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小さな国だった物語~  作者: よち


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70/218

【70.逃げない姿】



「あの…食べ物を…お持ちしました…」


激しい戦闘の起こった、トゥーラの南側。

朝から続いた(むくろ)の処理がほぼ終わったところに、巨大な落とし穴を迂回するようにして、一台の荷車が到着をした。


「お、ありがてえ」


浅黒い顔に短い金髪を載せたウォレンが振り向くと、視線の先では二人の細身の女性が肩で息をして汗だくになっている姿が飛び込んできた。

無理もない。荷物を少なくしたとはいえ、残骸が残る、殆ど平坦の無い戦禍の跡を、二人の細腕だけで荷車を牽いてきたのだ。


「おいおい、大丈夫か?」


ウォレンが慌てて駆け寄ると、アビリとライラがへなへなっと膝から崩れ落ちた。


「な、なんとか…」


普段は城の中で働く身。厳しい夏の日差しも作用して、身体は悲鳴を上げていた。

息も絶え絶えの中、アビリが気丈に声を発した。


「とりあえず、水を飲め」


荷車に積んであった木筒の一つを掴むと、ウォレンは栓を開けてアビリの前へと差し出した。


「あ、ありがとうございます。でも、これは皆さんの…」

「アンタが倒れちゃ、意味が無いだろ。どうやって戻るんだよ」

「すみません…」


情けない姿を晒した上に、普段からあまり接する機会のない男性の顔が近付いて、アビリは頬を赤く染めながら木筒を受け取った。


「ほら、あんたも」

「あ、ありがとうございます」


続いて短くした金髪を麦わら帽子で隠した長身のライラに、ウォレンはひょいと木筒を手渡した。


「頑張って運んでくれたんだな。ありがとうな」


ライラが華奢な腕を伸ばして水筒を受け取ると、労いの言葉がやってくる。


「いえ…」

「ちょっと、頑張り過ぎだけどな」

「あは…だいぶ減らしてみたんですけど…」


荷車の積載量を眺めながらウォレンが呟くと、ライラは恐縮を含みつつ、汗で湿った短い前髪の下で苦笑いを浮かべた。


「ウォレンさん。運ぶの、手伝いますよ」


荷車を認めてやってきたのは、トゥーラの誇る美将軍だった。普段は左右から垂らしている前髪を後ろで縛り、上半身は裸。鋼のような筋肉と、少年のようなあどけなさを残す整った顔立ちが、玉の汗を浮かべてキラキラと輝いている――


(ラ…ライエル様!!)


突然現れた憧憬の対象に、ドクンと胸の高鳴りを感じたのはライラであった。

体中の細胞が彼を意識して、一気に疲労が吹っ飛んだ。

真っ青な空を背景に、眩いばかりの若々しい肢体が、笑顔を交えながらゆっくりと近付いてくる。


(こんなところで、お会いできるなんて…)


