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小さな国だった物語~  作者: よち


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62/228

【62.立場】

「え?」


扉を開けた途端に黒煙がやってきて、背後へと抜けてゆく。

石壁に囲まれた寝室にリアの名前を叫びながら足を踏み入れたマルマは、目の前の光景に、思わず声を無くした。


ベッドの上。

横になっている筈の、小さな身体の消失。

南の窓からやってくる、勝利に沸き上がるトゥーラの市民の歓声は、マルマの鼓膜に届く事は一切なかった。


「くっ……」


まるい顔が青ざめる。王妃の行き先が、一つだけ浮かんだ――


しかしながら、戦いは終わったのだ。


姿が見えない状況に、悪い予感が脳裏を巡った――


「あっ」


踵を返し、居住区に足を踏み入れたところで、限界に近い両脚がもつれて、身体が浮いた。


前のめりに倒れ込む。それでも両腕に力を入れて身体を起こし、膝を曲げ、よろめきながらも立ち上がって、足の痛みを抱えながら前へと進んだ。


(ご無事で……)


それだけを願いながら、屋上へと繋がる梯子に右手を掛けた。


腕には力が宿る。見上げると、(くれない)を拭ったような丸い空間は、夜を迎える準備をしていた。


「くっ」


一段。もう一つ。マルマは激しく痛む脚を交互に上げて、垂直に掛けられた梯子を登った。


やがて、屋上に手が触れる。より、力が入る。

新鮮な空気を額に感じると、目線が黒に変わりゆく茜色の空を捉えた――


「……」


映るのは、南の空。

視線を落とすと、敷かれた藁の上に、水色の大きな帽子が浮かんでいる。


帽子から伸びるのは、背中を見せて横たわる、小さな体躯――


「リア様!」


瞳を見開いて、マルマが駆け寄った。

軽石のような両肩を掴んで、藁に沈んだ身体を引き起こすと、頭部が力なく垂れさがる。


そのまま腰を落としたマルマは股の間に彼女の背中を預けると、胸の膨らみで小さな頭を支えた――


「……」


赤みの入った髪を支える細い首が、カクッと折れた。

華奢な両腕も、だらりと下がる。

咄嗟に肩を支えて藁の上にリアの身体を横たえると、マルマは呼吸を確かめた――


(神様!)


願いながら、頬を寄せる。微かに、息がある。


「誰か! アンジェさん! 誰か来て!」


梯子の下を覗き込む。

大粒の落涙を、必死の懇願が追い越してゆく――


「リアさまぁ……」


もう、耐えられない。

生気を失って横たわるリアの傍らで、腰を落としたマルマは両腕を下げると、一番星の瞬く空を見上げながら涙を零した――


やがて、マルマの声に気付いた先輩が螺旋階段を駆け上がり、事態を認めると、振り向いて女中頭の名を叫んだ。

大広間。戦勝報告に笑顔だったアンジェは、危急の知らせに血の気が引いて、脱兎のごとく走り出した。


「みんな来て!」


同時に叫ぶ。アンジェに続いて、何事かと女中達があとから続いた。


「リア様!」


梯子を上った屋上で、仰向けになっている小さな身体を認めると、アンジェが必死の形相で駆け寄った。

口元に頬を寄せて息を確かめて、次に胸元へと耳を当て、鼓動を確かめる。


「マルマ、しっかりしなさい!」


次に女中頭は、気持ちの緩んだマルマを見透かした。


「は、はい!」

「下に降ろします! ロープと、担架を!」


後続の女中が屋上に顔を出したところで指示が飛ぶ。階下に向かって復唱。声の伝達が続いた。


「マルマ、泣くのは(あと)! 看病、任せるよ!」

「あ、はい!」


背筋が伸びる。確かに、泣いている場合ではない。誰が、その役目を担うのだ?


期待に応えるべく涙を拭うと、マルマは心を引き上げて、瞳の光を強くした――



ゆりかごのよう。厚手の毛布に(くる)まれて、麻縄によって吊り下がった小さな身体は、やがて寝室に運ばれた。

続いて女中がお盆の上にハチミツの入った器と水差しを持って入室すると、椅子に座ったアンジェはお盆ごと受け取って、膝に置き、先ずは木製のスプーンに水を注ぐと、ゆっくりとリアの口元に近付けた。


