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小さな国だった物語~  作者: よち


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50/246

【50.守備線】

北側から梯子を登り、身を乗り出して城壁を越えたスモレンスクの副将は、急角度の土壁を躊躇なく滑り降りると、ついに城内に足を踏み入れた。


「ブランヒルさん!」

「来たのか……」


槍を右手に持って走ってくる弟分。丸みを帯びた十代半ばにも見える童顔が、今は頼もしく思えた。

片鎌の槍を構えたままのブランヒルは、労うでもなく、一言だけを呟いた。


美将軍(ライエル)との戦いを放棄して、ブランヒルは足場と共に落下した味方を救うべく、城壁の真下に向かった。

その結果、城壁を背にした状態で、敵の兵士に囲まれてしまったのだ。


そこをカプスが囲いの背後から飛び掛かり、一人の足を刈って突破口を作ると、ブランヒルの右側に並び立った。


「状況は?」

「良くはないな。だいぶ、減らされた」

「……」

「後ろは、どうだ?」

「問題ありません。あと、ベインズも、すぐに来ます」


足場を崩されて、負傷者多数。

そんな中でも立ち上がり、城壁に背中を預けながらも槍を前へと向ける者。腰をやられて立ち上がることも敵わぬが、弓を構えて戦う意思を表す者がいた。


窮地の中。なおも戦う意志が宿るのは、部下を見過ごすことなく駆け付けた、副将(ブランヒル)のため。

カプスの声を耳にして、悲壮感の漂っていた兵士達の表情に、明るさが戻った。


「お節介が、過ぎるな」

「日頃、お世話になってますんでね」


口角を僅かに上げたブランヒル。カプスは軽妙な言葉を返した。


「ん?」

「どうかしましたか?」

「そう言えば、ベインズは高いところ、駄目じゃなかったか?」

「あ……」


兄貴分の発言に、カプスの表情が停止した。

長身であるにも拘わらず、いや、長身ゆえなのか。ベインズは2階の高さでも真下を見ると、脂汗が吹き出すほどの高所恐怖症であった。


梯子を登っている時は、空の青だけを見る。

しかしながら、城壁の向こうに視界が届いたら、高低差10メートルの景色が待っている。

足が(すく)んで目を瞑る。高所恐怖症の人間に、どうやって降りろと叫ぶのか――


「左へ、移動しましょう……」


どっしりと片鎌の槍を構える兄貴分に身体を寄せると、カプスが呟いた。

城壁を越える直前。左下にはベインズの姿が覗いた。

10メートルも左へ移動すれば、真上に姿を現して、自分達を視界に入れるだろうと踏んだのだ。

もしかしたら、恐怖に打ち克つ事ができるかもしれない――


「……分かった」


睨み合いの現状は、射撃塔の弓兵の的になる。

承諾したブランヒルは、左前方へと大きく跳ねるように一歩を踏み出すと、槍を(かざ)して相手を牽制し、次に左後方へと足を戻した。

それを5回ほど繰り返し、戦場を左へと移動した。


(すまんな……)


しかしながら、動きに付いてこれない負傷兵は置き去りとなる。

たちまちに捕らえられる仲間を見やって、ブランヒルは心の中で静かに詫びるのだった――



「城壁の上を、狙ってください!」


二人が容易に戦場を移動できたのは、ライエルがその相手をしなかった事も要因である。


当然、ブランヒルは危険な男。

それでも、現在(いま)の優先事項は、一人と対峙する事ではない。


侵攻を許した北側の部隊を立て直し、個々人の役割を再認識させる事なのだ――


(こんな砦に、あんな奴がいるとはな……)