彼女はすっかりと魂を抜かれてしまった。


「…ちょっと、ライラ! 国王様よ。ライラ!」

「え? 国王様?」


先輩の忠告によって我に返った。左にも、一人の美男子が並んでいる。

マルマと一緒に行動する機会は多くとも、彼女はロイズとの面識は無かったのだ。


「ありがとうございます」


ライラの左。腰を落としたアビリの正面から、ロイズは前屈みになって労いの声を渡した。


「あ…お水を…」


恥かしさも手伝ってか、あたふたと挙動が怪しくなりながらも、運んできた水筒を両手で掴んだライラは、頬を赤くしてロイズに木筒を差し出した。


「大丈夫です。いただきました」


それを認めた国王は、優しい微笑みを覗かせて、既に受け取っていた新しい水筒を顎の辺りで掲げてみせた。


「あ…申し訳ありません」


ライラは被っていた麦わら帽子を両手でパッと剥ぎ取ると、胸に抱えて恐縮をした。


「一つ、お願いがあるのですが…」

「はい」


ロイズが(ひざまず)く二人に声を掛けると、経験に富むアビリが返答をした。


「あちらの方々に、先に渡してやって下さい。彼らの方が、朝早くからやってくれています」


ロイズが身体を捻って後方へと腕を差し出すと、指の先には幾人もの上半身裸の男達が、こちらを向いて立っていた。

その中にはスモレンスクの副将、ブランヒルもいる。ある程度の拘束は必要だろうと、彼らの足首同士は太い麻縄で繋がれて、歩幅の制限が為されていた。


「……はい」


彼らが敵国の捕虜だと察したアビリは、臆した感情を灯しながらも気丈に声を返した。


「誰か、護衛を頼む」

「それでは、私が」


ロイズの声に一歩を踏み出したのは、最年少のライエルだった。

突然の指令に緊張を宿し、ごくりと喉を鳴らしたアビリをよそに、憧れの人が更に近付いて、ライラの胸がきゅっと締まった。


「あれ?」


短くした金髪の、背丈の高い細身の女性。

見覚えのある容姿に気付いたライエルが、ライラに穏やかな声を送った。


「あなたは…あの時の?」

「あ…はい。あの時は、助けて頂いて…ありがとうございます!」


潰れた麦わら帽子を胸に抱えたまま、ライラが勢いよく頭を下げる。


「無事だったなら、何よりです。女の子も、大丈夫でしたか?」

「はい。今は事情がありまして…私の家で過ごしております」

「そうですか。安心しました。それでは、行きましょうか」

「は、はい!」


晴れやかな笑顔に促され、二人の女中は慌てて立ち上がるのだった――


トゥーラの軍務を担うグレン将軍と、女中を束ねる彼の妻、アンジェは戦いの後始末に追われて多忙な身。

よって二人の愛娘は現在、ライラの家で預かっている。


これは王妃の看病に奔走するアンジェを気遣ったマルマの提案が発端だったが、グレンの耳には娘の情報が入ることは無かった。


「私達、二人ともちょっと忙しくなるから、メイは預かってもらう事にしました」

「そうか…」


妻のアンジェからは、事後承諾という形で突然に告げられたのみである――



(ど、どうしましょう…ライエル様と、一緒に歩いてる…)


玉砕して醜態を晒した、城壁での告白。

逃げ出すしかなかったあの時を地獄だと思えば、今は天にも昇る気持ちであった――


粗相があってはいけない。何かを運んでいる訳でも無い。

歩くだけであるのに、ライラは普段とは違うぎこちない足取りで、右側で足を進めるライエルに歩幅を合わせるようにして、左前方で足を進めるアビリの背中についていった。


「あっ」


チラチラと、ライエルに見惚れていたライラが躓いた。


「おっと危ない。大丈夫ですか?」


そんなライラの細腕を、咄嗟にライエルの左手がむんずと掴んだ。


「あ…あ…ありがとうございます」

「いえいえ」


ライラが思わず顔を上げると、麦わら帽子の鍔が塞いだ視界から、ふわっと現れたライエルと目が合った。

少年の面影を残す整った顔立ちは、ニコッと微笑みを浮かべて、今この時、ライラの瞳だけに拡がっている――


釜茹での刑があったなら、こんな風になるのだろうか?

恥ずかしさと嬉しさで混濁したライラは、表皮の全部を赤くして、そのまま意識が飛んでしまいそうになりながらも、いや、ここで倒れたら更なる迷惑を掛けてしまう―― と崖っぷちで踏ん張って、腕を支えてくれたライエルに身体を任せることにした。


「ちょっとライラ、なにやってんのよ」


見かねたアビリから、振り向きざまに声が掛かった。

我を忘れていた乙女はハッとして、やっと正気に復帰した。


(倒れている場合じゃない…こんな時間、もう、無いかもしれないんだから!)


