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小さな国だった物語~  作者: よち


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【49.黒い砲弾】

決戦の日。

夜明けと共に始まった戦いも、初夏の太陽がその頂を捉える時刻となっていた。


「ブランヒルさんは、どこから登った!?」


都市城壁に設けられた足場が崩されて、窮地に陥るであろう兄貴分を救うべく駆け出した二人の将。


北の城壁へと先に着いたのは、自ら隊列の先頭に立って馬を駆るブランヒルの姿を眺めた、西側を担当する童顔の副将(カプス)であった。


「こ、ここからです!」

「先に行かせろっ!」


馬を下りると、梯子に手を掛けていた兵士を排して自ら踏みざんに足を乗せ、鎧の(こす)れるザリッという音を一段登る度に響かせながら、カプスは垂直に(そび)える都市城壁の上を目指して、テンポよく梯子を登っていった。


「早く登れ!」


急ごしらえ。長さ10メートルの長梯子。同時に登れる人数は、二人が限度。

梯子の中段付近で上を見上げると、カプスは先を登っている兵士の臀部に向かって叫んだ。


「あん?」


残り数メートルとなったところで聞こえてきた煽りの声に、先を登っていた強面の兵士が怪訝な表情となって下を覗いた。


「は、はい!」


彼の目に飛び込んできたのは、日頃から隊長と懇意にしている副将の姿。

童顔に光る怒りの眼差しに驚くと、焦った兵士は慌てて手足を動かした。



梯子をスルスルと登り切ったカプスは、呼吸を整えた。

城壁の上に顔を出した瞬間が、一番危ない。

先ずは城壁の上に盾だけを翳すと、カプスはその隙間から城内の様子を窺った。


「ブランヒルさん!」


目線を動かすと、左手下方に見慣れた鎧姿と槍が覗いて、思わず声が出た。


(行けるな……)


(かざ)した盾に当たったのは、矢羽が一本だけだった。

投石器からの砲弾が散発的に飛んではくるが、これまでの戦闘で、射撃塔の屋上に陣取った兵士は退けたようだ。


作戦通り。北側の都市城壁に掛けた梯子は10本弱。

左下に目をやると、長身の副将ベインズが、必死に手足を動かして、バッタみたく梯子を登ってくる姿が目に入った。


(考える事は、同じか……)


短い黒髪に、汗が光る。

相棒の参戦に口角を上げると、カプスは戦いの行方に明るい見通しを灯した――



「なに? ブランヒルが?」

「はい。副将自ら、梯子を登っていったと報告がありました!」


南側。侵略軍の本陣。林の中。

ブランヒルの上官となるバイリーが、頭髪を綺麗に剃った頭を回しつつ、部下からの報告を受け取った。


「勝機と見たか……」


バイリーの一歩前。

ぼわっとした赤髪を肩まで伸ばした総大将(ギュース)は、100キロを超える体躯をスッと立ち上げて、静かに前を見据えた。


「向こうも、よくやっている……」


広い背中の後ろから、意志を宿したバイリーの低い声音が届いた。


「まったく。弱い奴らが一体となって戦う姿は、いじらしいな」

「……」

「ならばこそ、俺達は勝とう。強くある者は、勝たねば強くあれんのだ!」


総大将の発言に、闘気を放つ、重心の低い男がゆらっと前に進み出た。


トゥーラの南側。都市城門の前に造られた巨大な落とし穴は、攻略への最短ルートを塞いでいる。

それを再び確保する為に、バイリーは落とし穴の手前と奥に、それぞれ10本ほどの梯子を立て掛けた。


他の三方向では、城壁に梯子が掛かって、激しい攻防戦が繰り広げられている。

しかしながら、南側だけは一本の梯子すら掛ける事ができない。


城門の真上に梯子を掛けたなら、相手の対処は一方向に集中するに違いない。そうなれば、勝利の女神はたちまちに微笑む筈だ—―


「行ってくれるか?」

「当然だ。アイツの雄姿は、この目で確認してやらんとな」

 

