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小さな国だった物語~  作者: よち


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218/219

【218.チェルニゴフ②】

「自由に街を、見たかったな……」


チェルニゴフ。

検問所の列に並びながら、王妃が呟いた。


特別扱いは、彼女の気質が嫌うのだ。

キエフ大公からの紹介状を出したなら、要人扱いされるに違いない。


「リア様。抜け出すのは、お控えくださいね」

ライエル(あなた)、思考がマルマに似てきたわね」

「え? いや、決して、そのようなことは……」

「尻に敷かれてるんじゃないの?」

「え……いや、まあ……」


まんざらでも無いらしい。

リアが瞳を右に動かすと、背筋を伸ばした整った顔立ちは、頬を赤くした。


妻との会話の内容は、今でも半分くらいが王妃である。


「今日は、ここまでだ!」

「え!?」


リアが胸から紹介状を取り出すと、衛兵の声が目の前で響いた。


瞳を上げると、汚れた身なりへの嫌悪感を表して、態度はいかにもわざとらしい。


「なんでよ! あとは、私たちだけじゃない!」

「太陽が地平線に接したら、終了なんだよ。残念だったな」


衛兵が顎で示すと、振り返る。


確かに赤い太陽は、地平線に接していた――


「いやいや、しかし。私たちは、キエフ大公の使いで……」

「は? 大公? ふざけんな! 帰れ帰れ!」


対象が大きすぎたのか、衛兵は聞き入れず、二人を追い払って背を向けた。


「どうしよう……」

「ははは。そこの人。まさか大公とは、大きく出ましたな」


門扉(もんぴ)が閉じて、鍵が掛けられる。

残されて、リアが呟くと、通りすがりの水夫が口を挟んだ。


見るからに人の良さそうな、太い眉毛と縮れた金髪を備えた男で、こざっぱりとした、麻の衣服に身を包んでいる。


「本当の話なら、奥にある詰所に行けば良い。本当ならね」

「あ、ありがとうございます!」


男性が腕を伸ばすと、リアが紹介状を胸元に戻した。



「あん? キエフの特使?」

「こちらが、紹介状になります」


二人は詰所に向かった。

商店で真新しい衣服を買って着替えても、怪訝な顔が向けられた。


リアが胸元から書状を取り出すと、中年の衛兵が煩わしそうに受け取った。


「……」


果たして、本物だと裁いてくれるのか……


離れて見守るウィルとルーベンも、緊張を宿した。


「ウラジーミル? ふん。名前だけは、大層だな」


紙片には、女性の字体。

内容は、チェルニゴフ公の弟ヤロスラフの配偶者、イリーナを頼るように記されて、宿の名前とキエフ大公およびキエフ大公妃の署名が併記されている。


「なんか、本物っぽいな……これ、良くできてるな……」

「いやいや、本物ですって!」

「本当か?」

「とりあえず、宿に確認して下さい!」

「そうだなあ……」

「本物だったら、外交問題になりますよ?」

「……」


リアの大きな双眸が、衛兵に訴えた。


「お前。嘘だったら、俺の女になれよ?」

「え?」

「なんだ? 自信がねえのか?」

「ええと……手違いという事もありますし……」


ハンガリーから嫁いだ女性は、抜けたところがありそうだ。


衛兵が見下ろすと、王妃は両手を胸の前で広げた。


「まあいい。ちょっと待ってろ。誰か! 確認に走ってくれ!」


男が発すると、若い衛兵が詰所から飛び出した。


「大丈夫ですかね……」

「もう、信じるしかないわね」


ライエルが呟いて、王妃は腹を括った。


およそ15分。砦の上から若い衛兵が顔を晒した。


「ほ、本物でした! アガフィヤ様からも、知らせが届いているそうです!」

「な、なに!?」

「よかったぁ」


キエフ大公(ジミルヴィチ)の姉であり、チェルニゴフ公の母親。

天上人の名が告げられて、トゥーラの王妃が胸を撫で下ろす。


こうしてヴァティチの一行は、護衛を伴って宿へと向かった――



案内されたのは、教会群を一望できる、2階建ての木組みの宿屋。


神職者。或いは他国の要職に就く者が訪れる場所であることは明白で、その証拠として槍を持った二人の衛兵が、入り口で睨みを利かせて立っていた。


「お待ちしておりました」


先導する衛兵の足が止まると、宿屋の主人が右手を胸に当て、仰々しい歓迎を表した。


「すげえ。こんなところに泊まるのか?」

「そ、そのよおですね……」


ウィルが思わず声を発すると、ルーベンも続いた。