「……」


反応が無い。


「マルマ、ナイフで服を裂いて。水をもっと。あとは扇と、水袋、布を!」

「はい」

『は、はい!』


指示を受け、女中が三人を残して階下へ向かう。

マルマはナイフを手にしてリアの薄い衣服を胸元から引き裂いた。

白かった柔肌には赤みが差して、小さく膨らむ胸の呼吸が、少し早くなっている気がした。


「熱い……」


マルマが呟くと、アンジェが水差しに入った水を、零れ落ちない程度に胸へと注いだ。


「先ずは、身体を冷やすよ。この子は……この(かた)は……こんなところで、絶対に死なせちゃいけない!」

「はい!」


尊敬する上司の発言に、ふたたび涙が滲んだ。

リアの胸元に手のひらを当てると、アンジェの指示通り、命の水を、薄く、身体を撫でるようにして、やさしく伸ばした――


やがて木桶に入った水が届けられると、アンジェの指示を受けたマルマが麻布を水に浸して絞ってから、リアの濡れた身体を丹念に拭った。

アンジェは水で膨らんだ水袋を脇の下、首の後ろ、手首、足首や膝裏といった皮膚の薄い部分にあてがうと、二人の女中に指示をして、足元と側面から、扇で風を起こさせた。


「熱が、引いてくれれば……」


アンジェが呟いた。

水を絞って額にあてた麻布は、すぐに温かなものへと変わってしまう。マルマはそれを頻繁に交換し、更には水袋も新しいものへと、順次交換していった――


「リア!」


突然に、ロイズの声が居住区の方から轟いた。風通しを良くする為に、全ての扉は開いている。


「マルマ、任すわ」


厳しい表情で、アンジェが立ち上がる。

膨らんだ体躯を居住区の方へと進めると、ロイズの歩みを遮った。


「リアの様子は?」

「今は、安静に願います」


寝室へと続く扉の前。女中頭が、小さく頭を下げて、願い出た。


「そんなに、悪いのか?」

「……」


ロイズの呟きが、アンジェの耳元を通り過ぎてマルマに届く。

目の前には、呼吸を僅かに戻したとはいえ、小さな衰弱した裸体が横たわっていた。


「大丈夫です」

「……」


続いたアンジェの声色に、マルマの瞳が見開いた。


「絶対に、助けます」


上司の声は、自信に満ちていた。

取り繕う語調ではない。純然な、確固たる意志が内包されていた。


「姿を……見ても?」

「はい」


ロイズの問いかけに、落ち着きを認めたアンジェが同意した。

元より、国王を(とど)めるような権限は無い。


それでもこの場においては、将軍(グレン)の伴侶。女中頭の人生経験が、ロイズの弱った感情を凌駕していた――


「……」


寝室に足を踏み入れる。

手前には、水の入った木桶が二つ。その向こうでは、マルマが不安そうに丸椅子に座って、ベッドの奥と右側では、扇を持った二人の女中が、今は静かに頭を下げている。


「……」


右下、リアの姿を認めると、ロイズの歩みが止まった。


普段なら、落日からの星明かりが小さな柔肌を照らしたなら、透き通る白が浮かび上がって、腕をそっと伸ばすのだ。

やがて両腕に、愛しい柔らかな身体が包まれる――


しかし現在は、薄暗い中でも分かる火照った肌が、小さな身体の異常を訴えていた。


「容態は?」


出来る事は、恐らく皆無。

理解して、ロイズが問い掛けた。


「今は、ご覧の通り、熱を除くことに努めております。夜になって、だいぶ落ち着いてきました」

「そうか……」

「はい。後は、水分を摂れるようになれば……」


マルマの発言に、改めてリアを見る。

赤く火照った両の頬。加えて、普段は魅惑的な紅い唇が、発色と艶を損なって、細かい息遣いを動くことなく傍観していた――


「よろしく頼む」


国王は背中を向けた。

無力を自覚しながらも、自身の役割と向き合うことで、それらを埋めようとした。


「はい」


気丈に振る舞っている――

大きな背中に向かって短い声を発すると、椅子に座ったまま、マルマは深く、静かな一礼を捧げた。


「後は、お願いします」

「はい」


寝室を出たところ。ロイズは黙したままだったアンジェに後を託すと、重い足取りで居住区を通り抜け、階下へと続く暗闇の螺旋階段を、一段ずつ降りていった――


「……」


ロイズの足が、歩みを止めた。


上と下。こぼれる僅かな光は、蛍の発光現象ほどに微々たるもので、何かを視認できるものではない。


ロイズは右手を石壁に添えると、正午過ぎに寝室へと戻った時のことを思い起こした。


あの時でさえ、とても起き上がれる状態には見えなかった。それなのに……


「……」


いや、動けないと思っていた筈なのに、屋上の旗の色が変わっているのを見るや、彼女が戦線に戻ってきたと安堵した。

更には戻るだろうと想定。むしろ期待して、帽子と水筒を屋上へと運んだ――


それが、誤りだったとは思わない。

誰よりも知っている。リアが瞼を開いたら、どうしたって同じ行動を取ったに違いない。


「……」


しかしながら、結果として、小さな身体は生死の境を彷徨っている――


であれば、ベッドに縛り付けてでも拘束すれば良かったのか?

いや、絶対に怒り狂ったに違いない。

そもそも、勝敗がどう転ぶのか、分からなかったのだ。彼女の能力は、絶対に必要だった――


「……」


起きてしまったことを悔やむより、現在の最善を尽くすこと。


国王という立場なら、絶対に前を向かなければならない。


「……」


ふと、愛しき女性(ひと)が眠る階上を見上げると、ロイズは想った。


倒れたのが自分なら、彼女はベッドに縋り付き、泣いてくれたのだろうか――


「……」


そうだな……


恐らくは、ラッセルに指示だけを送って、看病してくれるに違いない。


「……」


心が折れそうだ……

そうでも思わなければ、前へと進めない。


ロイズを支える存在は、そんな架空の拠り所しか無かった――


自惚れつつも正解を導き出した国王は、沈んだ顔にもかかわらず、少しだけ口角を上げると、王妃の代理を務めるべく、ふたたび螺旋階段を静かに降りてゆくのだった――

お読みいただきありがとうございました。

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