総大将(ギュース)の要望に、ライバルが応えた。


「これより、全軍を以って南の城門に突撃する! なんとしても、梯子を掛けろ!」

「おおう!」


振り向いたギュースの声に、林の奥まで居並ぶ兵装の男達が、待ってましたと声を返した。

最初にして最後の攻撃参加。終われば帰れる。そんな理由も相まって、彼らの士気は当然のように上がるのだった—―



「俺に続け! 突撃!」

「おおー!」


高々と槍を翳したバイリーは、部下(ブランヒル)に触発されたのか、自らが先頭に立って駆け出した。


向かう城内からの攻撃は、散発的に飛んでくる岩石だけだった。

都市城壁の足場は崩れたのか、左右の見張り台にも兵士の姿は見当たらない。


防衛の為に造成した、深さ5メートルにもなる巨大な落とし穴。

そこを突破して向かってくるとは、まさか相手も考えないだろう――


バイリーの頭には、そんな希望的な思考が灯っていた。



だが、それは些細な油断であった――

いや、油断ではない。敵の裏をかいたつもりだったのだ。


彼らの思惑は、王妃の代わりに監視に当たっていたトゥーラの尚書によって、事前に察知されていた――



「やっと来たか……」


都市城門の内側で、トゥーラの大将軍(グレン)は城壁の向こうから響いてきた一層大きな喧噪に、待ってましたと呟いた。

尚書のラッセルが女官のマルマに託した紙片には、落とし穴に眠る仲間の屍を踏み越えて、最短距離で向かってくると記されていたのだ。


しかしながら、その内容はグレンの読み通りでもあった。

だからこそ、侵略軍の動きを知った時の彼の表情は、驚きもせず、穏やかなものだったのだ。



「準備は、できているか!」

「はい!」


都市城門の手前でグレンが振り向くと、常設された投石器には大きな壺。小型の投石器には壺だったり岩石だったり、或いは薪を束ねたものだったりと様々な砲弾が、いつでも発射できるとばかりに用意されていた。

それらが城外から飛んでくる投石器の砲弾に構うことなく、ずらっと30基ほどが並んでいる。


「慌てるな! 引き付けてからだ! 相手の砲弾が止むまでは、待て!」


同士討ちを避けるため、梯子を掛けた時点で砲弾は止む筈だ。城を守る戦いに於いては、トゥーラ側に一日の長があった。

対して侵略軍には、攻め手の観点しか備わっていない。

長きに渡る紛争に於いて、彼らは常に攻勢だった……これは、仕方のない事象であった。


得手不得手。

そんなものは、どんなものにも生まれるのだ――



やがて、南側が静かになった。

察したトゥーラの兵士たちに、緊張が走る。


それでも真横に右腕を伸ばしたグレンは、焦らぬようにと動きを止めていた。

魚信(アタリ)があっても魚にしっかりと針を食い込ませるように、しばしの時を溜めたのだ――


「……」


それはまさに、一人の兵士が梯子を降りて、仲間の斃を避けながら跳ね走り、梯子を登って取り付いて、城壁に杭を打ち込んで足場を築き、仲間から梯子を受け取って高度を稼ぎ、ついに城壁の上部に梯子が届き、第一陣がそれを登っていくという、絶妙なるタイミングであった――


(俺が、一番乗りだ……)


真っ先に城壁の上に手を掛けた小柄な兵士が、得意気になって呟いた。


先ずは城内の様子を窺って、敵の陣容を後方、或いは左右から梯子を登って来る仲間に伝えなければならない。

城内への侵攻は、一斉に行うという取り決めであった――



「ロイズ様。敵は必ず、南からも攻めてきます」

「……」


初日の戦いが終わった後のこと。

日暮れから暫く経った、二階の薄暗い中広間。


これは、尚書(ラッセル)将軍(ライエル)が部屋を去った後に交わされた、ロイズとグレンの会話である。


「敵の数は、それほど減ってはおりません。数を頼って一気に攻めるとなれば、必ずや城門を、直接狙ってくる筈です」

「それで?」


裁量権を与えろと口にした一案を、ロイズが促した。


「火攻めを致します」

「え?」


戻ってきた返答に、ロイズは思わず瞳を見開いて、グレンを見やった。


今しがた、4人が集まった冒頭で、ロイズは落とし穴によって負傷した者を憐れんで、助け出せそうと提案したばかりである。


にも拘らず、グレンの出した一案は、そんなものを一分すら考慮しない、非情なる手段であった。

火攻めを用いたら、少なくとも負傷して動けなくなった兵士たちは、絶対に助からない。


「……」


断固として譲れない――

グレンは瞳を見据え、沈黙を以って命の選択を諭した――



「よし。放て!」


遠かった城壁に、手が届く。

先頭で梯子を登る兵士が希望を灯した刹那、非情なる低い声が彼らを阻む城壁の向こうから響いた。


次の瞬間、兵士の頭上、或いは左右から、綺麗に等間隔に並んだ砲弾が、背後に向かって勢いよく飛び出した――


「……」


真っ青に白が混じる空を背景に、黒い塊が次々と仲間を襲うべく飛んでいく。


梯子の上。一人で身を置いた小柄な兵士は、ただただそれを、黙って見送るしかなかった――

お読みいただきありがとうございました。

感想等、ぜひお寄せください(o*。_。)o


グレンは釣り名人なのです。

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