、ベッドの上で――


「慰める訳では、無いがな…」


沈んだ姿を前にして、グレンが静かに口を開いた。


「ワシらのように、武器を持って戦う事だけが、戦いではない。おぬしだって、立派に一人を守ったではないか」

「……」

「敵をいくら倒そうとも、一人を守ることが何倍にも勝る…そんな事は、有って良い」

「……」

「それぞれの誇りや、矜持の問題だがな」


グレンの穏やかな発言は、小さな焚火を前にして託した、切なる願いと通じている――

そんな機会が訪れることは想像したくもないが、一人を守った彼の行動は、間違いなく称賛されるものであった。


「……」


大将軍の諭すような発言を、ラッセルは静かに聴いていた――



無いものを、人は求める。

他人に対しても、自身に対しても…


己の足りないものを備えた人に、人は惹かれ、好意を抱く。

同時に自身もそうありたいと敬愛し、背中を追う。或いは、共に進むのだ。


やがて反発を迎えることはあっても、無関心で無い限り、歩みを看取ろうとする仲間とも言えよう。



「できる事をやった。という事でしょうか…」


遠く及ばない…

冷静なる自覚を抱いても、彼は精一杯を為したのだ。


「そうだな…」


背中を丸めるラッセルに、グレンの労いが届けられた。


「ラッセルさん」


続いて、ライエルが呼び掛けた。


「私なんかでは、女の子を抱えて守るなんて、とてもできません」

「そりゃ、そうだろ…」


武芸に秀でたお前なら、自慢の槍を手にして女の子の盾となり、敵と対峙する背中を堂々と誇り、やがて敵を打ち倒し、「大丈夫でしたか?」 と微笑みを浮かべながら戻ってくるのだろう…


呆れたラッセルが、眉をひそめて上半身裸の男を見やった。


「いえ、そういう事ではなくて…」

「どういう事だよ」

「小さな女の子にとっては、ラッセルさんの方が、安心したと思います」

「……」

「そうかもしれんな…」


若い部下の発言に、グレンが同意した。


実際の場面では、ラッセルが抱えた女の子は、民家に飛び込んでスグに腕からこぼれて、ライラの手元に置かれた…


しかしながら、彼女は必死にラッセルの意思を汲んだのだ。

戦う姿、これから起こる凄惨を見せまいと、小さく震える身体が泣き声を上げようと、二本の細腕で、ただただ包み込んでいた――


「そう…なのでしょうか…」


労い… 慰め… 励まし…


腑に落ちない部分は残しながらも、ラッセルはそんなものを素直に受け容れようとした。


「そういう事に、しときましょう」

「おい」


伏し目になって呟いたライエルの軽口に、薄い顔の尚書が短く突っ込んだ――




「お城の外は、片付きました?」


夜がやってきて、女中頭のアンジェが自宅に戻ると、夫と二人だけの食事の席で、グレンに問い掛けた。


「それがな。ロイズ様が動いて下さって、ほとんど終わった。あとは土を運んで、埋めるだけだ」

「それは凄いわね…まだまだ暑いから、臭いもヒドくなるし」

「そうだな」


立ったまま、青銅色の水差しを両手で支え、テーブルに用意された木製の丸椀に紅茶を注ぐアンジェに対して、グレンは声を高くした。


元々が前線に建てられた要塞で、戦い慣れた城とはいえ、四方を敵に囲まれての二日間の戦いは初のこと。


弓矢、強弩、投石器。

侵略軍を落とし穴へと誘ってからの、焼き払い…


火計の砲弾を投じた直後、高い都市城壁の向こうから聞こえてきた阿鼻叫喚は、今でも怨嗟の声となって耳に残っている。


一方で、生き残った自分たちは、清々しい朝の空気の中に足を置き、彼らの嘆きを、(むくろ)を、両手で両耳を塞ぐように埋めてしまうのだ――


「そっちは、どうなんだ?」

「……」

「何か、あるのか?」


長年連れ添った愛妻が、ふっと視線を落とした事に気が付いて、グレンは優しく手を差し伸べるように声を送った。


「これは…あなたの耳に入れて…よい話なのか迷うけど…」


言いながら、アンジェはそっと椅子を引いて腰を下ろすと、ふっくらとした身体を背もたれに預けた。


「ワシにも、話せない?」

「ええ…でも、あなたも知っている(かた)の事なので…話す事にします…」

「いったい、誰のことだ?」

「……」


ゆったりとした、重々しい妻の口調。

察して低い声音になったグレンから催促の言葉が注ぐと、観念したようにアンジェが口を開いた。


「王妃様です」

「王妃様? リア王妃?」


予期せぬ名前が飛び出して、瞳を開いたグレンが改めて訊き返す。


「はい…」

「王妃様が、どうかされたのか?」


姿勢を正すと、改まって身体を前にして、続きを促した。


「今…療養中なのです…」

「な、なに? 御病気なのか?」


予想外の単語と深刻な妻の雰囲気に、焦ったグレンの四角い顔が一段と前に出た。


「……」


二日間に渡る戦いが終わったにも関わらず、太陽が沈んでからも妻は随分と忙しそうだった。

果ては一人娘のメイまでも、女中の家に預けたと言ってきた。


有無を言わさぬ物言いに、何故だと訊き返す事はできなかったが、理由が届けば合点がいった。


「今朝までは、意識も無かったんです…お昼の暑さに、どうなるかと思いましたけど、目を覚まされました…もう大丈夫かと思いますので、あなたに話すのです」


夫と妻ではあるが、今の彼女の物言いは、王妃に仕える女官から、国の重鎮への申し送りである。


「んん? ちょっと待ってくれ。ロイズ様は今日、私達と一緒におられたぞ?」

「ええ…」


思い出したような夫の問いかけに、冷静さを保ってアンジェが認める。


「ご病気…ではありますけど、原因は分かっているんです。ですから国王様も、ご心配だとは思いますけど、私たちにお任せして、指揮を執られているのだと…」

「原因が、分かってる?」

「ええ…実は、それがちょっと引っ掛かっていて…陽射しを長い間浴びられて…」

「陽射し? どこで?」

「城の、屋上です」

「屋上…」


小さく呟いたグレンの瞳が、次の瞬間ハッと大きなものに変わった。


戦闘の二日目。屋上に居たのは尚書のラッセルだった。彼からの報告で、南側から向かってくる、侵略者の情勢を把握できたのだ。


…では、初日は?


国王の側近であるラッセルが担っていた重責を、いったい誰が果たしていたというのか――


「……」


夫妻と共に食事をした夜、今は空いている左斜め前の木組みの椅子に、赤みの入った髪の毛と、華奢な肩を覗かせる少女のような王妃が座っていた…


民を想い、戦う姿勢について論じる、少し変わったところのある女性であった――



しかし彼女は、論じるだけでは飽き足らず、実戦に参加をしていたというのか――


一人きりの屋上で、体を壊すまで…



「なんてことだ…」


愛娘と目線を合わせて穏やかに微笑んでいた彼女が、どうして戦場に立ったのか…


一言を悔しそうに呟くと、軍事を司る将軍は、テーブルに置いたままの左手に、自責の怒り(こぶし)を作り上げるのだった――

お読みいただきありがとうございました。

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