2階の壁面には、双頭の鳥が羽を広げたような紋章が設けられている。


「宜しくお願いします」

「大公妃様の、ご友人と伺っております。チェルニゴフ公に代わって、歓迎いたします」


後方から足を進めたリアが宿屋の主人を見上げると、二人は握手を交わした。



トゥーラを出立して以来、屋根のある部屋で休むのは初のこと。


小さな国とはいえ、およそ王妃の行程とは思えない。


「こちらになります」


宿屋の主人に続く形で木製の階段を登ると、2階の部屋に通された。


トゥーラ城の3階。国王執務室と同じくらいの広さ。偉丈夫が三人寝転べそうなベッドが一つ備えられている。


「綺麗ね……」


窓から見えるのは、白亜の救世主変容大聖堂。

金色の尖った屋根を備える二つの鐘楼に守られるようにして、黄金の丸いドームが設けられている。


それらが夕陽に照らされて、まばゆい光沢を放っていた。


「明日。礼拝しても、宜しいですか?」

「良いわよ。大公妃に甘えて、滞在を延ばしましょう。これまでの疲れも、取らないとね」

「ありがとうございます」


決して信仰を嫌っているわけではない。


ライエルの申し出を、リアが受諾した。


「私は、となりの四角い聖堂の方が好きだな」

「ボリスとグレープの聖堂ですね。どっしりと腰が据わっているようで、良いですね」

「どことなく、トゥーラの城に似てるかも」

「そうですね」

「……」


窓際に足を進めたリアが呟くと、ライエルが背後から確かめた。


美男美女。近い存在だった女性の髪は、あの日のように輝いている。

二人の姿を視界に入れて、ウィルの胸には小さな嫉妬が灯った。


「お付きの方は、こちらになります」


リアを部屋に残した3人は、二つ隣の部屋を案内された。


間取りは同じだが、一人用のベッドが3つ並んでいて、装飾品の類は見当たらない。


窓以外の外周には棚が設置され、実用的な内装となっている。


「これから、どうするの?」


どうやら任務は一旦中止。ウィルの明るい声が響いた。


鐘楼を映やす夕陽のオレンジが消えるまで、一時間は残されている。


「散歩にでも、出ますか? 明るいうちに、地理を把握しておきましょう」

「そ、そですね」

「じゃあ、アレッタを呼んでくる!」


ウィルが部屋を飛び出して、何度か幼名を口にしながら閉まっている扉をノックした。


「なに?」

「出掛けるよ!」

「……行ってらっしゃい」

「アレッタも、行くんだよ!」

「もう、眠いんだけど……」

「暗くなるまえに、行くんだよ! 夜中に起きても、外には出さないからな!」

「……」


リアはしぶしぶ従った。


窓から飛び降りるには高すぎる。扉の前で代わる代わる監視する三人の姿が浮かんでは、腰を上げるしかなかった。



出入口の衛兵に散策を伝えると、一行を夕陽が出迎えた。


「リア様。我慢してください。(さら)われたりしたら、探せません」

「子供じゃないんだから……それくらい、分かるわよ」


ライエルの諫言を耳にして、王妃は口を尖らせた。


ルーシを統べる。或いは多大な権力者たちの協力で、今が在る。


さすがに(ないがし)ろにはできないと、彼女も自覚をしている。


「ねえ。あれはなに?」


共に白亜の壁を持つ、救世主変容大聖堂とボリス・グレープ聖堂を右にして足を進めると、左手から茶褐色の壁が覗いた。


「なにか、建てるみたいですね……」

「また教会?」


好奇心に任せて近づくと、レンガ造りの土台を建造中。


ラッセルが口を開くと、リアが答えを求めた。


金曜日(パラスケヴァ)教会ですよ」


突然に、一行の背後から声が掛かった。


全員が振り向くと、夕陽を浴びる、縮れた金髪を備えた男が立っていた。


「あれ? さっきの……」

「おや? 無事に入れたようですね」

「手助け、ありがとうございました」

「いやいや、会話が聞こえましたので。お節介でなかったのなら、良かった」


リアが気付いて、ライエルが感謝を伝えると、男は謙遜を表した。


「皆さん、キエフに行かれるのですか?」

「はい」

「私も、向かう途中です。よろしかったら、ご一緒しませんか?」

「え?」

「いや、見たところ、不慣れな感じでしたので……」

「はは……」


苦笑いを浮かべると、ライエルは振り返って王妃と視線を合わせた。


「お願いします」


リアが頷くと、ライエルは太い眉毛の男に近づいて、握手を交わした。


経験に富んだ水夫らしく、男の右手は硬い皮に覆われていた――

お読みいただきありがとうございました。

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