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小さな国だった物語~  作者: よち


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217/218

【217.チェルニゴフ①】

デスナ川を南下する。


川の流れが順行になった上、追い風を受ける形となって、航行はさらに順調……と思われた。


しかしながら、交易船の主要航路は、幾多の船が行き交っている。


のんびりと進む船。先を急ぐ船。


前者であるヴァティチの一行は、流れの速い中心から外れてキエフを目指すことにした。


「お前ら! 邪魔なんだよ!」


船夫たちは、気性が荒い。小さな帆船(はんせん)を蔑視する。


目立たぬようにしていても、嫌がらせのように波を起こしたり、わざと船を寄せてきたり……


その度に、ルーベンが(かい)を操って、ライエルとウィルが無抵抗を示すため、笑顔で小さく手を上げた。


更なる一因は、姿を晒した王妃である。


「お嬢ちゃん! そんな小さい船より、こっちに乗らねえか?」

「大きい方が、好きだろう?」

「そうそう。俺の上にも、乗る事になるけどなっ!」

「ぎゃははっ」


優雅な帆船の旅。女連れ。


揶揄いも、下衆なものばかり。


「なんなのかしらね……もうちょっと、面白く言えないの? あんなの、バカを晒してるだけじゃない」

「……」


王妃が呆れると、一同は揃って苦笑した。



幾多の支流を取り込んで、デスナ川の川幅は広がってゆく。


最後の中継地はチェルニゴフ。キエフ大公の計らいで、宿の案内が提示されていた。


「デカ……」


人口25000人。

要塞都市が視界に入って、声を上げたのは最年少。

高低差を生かした土塁が築かれて、城壁が外周を囲っている。


更には玉ねぎのような教会の黄金ドームが陽光に照らされて、存在感を顕示していた。


「もっと、堅牢にできるわね……そうなったら、落とすのは、無理かもね……」


座ったままで呆れた声を上げたのは、トゥーラの王妃。


近付くにつれて無言になって、視線は徐々に上がっていった。


「どこに……着けまふか?」

「ちょっと、待ってね」


櫂を任されたルーベンが尋ねると、衣服の胸辺りからリアが紙片を取り出した。


「どこに入れてんだよ……」

「なんで? ここ以外に無いでしょ?」


ウィルが軽蔑を挟むと、王妃が平然と招待状を開いた。


「ええと……行くのは城下町じゃなくて、城壁の中みたい。空いてる桟橋でも。岸でも。どこでも良いんじゃないかな?」

「あそこ、空いてるよ!」


手紙の内容を伝えると、ウィルが腕を前にして桟橋を示した。


「おいっ! 無礼者っ! 近づくなっ! ここは、公の直轄の桟橋だ!」

「は、はぃ……」


川岸の衛兵が、貧相な帆船を排除する。

ルーベンが、思わず従った。


「あの……チェルニゴフ公の弟君。ヤロスラフ様に、お取次ぎしたいのですが!」

「……」


リアが呼びかけるも、返答がない。


「てめえらどきやがれ! 沈めるぞ!」

「ひぃ!」

「脅かすなよ!」


すると鎧を纏った偉丈夫に背後から罵られ、ウィルが言い返した。


「なんだと? このガキ……」

「お待ちください!」


ライエルが、槍を持って立ち上がる。


三倍以上の帆船を前にして、怯む姿勢は伺えない。


「なんだお前は?」

「私たちは、リャザンからの密使です。岸に上げてもらいたい」

「密使? 証拠は?」

「招待状があります」

「見せてみろ」

「渡すことは、できません」

「……」


美青年。青い瞳が訴える。


船上での割札などの確認は、たも網を介して行うが、大事な書状は渡せない。


「田舎者が。一番下流に止めて、持ってこい!」

「ありがとうございます」


じろりと目玉が動くと、最後はリアと視線が合った。


ライエルが感謝を伝えると、ルーベンが川下へと櫂を動かした。


「完全に、見下してたわね……」

「リャザンやムーロムは、元々チェルニゴフでしたからね」(*)

