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小さな国だった物語~  作者: よち


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196/218

【196.フセヴォロド】

1170年の冬。キエフを狙って遊牧民(ポロヴェツ)が南西からやってきた。


キエフ大公グレープは、キエフの南方80キロ。トルチェスクを治めているキエフの守護者(ミハルコ)に討伐を命じると、太い眉毛に奥目の瞳を備える男は、末弟(まってい)のフセヴォロドを初めて陣に加えた。


キエフが狙われた理由は、大公グレープの体調が思わしくなかったからである。


軍勢を整えるため、ミハルコはキエフに赴いてから出陣せざるを得なかった。


引き連れたのはポーランド出身の司令官(ヴワディスワフ)。更には懇意にしている遊牧民(ベレンディ人)たちである。


南からやってきた異教徒は、キエフの北側へと迂回した。

初動の遅れは目論み通りであったのだ。


彼らの狙いは付近の集落群。

家屋や馬小屋に火を放ち、秋の収穫を終えた蔵を襲うのだ。

当然ながら女や子供。金品も対象である。


存分に略奪を働いた遊牧民は、西へと動いてから南を目指し、ブグ川を利用して領地に戻ろうとした—―



「西へ向かいます!」


奴隷を伴っての移動は遅れを生むが、氷結した河川の移動は敏速を呼ぶ。


キエフを出立したミハルコは南西方面に向かうと、やがてフセヴォロドとヴワディスワフを下流に促して、自身は真っ直ぐに敵の本陣を目指した。


ブグ川の上流部。

捕らえた女たちを馬橇に載せ、麻縄で縛っている異端者のところへキエフの守護者が追いついた。


「ミハルコだ!」

「くそっ。こんなところにまで!」


遊牧民(ポロヴェツ)にとっては、南に住まう悪魔である。


そんな男に北から襲われて、たちまち彼らは混乱に陥った。

一人の肩を馬上からの槍で突き刺すと、ミハルコは草原に降り立った。


「どこから来ました?」


馬から降りて狼藉者の襟元を掴むと、奥目の瞳が鋭くなった。


「ひい。助けてくれ……俺は、族長に従っただけなんだ……食っていくためには、仕方なかったんだ!」

「そんなもん。お前が自立をしなかった。自立を怖がったんだろうが! 知るか!」


目玉を震わせた懇願を、ミハルコは舌打ちしてから吐き捨てた。


「どこから来た! 言え!」

「ひいぃ……」


恫喝の中。ミハルコは男の衣服や腰ひも、髪飾りなどを見回して、貝殻やサンゴの装飾品を認めると、自身の治める領地よりも更に南。ブグ川の下流域に生息する者だと見極めた。