ぺこりと頭を下げた後、ライラは強く掴まれた右腕の感触を記憶に残しながらも、気を取り直して青空に目を向けて、背筋をしっかりと伸ばしてみるのだった――



アビリが先頭。一歩遅れてライラとライエル。二人の後ろにグレンとロイズが並んで、護衛の兵が最後尾で荷車を牽いている。


「そういえば、ラッセルはどうした?」


そんな中、杖代わりの槍を右手に持って歩くグレンが、ふと疑問を口にした。


「あ…ラッセルさんでしたら、大広間で療養しておられます」


ライラが足元に目を配りながらも、意識だけを後ろにやって答えた。


小さな薄暗い民家での戦闘…

気絶したままの状態で担架に乗せられて、そのまま城へと運ばれたのだ。


「大丈夫なのか?」

「意識は戻っております。ただ、あばら骨がいくつか、折れているみたいで…」

「重症だな」

「はい…」

「でも、あの方は、逃げませんでした」


戦闘の様子を思い起こしたライラが俯くと、ライエルが右から称えるように声を発した。

心の片隅に光が当たって、ライラが思わず視線を送る。


「そうですよね?」

「は、はい!」


不意を突かれた微笑みが、またもやライラを襲った。

今度は見惚れる訳にはいかないと、頬を赤くしながらも、彼女はしっかりと対峙した。


「あの方は…恩人です」

「そうか…戻ったら、見舞いにでも行ってやるかな」


ライラが感謝を込めて呟くと、グレンはふっと青空を見上げながら、満足そうな微笑みを四角い顔に浮かべてみるのだった――



「ブランヒルさん。皆さんも、昼食をどうぞ。粗末なものしかありませんが」


労役を課せられた捕虜たちが集まって来ると、ロイズが右手を荷車の方へと向けながら、簡素な提案を口にした。


「お前たちも、食べていないだろ…」


呆れた声で、鍛え上げた強靭な身体が口を開く。

この辺りの観察眼は、長年の従軍により、身体に染み付いたものだろうか――


「僕等はこの後、休みますから」

「そうか…」


ほんとかよ…

脳裏に浮かびながらも、ブランヒルは柔らかな微笑みを受け入れた。


「ど…ど、どうぞ」

「ああ…すまねえな」

「どうぞ」

「助かるよ…」


彼らは殺戮目的の侵略者。しかしながら足首は繋がれている。

上半身裸の捕虜たちに、アビリは震えながら、一方ライラは彼らに対して微笑みを浮かべながら、パンと干し肉、水の入った水筒を、一つ一つ手渡していった。


女性が配る方が、温かな気持ちに包まれるだろう――


それは、ロイズなりの気遣いでもあった。



国王も含めたトゥーラの重臣達と、捕らえられた敵国の捕虜たちが同じ場所で食事を摂る。


前日まで、二日間に渡って殺し合いをしてきたにも関わらず、穏やかな演出が平然と行われている――


(アホなのか?)


手にした干し肉にかぶりつき、引き千切って目線を上げたブランヒルが、改めて想いを巡らせた。


(ナイフが荷車にある…手にして襲いかかれば、命だって奪えるかもしれん)


当然、ロイズの近くにはグレンやライエルが護衛の為に居る。

しかしながら、一瞬の隙でも生じれば、やれない事もない…

それほどに、この国の国王は、不用意に近付いてくるのだ――


「……」


不穏な視線を覗かせるブランヒルに、トゥーラの大将軍が気が付いた。


ブランヒルも気配を察すると、二人の視線は緊張を交わした――


「……」


それでも、やがて四角い顔がふっと表情を緩めた。


(そうだな…)


グレンの姿勢に敬意を払い、ブランヒルもふっと表情を緩めると、こうした奇妙な時間も貴重な体験なのだろうと愉しむ事にして、木筒に手を伸ばした。


(危うさもまた、魅力という事か…)


彼の乾いた喉元に、冷静な水分が注がれていった――

お読みいただきありがとうございました。

感想等、ぜひお寄せください(o*。_。)o

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