「そうなのか?」


リアの発言にライエルが答えると、ウィルの瞳がリアを覗いた。


「70年前までね。遊牧民(ポロヴェツ)からルーシを守るために、リャザンやムーロムにも、統治者を置いたの」

「へえ」

「リア様は、博識ですね」

「まあ、退屈だからね」


好奇心に富む王妃の生活を、妻から耳にする。


ライエルが賛すると、リアが溜め息交じりに吐き出した。



川岸に船が寄る。ウィルが真っ先に飛び降りて、ロープを手にしたライエルが続くと、二つの水しぶきが上がった。


「あぇ……ねえ。足が、動かないんだけど……」

「おんぶしてやろうか?」


同じ姿勢で筋肉が固まった。船上で腰を上げようとして、リアの両手が膝を押さえた。


「頼もうかな……」

「ほいよ」


水面を眺めた王妃が弱気を吐き出すと、膝下までを水に浸けたウィルが近寄って、背中を見せて腰を落とした。


「乗るよ?」


言いながら、倒れこむように身体を預けると、逞しくなった背中に目を閉じる。


両腕を肩越しに伸ばして手首を前で重ねると、膝裏にウィルの大きくなった手の平が伸びてきた。


「……」


仄かな背徳感。青年も回顧する。


氷上で滑って後頭部を打った冬。足を挫いた日。


彼女を背負うのは、ロイズの役目。


嫉妬を灯して、二人のあとを歩いた――


「よっと」

「ちょ? ちょっと!? きゃあっ!」

「うわわっ!」


意気込んだウィルが膝を伸ばすと、前屈みの姿勢まで正して、リアの臀部が落下した。


不慣れな体勢と重力に逆らえず、二人は背中から水面に崩れ落ちた。


「立つな! バカ!」

「なんだよ! 思った以上に、重かったんだよ!」

「な……なんだとコラ!」

「ぐえ」


ウィルが言い返すと、リアが幼馴染の首を背後から締め上げた。


「王妃様。失礼します」


川岸の杭にロープを結んだライエルが、じゃぼじゃぼと童心に帰った二人の元へ足を運んで、水面に腰を落としたままのリアを持ち上げた。


麻の衣服は水を含んで、(かかと)と腰から水滴が垂れ落ちる。


「あ、ありがとう……」

「いえ」


リャザンでの一件を頭に浮かべた王妃は、頬を赤くした。


ライエルが短く答えると、そのまま岸まで小さな身体を運んだ。


「着替えは……」

「いらない。桟橋へ急いで! さっきの役人を見つけないと……リャザンの密使って話は、広まらない方が良い」

「すみません……」

「違うの。あれは、助かった。気を引いた筈」


ライエルの胸元で、王妃が労った。


「あれ? 居ないですね……」

「ごめん。恥ずかしいから、もう降ろして」

「あ、はい」


桟橋まで足を進めるも、対象の姿は消えている。


女を抱える男の姿に周囲の視線が集まって、リアの両足が大地に接した。


「あの……大柄な、鎧を纏った方は、どちらに行かれましたか?」

「あん? 頭なら、城に戻ってんだろ」

「……」


対象の帆船は、桟橋に付いて荷下ろしの真っ最中。

リアが近寄ると、船夫は物乞いの娘をあしらった。


「どうしよう……」

「おい! 邪魔なんだよ!」

「ごめんなさい……」


途方に暮れると、樽を転がす船夫の怒鳴り声。


行き交う人波から外れると、二人の足は川下に向かった。


「おい。女。ちょっと、顔を上げてみろ」


麻布で頭を覆ったリアの元に、一人の船夫が近付いた。


「いくらだ?」

「え?」


リアが瞳を上げると、船夫がライエルに尋ねた。


質問の意味が分からずに、美青年の目が泳ぐ。


「ちょっと! 私は、売り物じゃないわよ!」

「うわわっ! ちぇ。なんだよ……紛らわしいんだよ!」


情婦が足元の砂を握って男に投げつけると、船夫は尻尾を巻いて逃げ出した。


「まったく……」

「女性は、大変ですね」

「いっそのこと、情婦のふりをして、中に入るとか?」

「やめて下さい。守ることができません!」


異国の城内への単独行。

王妃が思い付きを呟くと、ライエルが遮った。


「じゃあ、素直に城門から入るか……」

「そうしてください」


濡れた衣服が冷気を纏う。


凍死が頭を過っては、理想を貫くことはできなかった—―

*リューベチ諸侯会議

1097年。リューベチで開かれたルーシ諸公による会談。

遊牧民への対策、諸侯による領土確認が行われた。


お読みいただきありがとうございました。

感想等、ぜひお寄せください(o*。_。)o

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