「女性を先に! 残った者の救助を!」


薄着の者も多かった。ミハルコの指示により、雪原に放り出されたキエフの民が真っ先に救われた。


「あぁ…」


浅黒い肌の男たちが近づいて、震えている女たちの喉が低い悲鳴を鳴らした。

キエフの守護者が率いても、遊牧民は異教徒だ。


「怖がらなくていい」


白い柔肌を晒す女たち。


異教徒の族長が促すと、仲間が馬車から毛布や麻布を引っ張り出して、震えている身体の上に放り投げた。


「馬車に乗れ。キエフに戻す」

「あ、ありがとうございます…」


男の指示は落ち着いている。


女たちは平静を取り戻し、羅列となって馬車へと乗り込んだ。


「こいつらは、どうします?」


ベレンディ人の族長が、縛り上げた異教徒に視線を移してミハルコに尋ねた。


「お好きなように」


短く答えると、ミハルコは馬上に戻って南へと駆け出した。


更なる追撃戦。遊牧民が続々と後に続いた――



「さて、どうする?」


残った者は十数名。彼らの任務は女子供をキエフに戻すこと。


一人が尋ねると、年長者は馬車から牛刀を取り出して、白の混じる大地に固められた異教徒(ポロヴェツ)に向かった。


「おい! 全員立て!」


捕えた人数は30余。負傷者多数。よろよろと立ち上がった者から順番に、いきなり首を掻っ切った。


「ひいぃ!」

「立たなかったら、全員殺す!」


立ち上がろうとした者が、腰を落とす。

途端に通告が飛んできて、よろよろと幾人が立ち上がっては、鋭い刃が喉元を襲った。


「おい、槍を持ってこい!」


悲鳴が上がるたび、異教徒が白の混じる大地に転がった。やがて切れ味が悪くなって、男は助太刀を頼んだ。


一人が加わると、やがて言葉を発する者はいなくなった―—


「お前たちは、助けてやる。馬車に乗れ」


穂先が舞ったのは、自身の胸より上だった。

視線を下げた年長者は、足を震わせながら見上げる2人の少年に安堵を与えると、続けて忠告をした。


「お前たちは、南で暮らせ。大人になっても、絶対に北には来るな。分かったか?」

「……」

「分かりました…」


一人が無言で頷いて、別の少年は震えながら声を発した。


「助けるのか?」

「熊や狼と一緒だ。ナワバリってのがあってな。越えたらどうなるか、教えてやるんだよ」


全員殺しては伝わらない。

未来を率いる者にのみ、託せることがある。


仲間が口を挟むと、年長者は馬へと足を戻しながら意図を語った。


「じゃあ、頼んだぞ」

「へい」


年長者は子供たちを乗せた馬橇が南へ走るのを見送ると、自身は助けた女子供を乗せた馬車へと乗り込んだ。


「のんびり行くか」


馬車の荷台は家屋のように囲われている。

10代半ば。男は好みの女を引っ張り出して伝えると、別の馬車へと乗り込んだ。


得意満面な男たちは、英雄となるべくキエフに向かって出発をした―—



異教徒を打ち倒し、氷結したブグ川を南へと下るミハルコの軍勢は、少数であった。


初戦は名前を生かした強襲が実ったが、次戦は甘くない。

川面には、百以上の橇の航跡が残っている。


「急ぐ必要はありません!」


先行する土煙を目標にして、ミハルコは適切な速度を求めた。


一方で、ミハルコの指示により、先に南へと向かったヴワディスワフは、捕虜を率いて重くなっている馬橇を認めると、先回りを図って彼らの脚が鈍るのを待ってから、橫撃を果断した。


「ヴワディスワフだ!」

「くそっ。こんなところで!」


馬の配置変更に伴う休息中。異教徒にとっては最悪な状況が具現した。


多数であるがゆえ、命が惜しい。

多くは一目散。橇の御者は馬と荷台を分離して、四方八方に駆け出した。


「思ったより、多いですね…」

「そうだな。あとは、フセヴォロド次第だな」


部下の発言は、敵の総数。

寡兵だと知ったなら、再び襲ってくるに違いない。

ヴワディスワフは本格参戦は初となる、(ミハルコ)の末弟の名前を口にした。


この時16歳。後に大巣公と呼ばれる男である。

後にスターリンにも影響を与えたとされる、初代モスクワ・ロシア皇帝。雷帝イヴァンの血筋へと繋がってゆく―—



「行くぞ!」


目的は、離散した敵の参集を防ぐこと。

声変わり前の高い声。フセヴォロドは軍を錐の陣形で三つに分けると、遊撃戦を開始した。


統率の取れた騎馬隊が、単騎に敗れる事は無い。

孤立となっては襲われる。異教徒は恐怖心を生み出して、更に遠方へと散っていった。


「もう、大丈夫か?」

「恐らくは…」


頬の紅潮したフセヴォロド。錐の陣形の中心で辺りを見回すと、部下の回答に穂先を下ろした。


「司令官の元に、戻ろう」


息遣いは荒いまま。若い指揮官は安堵を吐き出した。


いつの間にか、最後列は松明を持っている。

冬の太陽は曇天の中では朧となって、天空はそろそろ闇を迎え入れようとしていた――


「終わっていませんよ」

「……」


やれやれと幕舎に入って腰を落としたフセヴォロドが、ヴワディスワフに帰還の算段を尋ねると、無機質な声が戻った。


「奴らもここまで出向いて、収穫なしでは帰れない。必ず朝には襲ってきます。女子供を抱えては、今度はこちらが不利となる。絶対にあなたは、私から離れないように」

「……はい」


鋭い眼光で司令官が含めると、フセヴォロドは唾をごくりと飲み込んだ。



夜明け前。

若い指揮官は目覚めると、夜襲が無かったことに安堵した。

途端に両の太腿が痛みを発して、前日の緊張感と運動量を自覚した。


「来るぞ!」


襲撃に気付いた見張りの声。

微かに浮かぶ地平線の先で、火の手が覗いた。


それぞれの馬に飛び乗って、再び複数の錐の陣。

フセヴォロドを背後に置いたヴワディスワフは、先陣を切って飛び出した。


「怖いですか?」

「……」


人馬の大群がやってくる。

ヴワディスワフが尋ねるも、反応は無い。


「大丈夫です。あなたは先代(ユーリー)の血を引いている。行きますよ!」


叱咤の声。フセヴォロドは槍を持つ手に力を入れて、跨った鞍を太腿で固定した。


(神のご加護を…)


緊張が増してゆく。朝の痛みは消えていた—―

お読みいただきありがとうございました。

感想等、ぜひお寄せください(o*。_。)o

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