見るからに若い。

しかし、その献身的な働きと視野の広さ、冷静な判断力は、自身の若い頃と比べても同等以上に思えた。


ブランヒルは、自らを包囲する敵兵の向こう側で、槍を手にして指示をする、後でもう一度対峙することになるであろう若者に対して、最大級の評価を与えた。


それは即ち、後の禍根を絶つという思いを、併せ持つという事に他ならない――



「ひぃ……」


二人の侵略者の頭上から、全く覇気の感じられない聞き覚えのある声が届いた。


「やっと来たか……ベインズ! 早く下りてこい!」


カプスが警戒しながら顎を上げると、頭上へ届けと叫んだ。


城内に降り立って、崩れそうに見えた敵陣だったが、若い男の指示によって息を吹き返した。

城壁の上では矢羽が飛んできて、石壁を滑り降りたところで槍兵が襲ってくる。


味方の数は、一向に増える気配がない。時間を浪費する余裕も無くなってきた。

数を頼りに城門()を目指す目論見が、こうなっては質にも頼らざるを得ない――


「ベインズ! 支えてやる! 落ちてこい! 傾斜があるだけマシだっ!」

「は……はい……」


続いてブランヒルが声を上げると、脂汗を流したベインズは、顔面蒼白になりながら、なんとか左足を城壁の上に上げようとしていた。

いまさら戻れない。恐怖心と使命感の狭間にあって、僅かだけ、後者が勝っていた。


「……」


だが、瞼は震えて閉じたまま。

開いた瞬間に、石化する化け物を見たかのように、身体が硬直する気がした。

そう考える時点でダメなのだが、考えずにはいられないから恐怖症なのだ――

のそっと動く長身の男が、城壁の上でナメクジのようにへばりついている。


(いて)え!」


当然、射撃塔の弓兵からは的にされ、そのうちの一本が、甲冑の胴体部分に当たった。


「ぐおっ」


次なる一矢は、左足の脹脛(ふくらはぎ)を掠めた。

ここは甲冑で守られてはいないのだ。梯子を登る為に軽量化を図った為であり、仕方がない。


だが、痛みによる怒りが、男を奮い立たせた。

動けぬままで果てるより、城壁を越え、敵をぶっ倒すという闘志が勝った。


「くそっ」


壁と対峙したままで滑り降りるなら、見下ろす事もない。

腕力だけで身体を浮かせ、鈍い痛みが走る左足を城壁の内側へと移動させたベインズは、次に都市城壁の外側にある右足を、城壁の上へと持ち上げた。


「うおっ!」


続いて壁の上部を掴んだまま、敵に背中を一旦見せるも、体勢を確保するつもりだった。

しかしながら負傷した左足は、男を支えることが出来なかった。


「うわああああ!」


悲鳴が上がる。ずるずるっと急斜面の土壁を落ちていく。

予想外の状況に、手のひらや太い腕に擦り傷を作ったが、結果として早々に侵入を果たす事に成功をした。


「お……お待たせしました……」


土壁に両手を付けたままの状態で、脂汗を浮かべた面長を左に向けると、ベインズは生気を戻した。


「……」

「お……おう」


カプスが丸い童顔に呆れを浮かべると、ブランヒルはとりあえず了承を伝えた――


「市中に切り込むぞ!」

「はい!」


ベインズが戦列に加わって、質は良化した。

戦場を分散させる事により、相手の防御網を広げる事ができる。


「城門までは、距離がある。市中に入って、東西、どちらかの背後を衝く!」

「おう!」


率いる一団は、カプスとベインズが加わって総勢10名。市中を移動するには丁度良い。

膠着状態から一転。確たる目標が定まって、彼らの士気は一気に上がった。


「声は出さん! 付いて来いよ!」

「はい!」

「はっ!」


返事があったり頷いたり、それらを確認したブランヒルは、若い敵将の位置を注視して、背中を向けた瞬間を狙って飛び出した。


「うわっ!」

「行ったぞ!」


トゥーラの兵数も、決して多くは無い。

腕に覚えのある集団が一方向を襲っては、突破されるのは必定だ。


「俺たちは、行くしかねえんだよ!」

「くそっ!」


先ずは、市中に入ることが目的だ。

守備線と表しても、一つの路地を数人で守っているに過ぎない。


転がっている砲弾という名の岩石を踏み台にして跳び上がり、防御柵を上から蹴り倒して突破口を開いたブランヒルは、片鎌の槍を振り回して市中へと足を踏み入れた――


「私が行きます!」


それに気付いたライエルは、別の路地から全速で、南に向かって駆け出した――

お読みいただきありがとうございました。

感想等、ぜひお寄せください(o*。_。)o

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